ロボットを教材に(覚え書き)

森川正彦(法則化中学太子サークル)


1.ロボットを教材化する意義

(1)21世紀は「ロボットと人間が共存する世界」となるのであろうか。
(2)日本のものづくりを語る上で「産業用ロボット」の活躍は欠かすことができない。現在でも、産業用ロボットの稼働率は日本が世界一である。
(3)もともと、鉄腕アトムや鉄人28号などの漫画やTVアニメが広く人気を得ていた日本では、ロボットへの抵抗感が少ないと言われている。工場に産業ロボットを導入する場合でも、欧米では「自分たちの仕事を奪うもの」と考えられていたのに対し、日本では「アイドル歌手」の名前をつけて歓迎していた。
(4)また、最近では2足歩行ロボットやペット用ロボットの登場などで「日常生活の中で活躍するロボット」に対する期待と関心が一層高まってきている。
(5)一方若い世代の中に「理科離れ」の現象が見られるなど、日本のものづくりを支えてきた「科学技術」の基幹が揺らいできているという意見もある。
(6)作家の瀬名秀明氏は著書の中で「ロボット工学こそが、21世紀を担う総合科学である」(*1)と述べている。
(7)そこで今回、中学校・技術科のカリキュラムとして、知的好奇心や探求心を喚起し、問題解決能力を養い、論理的な思考力、表現力の育成を図るために、「ロボット教育」を取り入れることを計画した。
(*1)ロボット21世紀(瀬名秀明・文春新書

2.指導要領との関連

 中学校技術家庭科の学習指導要領には以下のような記述がある。

[技術分野の目標]
 実践的・体験的な学習活動を通して、ものづくりやエネルギー利用及びコンピュータ活用等に関する基礎的な知識と技術を習得するとともに、技術が果たす役割について理解を深め、それらを適切に活用する能力と態度を育てる。

A 技術とものづくり
(1)生活や産業の中で技術の果たしている役割について、次の事項を指導する。
 ア 技術が生活の向上や産業の発展に果たしている役割について考えること。
 イ(略)
(5)エネルギーの変換を利用した製作品の設計・製作について、次の事項を指導する。
 ア エネルギーの変換方法や力の伝達の仕組みを知り、それらを利用した製作品の設計ができること。
 イ 製作品の組み立て・調整や、電気回路の配線・点検ができること。

B 情報とコンピュータ
(6)プログラムと計測・制御について、次の事項を指導する。
 ア プログラムの機能を知り、簡単なプログラムの作成ができること。
 イ コンピュータを用いて、簡単な計測・制御ができること。 (以下略)

 これらの部分を深化・統合させる学習としても、ロボットの学習はふさわしいと考える。


3.授業の構想

(1)ロボットを題材とした中学校技術科での色々な実践を調べてみた。ロボットの授業の最終的なゴールとして設定されているのは大まかに分けて、「対戦型」と「非対戦型」にである。
 ア 対戦型
  ・直接的な対戦(相撲のようなもの。直接闘い勝敗を決める)
  ・間接的な対戦(ボールを運んだり、荷物を積んで、その得点勝敗を決める)
 イ 非対戦型
  ・それぞれが課題達成を目指すもの
  (ライントレース・レスキューなど)
(2)「TOSS中学ロボット教育研究会」立ち上げにあたり、TOSS中央事務局の新牧賢三郎氏より「TOSSはバトルはしない」とご助言をいただいた。
(3)今回の単元計画の中でも、最終的な目標を「全ての子ども達に達成感・成功体験を」ということを大事にするために非対戦型の目標を掲げることとした。
(4)非対戦型の課題(迷路・ライントレース・レスキューなど)を達成するためにロボットにどんな機能が必要であるかを考えていくと、「自律型ロボット」というキーワードに辿り着く。
(5)「有線制御型ロボット」から「自律型ロボット」の製作へ移行する際に、生徒に「自律型ロボットとは何か」「自律型ロボットの目指している未来はどのような世界か」を教えるために、本授業を計画した。

