六甲・風吹岩~保久良神社

2026年04月13日(月)


JR甲南山手9:30-阪急ガード北側西へ―<4>-森稲荷神社-
中野地車庫8m北へ-9:53神戸薬科大 79m-階段と鉄塔―
薬大尾根-10:08 164m 10:14-尾根を左へ10:20 180m 
10:24-―10:34 234m-10:59 330m 11:14-11:25会下山遺跡
分岐382m-11:34 金鳥山分岐-11:49風吹岩437m(昼食)12:36-
12:46金鳥山分岐―12:54本庄山△424.4m -392m尾根道谷道分岐-谷―
13:13金鳥山338m13:16-13:49保久良神社182m13:56-14:14登山口107m-
14:33阪急岡本32m  解散

まだ桜は残っているかな。
春の光がやわらかく街を包む朝、
JR甲南山手駅を9時30分に出発した。
今日は六甲の中腹に咲く花々を
訪ねる山歩き。

駅前の喧騒を離れ、阪急のガードを
くぐって西へ進むと、森稲荷神社の
鳥居が目に入る。

中野地車庫が現れ、保久良神社の祭礼で
曳かれる山車が静かに佇んでいた。
道端のお地蔵さんは、昔から旅人を
見守ってきたのだろう。

阪急の線路に寄り添うと、
道が北へ向きを変え、坂道が始まる。
神戸薬科大学へ向かう女子大生の
列が軽やかに追い抜いていく。
こちらは息を整えながら歩を進め、
薬科大を過ぎるとコンクリートの
階段が待ち構えていた。
登り切ると鉄塔が立ち、
ここで送電線は地下へ潜る。
鉄塔の足元から左へ巻くように
尾根道が続いていた。
尾根には春の花が次々と姿を見せる。
白いオドリコソウ、紫のツルニチニチソウ。
カゴノキやアカガシ、コナラ、クヌギの
疎林の間には、刈り込まれた
ササの緑が広がり、ベニシダや
キンランソウがひっそりと
咲いている。



ムベの常緑の葉、ムラサキキケマン、
スミレサイシン。

小鳥たちの声が四方から降り注ぎ、
イカルやシジュウカラが姿を
見せぬまま会話しているようだった。

最初の休憩地点では、どこからともなく
猫が現れ、こちらをじっと見つめていた。



サクラの淡い花びらが新緑に映え、
「ヤマザクラ一斉植樹会」の標柱が立つ。
多くの人々がこの山の自然を
守ってきた証だ。







ミツバツツジの鮮やかなピンクに
咲き始めたモチツツジ。







六甲山はスギ・ヒノキの単一植林
ではなく、広葉樹やツツジ、モミジが
植えられ、四季の変化を楽しめる
山として育てられてきた。
その努力が、今の豊かな多様性を
支えている。

会下山遺跡分岐に着く。
左へ下れば弥生時代の
「高地性集落」があるという。
稲作に向かぬ高地に、
なぜ人々は暮らしたのか。
謎を抱えたまま、今日は
尾根を進む。



やがて露岩が頭を並べる
風吹岩に到着した。
大阪湾岸の街並みが一望でき、
登山者たちが思い思いに昼食を
広げている。



人里から遠いはずなのに、
野良猫が弁当のおこぼれを
狙って歩き回っていた。

昼食後、来た道を戻り金鳥山分岐
から本庄山へ。
三等三角点が静かに佇む山頂を踏み、
金鳥山へ向かう。
途中、尾根道と谷道の分岐があり、
易しいとされる谷道を選んだが、
いきなり急な丸太階段が現れた。
合流地点の標識には「難路」の字が
消されており、山の気まぐれに
苦笑する。



金鳥山では「ゼロ磁場」
があると聞き、
磁石をかざしてみるが特に
変化はない。
古代文字「カタカムナ文献」が
発見されたという伝承も残り、
山はどこか神秘的な気配を
まとっていた。
展望台からは神戸から大阪湾へ続く
大パノラマが広がる。



急坂の続く道では、風雨で削れた
段差を補うため、約150本の丸太が
丁寧に設置されていた。
雨水を谷へ逃がすための
丸太もあり、六甲山を守る人々の
手仕事が随所に感じられる。

植樹された若木には一本一本ガードが
つけられ、シカの食害から守られていた。



足元にはウラシマソウ。
長く伸びた釣り糸がはっきり見え、
マムシグサとの違いがよく分かる。











緑のフェンスに囲まれた
「磐座神生岩」は、古代から神が
降りる岩として信仰されてきた。
周辺からは銅鐸や土器片も出土
しているという。

保久良神社の境内に入ると、
サクラと新緑のモミジが迎えてくれた。



主祭神・椎根津彦命は、
神武東征の際に明石海峡に現れ、
軍勢を導いたと伝わる。








森の静けさの中、長い石段を下ると、
鳥居が海と都市への扉の
ように輝いていた。

かつてこの地には「灘の一つ火」
と呼ばれた石灯籠があり、
暗い海を行く船の道しるべと
なっていた。

境内には、椎根津彦命が亀に
乗って上陸したという伝説を
表した銅像も立つ。





鳥居の向こうに広がる海岸沿いの
ビル群は、灘五郷の酒蔵の町並み
からウォーターフロントへ続く
現代の姿。

坂の町を下り、阪急岡本駅で解散した。

春の六甲は、
花と歴史と人の営みが折り重なり、
歩くほどに物語が深まっていく山だった。

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