長恨歌の曲(ちょうごんかのきょく)

  今は昔もろこしに、色をおもんじ給ひける、
  みかどおはしまししとき、楊家やうかむすめかしこくも、
  君にされて明けくれの、おんいつくしみあさからず、
  常にかたはらにはんべりぬ。

  みやうち手弱女たをやめ、三千の寵愛ちょうあいも、
  わが身ひとつの春の花。

  散りて色香いろかも亡きたまの、ありかをたづね水馴棹みなれざほ、
  さしてはるばる行く船に、方士はうしは浪の浮寝うきねする。

  常夜とこよの国に来て見れば、楼閣玲瓏ろうかくれいらうとして五雲ごうんおこれり、
  うちになまめくわらは、ことにすぐれて玉真ぎょくしんの、
  姿はいづれ梨花りくわ、雨を帯びたるそのけはひ。

  見るよりそれと言の葉も、涙こぼれて欄干らんかんを、
  ひたすもいかになれそめし、驪山りさんの昔おもひやる。

  あらなつかしの都人みやこびと、はづかしながらありし世の、
  その睦言むつごともきえはつる、露のちぎりさはらし、
  いふて見よならひとかたに、おぼしめすかや深き江に、
  春の氷の薄きはいやよ、思ひあふ夜はうちけて、
  寝乱ねみだれ髪をそのままに、取りつくろはぬをんな気を、
  かはいがらんせ烏羽からすばの、色にこの身を染め糸の、
  むすびめかたかたらひも、縁つきぬればいたづらに、
  またこの島にかへり来て、なほなつかしきいにしへを、
  思ひいづればあはれなる。

  そよや霓裳羽衣げいしょうういの曲。
  まれにぞかへす乙女子をとめごが、まれにぞかへす乙女子が、
  袖うちふりし、心知りきやさるにても、
  君には此世このよあひ見むことも、よもぎが島つ鳥、
  うき世なれども恋しや昔、こひしや昔の物語ものがたり、
  つくさば月日つきひもうつり舞の、しるしのかんざし給はりて、
  都にかへるいへづとは、ふみにもまさる文月ふみづきの、
  七日なぬか夜半よは私言ささめごと比翼連理ひよくれんりも今ははや、
  かれがれなりし憂きちぎり、あめとこしへなるも、
  地の久しくふりぬるも、尽くる時あり、このうらみ、
  綿々めんめんろうろうとしてたえまなく、いまにのこせし筆のあと

今となれば昔の話になるが、唐に美人を重じた玄宗皇帝という皇帝がいた。
楊家の女は畏くも皇帝に召されて明け暮れ側近に仕えて御寵愛が浅くなかった。
宮廷の女官三千人の御寵愛を一身に集めて、春の花と栄えたが花が散るように亡くなって、色香が失せた楊貴妃の魂のありかを尋ねて、方士は水馴棹をさして遥々進む船で浪の上に浮寝をするのであった。
常夜の国に来て見れば、玉をちりばめた楼閣には五彩の雲が登っている。
その中には多くのなまめいた様子の女がいて、中でもすぐれて玉真の姿の楊貴妃は梨の花の一枝が雨を含んだ様子で、方士を見るなり直ちに、皇帝からの使者と察し、嬉しさの余り言葉もなく、涙はこぼれて欄干をひたし、馴れ初めた驪山の昔を思いやる様子であった。
ああ懐かしい都人よ、恥しいことであるが、現世にあった頃、帝と交わした睦言は今となっては忘れ果てて、消える露のように儚い契りであった。
その契りの憂さ晴らしを言ってみよ、というなら言いましょう。
一途に帝は御寵愛なさったさまは深い江で、それにはった春の氷の薄い御縁は嫌なことですよ。
思い合う夜は打ち解けて、寝乱れ髪をそのままにきちんと取り繕わない率直な女心を可愛がって下さい。
烏羽色の濃い色にこの身を染めた糸の結んだような固い約束も縁が尽きれば仕方なく、またこの島に帰って来て、やはり懐かしい昔を思い出せば悲しくなるのである。
そうそうふと聞える霓裳羽衣の曲、まれに来て返す乙女子の、稀に来て返す乙女子の袖を振って舞った私の心を帝はご存知であられたでしょうか。
それにしても現世では帝にお目にかかることはよもやありますまい。
その蓬の島のような私で、憂い辛い世であるが、昔が恋しい、恋しい昔の物語を語れば月日が移って行き、舞につけた釵を形見として賜って都に帰る土産物は手紙をうけるよりも秀れたものであるよ。
七月七日の夜半の睦言であるが、比翼連理と契った言葉も今は離れ離れに縁遠くなって、辛い契りとなり、天は永遠であり、地は久しく続くが、人世は尽きる時が訪れる。
この恨みは永遠に絶えることなく続き、今に至るも絶えることなく止る筆の跡なのである。

解説
[調弦]
箏:巾上り雲井調子−雲井調子
三絃:三下り−本調子−三下り

[作曲]
山田検校

[作詞]
不詳
[他]
山田流箏曲。奥歌曲。流祖作歌奥4曲の1つ。
白楽天の『長恨歌』を翻訳して歌詞としたもの。一部謡曲『楊貴妃』による。
短い前弾が付く。楊貴妃が驪山の昔を回想する場面の直前の合の手に『三段獅子』の手事のマクラを応用。
その後一転してくだけた詞章を挿入、器楽的な間奏の「楽(序ノ舞)」に続ける。
結びの「この恨み、綿々」のあとの「合」はシコロというタテのカデンツア風の独奏とすることもある。
河東節などの浄瑠璃風の語り、箏歌の節扱いなどと詩の表現形態とが呼応して、場面・心情の転換を巧みに音楽化している。