伯耆大山
                             2022年10月08日(土)


弥山荘8:04―8:15夏道登山口−8:27阿弥陀堂8:32―(常行谷)−9:45行者谷分岐―
10:05六合目避難小屋10:17―11:05下石室分岐−11:26弥山頂上11:31−11:33頂上小屋
12:00−12:16上石室分岐−12:30石室12:37―12:44下石室分岐―13:26六合目避難小屋
13:33−13:45行者谷別れ−(行者谷)―14:46元谷堰堤別れ―15:17大神山神社―
15:31大山寺−(御幸参道本通り)−15:51弥山荘

気温16℃ 曇り、標高760mの弥山荘から出発。
モンベルの前を通り天狗の絵が描かれた
大山橋を渡る。



北には美保湾が明るく見えるが、
南の大山は雲に隠れている。
雨雲レーダを見ると全国的に
晴れているが、大山だけは雲に
覆われている。

橋を渡ると「南光河原駐車場」で、
登山者が多く集まっている。
駐車場からすぐの道路沿いに階段道の
夏山登山道がある。ショートカットの
道のようだ。

登山道には雑草の中にクジャクシダ、
カラムシがあった。
さらに登るとカニコウモリがありその後
よく見かけた。



宿坊跡の石垣の先の登山道から右に入った
所に大山寺阿弥陀堂が構えていた。
室町末期の建造物で、大山寺に現存する
寺院の中では最古の建築物とか。
5間四方の大きな宝形の建物で

国指定重要文化財
になっている。







間隔が狭くて歩きやすく作られた
階段道を登っていく。
すでに頂上を極めた人達が、
「上は寒いですよ」と言って降りてくる。

5合目には山の神様が祀られている。
ブナの森林になった。








標高800mから1,300mは西日本最大の
ブナ林だそうで、ここでクチベニダケが
見つかった。スッポンダケという奇妙な
キノコを見つけて笑った。





ツリガネタケは鈴が並んだよう。

元谷からの行者谷コースと合流して
しばらく登ると避難小屋が現れた。

六合目避難小屋は広さが3畳程度の
コンクリート製である。
水・トイレはない。
着替えをしている人がいるようで
中に入られない。
避難小屋の前には人があふれている。
雨がパラツキ始めたので、
ここでカッパを着る。







標高が1500mになり高木が少なくなって
風が強くなった。
7合目から急な登りになり、道も狭くなる

八合目(1,600m)から、国指定の天然記念物
に指定されている「キャラボク」の常緑の
低木が広がり、その上を木道の登山道で
渡っていく。
木道は雨の影響度で滑りやすい。
おまけに木道が傾いているので、
なおさら滑る。

「ダイセンキャラボク」は世界的にも
貴重で、北西に向いたなだらかな
一面を占めている。
昭和2年(1927)に特別天然念物に指定。
法改訂の昭和27年(1952)3月29日には、
国指定の特別天然記念物になった。

「ダイセンキャラボク」はイチイの変種で、
日本海側の高山に分布。常緑の低木で
高さは50cmから2mと低く、幹は直立せずに
斜に立ち、葉は針葉で先がとがっており、
赤い実がついていて食べられるそうだ。



頂上の避難小屋が見えてきたが、
ここを通過して、20mほど先の桟敷の
上の山頂の碑の前にやっと出た。

弥山山頂((標高1,709m)に到達した。
霧がかかって展望は全く利かないが、
さっそく記念写真。




避難小屋に移動した。
頂上避難小屋は大勢の人で一杯。
壁に座る板敷があるが、やっと
座るところを確保して昼食になった。
ラーメンを食べている人が多いが、
我々は弥山荘でつくっていただいた
おにぎりをほうばる。





避難小屋を後にして、登って来た道を
下って行く。
先頭は左手に分岐した木道を下り始めた。
石室を見に行くそうだ。
木道は草原の中に分け入って行く
感じで野趣味がある。

右手に「石室」が現れた。




案内板によるとこの石室は、大正9年、
地元の人びとの奉仕に
よって夏山登山道が整備され、
その翌年に避難用に作られた。

後方にある池は、上は地蔵ケ池、
下は楚字ケ池と呼ばれ、古くから
「弥山禅定」という大山寺独特の
神事が行われた聖地だった。



毎年役僧2人と先導者3人がこの池まで
登り、経筒に写経を納め、
ヒトツバヨモギ・キャラボクの枝を採り、
閼伽器に水を汲んで下山した。
閼伽は仏様にそなえられ、
ヨモギは薬草として信者に分け
与えられた。
閼伽(あか)は、仏教において仏前などに
供養される水のことで六種供養の
ひとつ。

さらに行くと登りに使った道に合流した。
弥山周回通になっている。
ストックを頼りに一歩一歩下りていくと、
小学生が軽快に下りて行った。

行者谷分岐から行者谷を下りる。
常行谷の夏山道ほど整備されていなくて、
急坂の木道を下るのはこたえる。
自然豊かなブナの森はまだ紅葉は
していないが、ヤマブドウなど色づいた
葉がみられる。

ホツツジの白い花が咲き、
ナメコなどキノコも豊富。

石がゴロゴロ堆積した元谷堰堤まで
下りてきて振り返った。
大山北壁は雲に覆われて、しばらく
待っていたが雲は上がりそうになかった。



大山は1万年前に活動を終えて
現在は崩落期に入り、30年ほど前から
裸地化が進みだした。
このため、昭和60年(1985)から官民一体の
保護運動が始まり、 ヘリコプターによる
だけでなく、石を持って頂上に登り、
その石で頂上付近の浸食溝を埋めて
植生復活を目指した「一木一石運動」が
実施された。

林の中を歩いていると、サラシマショウマが
白い花を穂のように咲かせている。
ヤマシャクヤクの赤い種もある。



立派なトイレがある大神山神社奥宮に下りてきた。
大神山とは大山の古名で、大国主命(大黒様)が
祀られている。
社殿は文化2年(1805年)の建立といわれ、
神仏混ごう時代の神社の特徴である壮大な
権現造り(ごんげんづくり)の形式で、
中国地方で最も大きい権現造りの神社。

大神山神社の「後ろ向き門」から長い
石畳道を下りていく。

「和合の岩」は杉の老木と岩とが
不思議なほど自然に調和している。



吉持(よしもち)地蔵は数多い地蔵の中で
自然石に刻まれた唯一のお地蔵様と言う。

赤や紫の鮮やかな「和傘灯り」の準備が
進んでいる中を通って大山寺本堂の前に出た。


かくして無事出発の弥山荘に戻ってきた。















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