4.自律型ロボットとは

(1)「ロボット」という言葉の定義には明確なものがない。産業ロボットのほとんどはヒューマノイド(人間型)をしていない。インターネットの検索サイトで使われているプログラムを「検索ロボット」というが、これにいたってはボディすら存在しない。
(2)しかし、一般の人が「ロボット」という言葉からイメージするのは「人間型の機械が、人間社会の中で何かの仕事をする」というものであろう。また、掃除をするロボットというものがアメリカで販売されたが、一般の「家電製品」と「ロボット」の違いは「自分で外部の状況を判断して動く」というものである。これを「自律型」とよぶ。
(3)自律型ロボットを構成する要素は次の3つに分けられる。
   @センサー(状況を知る)
   A人工知能(判断する)
   Bアクチュエーター(動かす)
(4)コンピュータが発明されて人間の知能をプログラムする「人工知能」の研究が始まった。人工知能の研究者たちは人間の知能と対戦するのにチェスを選んだ。
(5)挑戦を続けて約50年たった1997年、「ディープブルー」というコンピュータが、当時のチェス世界王者を破った。この時のコンピュータは、予測されるあらゆる手を計算するという、いわば「力技」の方法をとっていた。
(6)チェスの盤面といういわば限定された空間では、このようにすべてを計算させるという方法論も有効だったが、不確定な要素が多い実際の生活空間では、すべての情報をプログラムとして記述するのは不可能である。(フレーム問題という)
(7)例えばロボットにバランスを取って歩かせるという場面でも、すべてをロボットに記憶させても、床に少し段差があるだけで、ロボットは歩けなくなってしまう。
(8)一方、あらかじめ教えることをせずに試行錯誤させるなかで、ロボットに最適な歩き方を自ら習得させるという方法もとられるようになった。
(9)後述する「ロボカップ」の提唱者の一人でもある浅田稔教授は「身体の機能が知能と密接に結びついている。行動によってロボットの知能が育まれていく」と主張している。

5.ロボカップとは

(1)「人工知能とロボット工学の発展・融合」という目標のために、日本の研究者たちによって提唱された国際的なプロジェクトが「ロボカップ」である。
(2)ロボットにサッカーをさせるという発想は人工知能の研究から生まれた。なぜサッカーが選ばれたかを、チェスとの比較で考えてみる。
 ■リアルタイムのゲームである
   チェスは持ち時間の間、考え続けることが出来る。しかし、サッカーは常に瞬時の判断が必要になる。
 ■他対他である。
   チェスが1対1のゲームであるのに対して、サッカーは11人対11人で対戦する。それぞれのプログラムが協調して動かなければならない。
 ■不完全な情報しか与えられない
   チェスの盤面の情報はすべてはっきりしている。それに対してサッカーのピッチ上の情報は刻一刻と変化する。しかも相手がいれば、当然その影に隠れた部分は見えない。
 ■身体(ボディ)が必要である
   チェスは頭脳ゲームだが、サッカーをやるためには行動する身体(ボディ)が必要である。
(3)ロボットが人間社会の中で共存するために、越えなければならない課題が、サッカーという競技を通してロボカップでは提示されている。

6.ランドマークプロジェクトとは

(1)ロボカップでは「2050年にサッカーワールドカップの優勝チームと試合して勝つ」という目標を掲げている。こういった手法を「ランドマーク型プロジェクト」とよぶ。
(2)「ランドマーク型プロジェクト」の代表的な例が「アポロ計画」である。
(3)人類が月に到達したところで、我々の生活が大きく変わった訳ではない。しかしアポロ計画を進める中で、様々な技術が開発され、それが現在、実用化され我々の生活を豊かにしている。
(4)ピッチングマシーンのようなロボットを作って、時速300kmのシュートを発射させれば、現在の技術でもPK戦で人間に勝利することは出来る。
(5)だが、人間と同じピッチ上でプレーをするとしたら、例えば人間とぶつかっても怪我をさせない「柔らかい」外装が必要となる。これは材料工学での新素材開発が必要となることを意味する。
(6)現在の2足歩行ロボットでは、モーターとギアを使って動いているが、ロボットを走らせたり、ジャンプさせたりするには全く新しい機構が必要となる。それが空気圧を利用したアクチュエーターになるのか、人工筋肉のようなものになるのかは分からないが、ここで開発された技術は他の製品にもフィードバックされるであろう。
(7)人工知能の面から考えても人間と対戦するためには、ロボットが「人間の思考」を予測しなければならない。ロボットに「あれ取ってきて」と頼んだ時に、人間の意思を推測できるという技術は、我々がロボットと共存する社会を作るならば絶対に必要なものであろう。
(8)これらの技術を発展させるために、世界で最もポピュラーなサッカーという競技を題材に、研究を進めていこうとしているのが「ロボカップ」である。 

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