「泳ぎを止めないで進む」

「泳ぎを止めないで進む」

 最近ある講演会でガラス工芸に関するお話を聞きました。大阪芸術大学工芸学科で科長をされている山野宏さんというガラス工芸作家がおられます。彼は、1991年に世界最高峰のガラス工芸大賞である“ラコウ大賞”を受賞しました。コーニングガラス美術館やクライスラー美術館あるいはヘンリーフォード美術館などに彼の作品の多くが収蔵されています。アメリカ合衆国や日本で多くの展覧会や講演会などを行っており国際的にも有名なガラス工芸作家です。

 山野さんの作品に対する考えの中には
「泳ぎを止めないで進む!」とあります。彼によると、「回遊魚はマグロのように泳ぎを止めたら死ぬ」ということなので、自分自身は常に泳ぎを止めないで「新しい作品を生み出していく」と言うことなのでしょう。そのためか、彼のガラス作品の中には魚が活き活きと泳いでいる情景を再現したり、またその状態を何気なく醸し出していたりするものが多いようです。

 山野さんのホームページ(https://narakougeisha.com/artisan_list/hiroshi-yamano/)には、1997年に福井県のあわら市(当時は金津町でした)の「金津創作の森」の中に建てられた「ガラス工房エズラグラススタジオ」(https://www.hokurikumeihin.com/ezra/index.html)(山野宏さんの作品の創造、工房オリジナル製品の作製、吹きガラス講座および1日体験やワークショップなどを実施しています)において様々な分野で活動が紹介されています。

 ガラス表面に原色での着色が困難な状態でも表面に銀引きをした後に着色する技術が取り入れられているとのことなので、彼の作品には小枝にとまるルリビタキとかメジロなどの野鳥を写実的な置物として作製され、またアユなどの魚が群れで泳ぐ状態を実際に水中で見ているかのように再現されています。山野さんの作品に関してはガラス工芸だけでなく美術品としても一見の価値があると思われます。

 多くの画家や作家あるいは芸術家が言われていることであるが、
「作品を創造することは常に挑戦である」というか「研鑽の場である」ということは彼の作品を見ていると理解できます。我々のような技術系の仕事や作業は世間で言われるような芸術的なものでは決して無いかも知れないですが、個々の成果は明らかに作品であり、その結果が技術報告書とか投稿論文となり、そしてそれらの作品が高いレベルの製造技術でコピーされ製品としてお客さんに広く提供されるのでしょう。

 したがって、私たちが携わってきた製造技術を維持してさらに向上していくためには、また技術改善をして新しい製品を次々と開発して顧客に売り込んでいくためには、山野宏さんのように「泳ぎを止めないで進む!」ことが求められていると私は強く感じました。

 さて、皆さんはどうでしょうか?日々の決められた仕事や上司からの指示だけに流されてはいないでしょうか?技術の向上は決して1日ではできません。たとえ
「ふっ!」と閃くことがあっても、それは毎日の絶え間ない「改善」「向上」の意識の中から出てくるものなのであるから、技術の「改善」、「改良」、「理解」、あるいは「融合」などを日頃から考えておくことが大切なのであろうと思います。そして、それらはきちんと整理され残されそしていつでも参照できる記録の中から生まれると思っています。「泳ぎを止めないで進む」ことを感じながら、考えながら、そして意識しながら、そして創造的に挑戦して進めていきたいと思っています。

 上記の文章は著者が退職後に執筆したものです。

2024年2月10日


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