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ku story
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| sああ〇高校生のとき、洋楽に興味を持ち、学校休んでまでライブを見に行くのに明け暮れる。 〇高校卒業後の進路で、音楽の道に入ろうとしたが、大学進学が決まって断念。 〇大学生活の中で、ミュージックサークルに入って、新しいギターを買ったが、本格的にバンド活動に至らず、先輩のライブに付き合いで行く羽目となる。 〇個人的に、大学の外でバンドを組もうと、募集に応募したら、今PSYCHO DREAMというバンドを立ち上げた サイコ浅田さんと、当時出会う。と同時期に私の近所にもひとつバンド募集があった。それが、今一緒に組んでいるが、当時mouen氏のバンドにも応募した。当時からデジタル音好きな人ぽかった。 結局私の気持ちが浅く両方ともバンド結成に至らなかった。 〇大学卒業後、どうしても音楽がやりたくて、音楽の専門学校に入学した。そこで、いろんなことを経験すれば、バンドが組めると勝手に思っていた。実際組まされた・・・。ジャンルも合わないが、コピーから始まった。 しかし、すばらしい先生のおかげで、今まで遊びで持ってた程度のギターを頻繁に使って練習するようになった。 〇専門学校に入って間もないころ、まさかと思ったが、以前会った事がある、サイコ浅田さんも通っていた。 偶然の再会だった。で、彼の友達のインダストリアル音楽をギターで手伝うことになった。このころ、私は、新しいジャンルにトライするのに興味があった。活動期間は短かったが、ちゃんとライブもしていた。 〇飽き性の私はまた、新しいことをしたいと思い、通学中に短期アメリカ留学をした。アメリカ生活に慣れきれば、アメリカ人のようなプレイが出来ると勝手に思い込んでた。しかし、他の生徒は私より熱い思いを抱いてきているのに、申し訳ないと思た。 で、ここで、私の人生を変え、今のわたしを作った、先生方がいらっしゃいました。代表的にはフランク ギャンバレ先生です。アメリカ留学で私は、ジャズに目覚めて、フュージョン、コンテンポラリーとかも聞くようになった。 〇帰国後、また、アメリカ生活と比べてつまらない生活を送る。 〇いつの間にか、日本の音楽専門学校を卒業。 〇それから、ちょくちょく、サイコ浅田さんと連絡を取っていると、サイコ浅田さんのバンド、PSYCHO DREAM(以下 サイコと略す)ギターを手伝うことになった。この時同時に、ボーカルR子さんとお友達になった。ライブを活動的にして、対バンで、よく sleeping sand さんとご一緒することが多くなった。彼らのおかげで、サイコ は、大阪梅田アムホールにまで、ライブ会場で することが出来た。その後、サイコのボーカルだったR子さんと私が、音楽的違いにより脱退。 〇脱退後、私が以前知り合ってた,今のmouen氏を紹介した。それで、新たにmouen氏のところにすでに加入していたsakuraちゃん(以前にもあってるが、説明が長くなるので省略)とともに、私、R子さんと加えて、transparent veinとして、活動するこ とになった。噂を聞きつけて、サイコがライブのブッキングに対バンとして、誘ってきて、ライブをしたら、結成まもないけど、好評だった。そのころsleeping sandさんとの交流が深くなりつつあり、彼らから、大阪のクラブ バイナルでの定期演奏に誘われるようになった。活動が、頻繁になるにつれ、R子さんが音楽性の相違により脱退。現在ソロ活動中。 〇そこで、いったん活動休止になり、終わったかに見えた。だが、同じ残りのメンバーでtotal whirlpool と新たに組みなおし、若い衆も続々加入し、今に至る |
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