湖北・インデイアン平原 岩籠山
                             2022年11月03日(木・祝)


京都8:15=9:05近江今津9:19=9:43新疋田Ca100m9:55−10:14大岩神社
Ca152m10:19−10:32支尾根10:37−10:53Ca340m10:59−11:13南北尾根Ca440m
11:17−11:46Ca520m−ロープ−11:56三角点629.4m(昼食)12:33−13:04Ca668m
−池−14:00インディアン平原北嶺岩Ca720m14:21−岩籠山分岐14:24−
14:38 P708m−15:04迂回路終点Ca660m15:13−16:05三角点奥野361.7m−
16:21鉄塔跡Ca244m16:21−16:39国道161号線―16:56新疋田駅17:09=京都

琵琶湖も比良山も濃霧だったが、
新疋田に着くとすっと晴れた。
これから「追分コース」と名付けられた、
インディアン平原に向かう道
を歩く。



この道作りは2000年頃から始め、
過去4回のべ70人が参加した。
その足跡を追って登っていく。

追分の住宅街を通って、林道を
登ると水道施設があり、
その筋向いの赤い橋を渡ると
大岩大権現である。



案内板によると「慶応2年(1866年)
5月15日、疋田村付近で夕方から
激しい大雨が降り、・・・、
この大岩が村を直撃する大石や
大木をせき止めたり、水を左右に
分けたりして村人の命を守った。
・・・以後疋田村の人々は
この大岩を大権現としてあがめた」
ということである。



林道の終点から谷を詰めて、
枝尾根の稜線に出た。
枝尾根を登っていくと所々に
露岩が顔を出すようになった。
それが枯山水の日本庭園のよう
に見える。

持山の地割を示す「山」の標石を
追って主尾根の北稜に入った。

険しい道をあえぎ登って、
ロープを伝って這い上がる。



右側の迂回路は流されて
消えてしまっていた。
そこに突っ込んだから大変。
後続には稜線に上がるよう指示
したが、稜線は藪との闘いである。

藪の中に三角点(4等三角点 点名追分 
標高629.4m)を見つけた。
その北面は藪がなく開けていたので、
ここで昼食にした。

山の北面をトラバースしながら
鞍部に降りて行くと
一人で登ってくる登山者に出会った。



右回りに山を半周して稜線に上がる。
雑木に隠れるように池が見えた。
元気な人が藪に突っ込んでいく。
ツツジ、ツゲの灌木とイバラに
遮られて、鋸とはさみで切り開き
ながら進む。

ススキが多くなり少しは早く動ける
ようになった。

ススキの原の先に、大きな岩が
見える。ここがインディアン平原
の東端になる。

眼下には敦賀湾が一望できる。
露岩の前で記念写真。
にぎやかな若者達も登って来ている。
高い岩の上に立って写真を
撮ってもらっている者もいる。
ああゆう芸当は我々には無理だ。







紅葉の重なる源頭に降りた。
谷は林立した見事な黄色のブナ林。
ことしの紅葉は格別だった。
大崩の岩壁は迂回し、P677 の
ピークを巻いて東へ降りる。






このコースも我々が最初に
開いた道である。
根が岩を抱え込んで立つ木は
道作りで目印にした所。
足下に駄口の谷が見える平らな
道を過ぎると、岩の回廊になるが、
最近は整備されて歩いやすくなっている。







坂道を下っていくと四等三角点
(奥野 361.8m)があった。
長い坂道を降りて行くと鉄塔跡の
広場に出た。
ここから左へ降りて、用水路を
飛び越えると、三笠電機の前にでた。
新疋田駅に日没前に着いてほっとした。


























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