T ビーチロックの研究小史
1 ビーチロックとは
サンゴ礁の発達する海浜の潮間帯に多く見られ、その海浜堆積物が主に炭酸カルシウムによるセメント作用で
膠結された板状の石灰質砂礫岩をさす。わが国の場合、約200地点に分布しているビーチロックのうち93%はサ
ンゴ礁の発達海域にある(田中、1990)。このことからもビーチロックは気候地形に含まれよう。2 ビーチロックはいつ頃から注目されたか?
外国では『種の起源』で有名な1840年代のC.Darwin(1809〜1892)の活躍した時代まで遡ることができる。
インド洋などにおけるサンゴ礁調査のおりに特異な地形現象として注目され、彼の著書にも記載されている(名
称は異なっているが)。さらに20世紀初頭には、ブラジル北東岸・オーストラリアのグレートバリアリーフでの
サンゴ礁地形研究に付随して調査されてきた。
一方わが国では、第1次世界大戦後に旧ドイツ領の南洋群島を約28年間領有したことからサンゴ礁地域の自然
科学的研究が活発に行われた。第2次世界大戦後に発表された田山(1952)の報告には Recent Limestone と
いう名称を使用して、ビーチロックのいろいろな事例や特徴が詳細に図とともに説明されている。
3 ビーチロックの命名者
ビーチロックは約150年以上前から注目されてきたが、C.Darwin の時代には hard sand-stone, 20世紀初
頭にはstone reef とか beach rock という名称も使われ、用語としての統一はなされていなかった。むしろ
第2次世界大戦前から戦後にかけて使用されていた beach sand-stone の方が一般的ではなかったのかと想像
される。
サンゴ礁地域にしばしば見られるこの種の微地形に対してビーチロックという地形用語を使用したのは R.A.
Daly(1919)であると考えられる。また、ビーチロックの成因について海水起源説の立場から熱帯海域のサンゴ礁
地域の硬砂礫岩に対してビーチロックという名称を与えたのは J.A.Steers(1940)である。
わが国では、ビーチロックという地形用語は1960年代に精力的にこの地形を研究したアメリカの R.J.Russell
から示唆を受けた米谷(1963)によって紹介され、それ以降はこの用語に統一されている。4 ビーチロックの成因
海浜にある堆積物が主に炭酸カルシウムの沈殿によって膠結され、ビーチロックが形成される、ということは
研究者の間ではほぼ共通の考え方であろうと思われる。しかし、炭酸カルシウムがどこから(何から)供給される
のかが長い間論争のまとになっていた。
ビーチロックの成因をこの炭酸カルシウムの供給源からみると、比較的古い時代の説である有機的成因説(例え
ば、バクテリア説・有機物の腐敗説。藻類説など)と淡水(主に地下水)または海水から炭酸カルシウムが供給され
るという無機的成因説とに大きく分類することができる。
1960年代の後半以降になってくるとビーチロックの成因論を分析化学的に追求した報告が多くなってきた。そ
して次第に無機的成因説が主流を占めるようになり、最近の成果では炭酸カルシウムの沈殿は海水から期待され
るという、海水起源説が支配的となっている。5 ビーチロックの地形的意義
ビーチロックは比較的新しい時代の完新世の海面変化を示す良好な指標となりうる。現在、琉球列島において
も完新世の海面変化に関する研究が進んでいるが、旧海水準の指標にビーチロックの分布高度と含有物中の14C年
代を使い、いくつかの海面変化曲線が得られている。
しかし、絶対年代の知られている数は決して多いとは言えず、ビーチロックを指標とした広域的な海面変化に
関する議論は十分に行える状態ではない。
田中好國(1995);ビーチロックの研究小史、地理科学、vol.50,no.1,p.45
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