松尾大社〜西芳寺谷
                             2022年05月15日(日)


9:00 松尾大社鳥居広場9:17−9:30南末社−9:40本殿−9:44社務所前−
蓬莱の庭―10:18鳥居前−10:18月読神社10:41−10:47最福寺10:54−
10:58鈴虫寺11:12−11:19西芳寺門前−11:32西山トレイル終点51 −
11:13山の神−12:00坊城古墳12:11−12:23油の谷川原(昼食)13:14−
13:54西芳寺西(解散)

天気もよく暖かい。松尾大社の2つ目の
鳥居に66名もの多くの人が集まった。
委員紹介のあと講師から説明があった。



松尾大社は(まつのをたいしゃ)と
呼ばれている。
大宝元年(701)秦忌寸都里(はたのいみとり)が
造営し、明治初期まで秦氏が神職を
務めてきた。 山に磐座があり最古の神社である。

松尾大社の中に移動した。
鳥居の注連縄につるされている
サカキは12本(閏年には13本)飾られて、
その枯れ具合から豊作を占ったそうだ。

楼門に祭りのシンボルのカツラの
枝とフタバアオイが掲げられていた。
隋神は2018年修復。
装束も顔立ちも様変わりしていた。



本殿の南、南末社付近に市の
天然記念物のカギカズラがる。
カギを引っ掛けツルを
伸ばしていくのが特徴で、
南方系植物、野生種の北限とされ
貴重なものだそうだ。


気候の暖かかった縄文時代の名残。

松尾大社の裏山に磐座(いわくら)が
みえる。
本物は大杉谷頂上近くの斜面に
あるそうだが、雰囲気はわかる。
もともと磐座をご神蹟とか
御鎮座場と称して敬拝されていた。
大宝元年(701年)に秦忌寸都理
(はたのいみきとり)が山麓に
松尾大社を創建したことにより、
以後は山麓で祭祀を行なうように
なったという。



モッコクはモチノキ、モクセイとともに
「三大庭木」にも数え上げられ、
これらを庭に採り入れると、景色に
まとまりがでるという。

オガタマノキはモクレン科の中では、
唯一の常緑樹である。
和名は、招霊(おきたま)が転じて
「オガタマ」になったとも
される。
ミカドアゲハ(帝揚羽)の幼虫は
オガタマノキの葉を食べる。

クスノキは葉の「三行脈」
(真ん中の主脈と下部の左右の大きな側脈)
の側脈の基部に、ダニ室(ダニ部屋とも)
と呼ばれる小さなコブがある。
このダニ部屋にはごく小さな孔が
あり中には多数のフシダニの仲間
が生息している。

ツブラジイ スダジイよりも
実がまるいため命名された。

イヌガシ(犬樫)は、クスノキ科の
常緑亜高木で雌雄異株である。
別名をマツラニッケイという。

鳥居まで戻ってきた。積んである
舟は神輿を運ぶためのものとか。

寺田用水に沿って歩くと
月読神社に着いた。
月読神社は487年隠岐氏神官
が朝廷に土地を与えれば
よいことがあると奏上。
朝廷は歌荒洲田(現西大路七条付近)に
土地を与えた。
押見宿祢(おしみのすくね)は、
壱岐対馬からこの地(山背国葛野郡の
「歌荒樔田(うたあらすだ)」)に
やって来てそのまま月読神社の
神職として仕える。
そして865年度々洪水に見舞われた
ので現在の地に遷座した。



月読神社の祭神は、月を読むことを
専門とする亀卜の神だった。
月読神社の社殿の奥にも
カギカズラがある。

ヒサカキの葉はサカキとほぼ
変わらないが、ヒサカキには
ギザギザした鋸歯がある。

サルトリイバラ 
葉は「サンキラ」として
餅や饅頭を包むのに使う。

ヤブコウジは正月の縁起物
ともされ、センリョウ
(千両)や、
マンリョウ(万両)、
カラタチバナ(百両)と
並べてヤブコウジ(十両)
とも呼ばれる。

出口の巨木はスダジイ。



最福寺に着いた。
最福寺は、平安時代末期に
延朗上人が建立したお寺で、
何度も戦火に遭い、現在まで
再建されることはなかった。
このお堂には、鎌倉時代に
造られた延朗上人座像が
安置されているそうだ。

延朗上人は、但馬の国養老郡の
生まれで、八幡太郎源義家四代
孫といわれ、源義経や源頼朝の
従伯父(いとこおじ)にあたる
平治の乱で源氏が負けた後、
平清盛に追われ、各地を転々とした。

源義経の申し出により
丹波国篠村庄(元は平重衡の所領)の
寄進を受ける。
領内の農民の年貢を停止し、
代わって念仏を奨励し、
その唱えた回数に応じて年貢の
受け取り状を交付した。

本堂の右手には
さしのべ観音や六体地蔵などがある。
最福寺のご住職はお堂を
開けてくれて、ご本尊を拝んだ。

鈴虫寺
正式な名称は「妙徳山 華厳寺」。
江戸時代中期の享保8年(1723)、
華厳宗の再興のために
鳳潭上人(ほうたんしょうにん)に
よって開かれ、現在は臨済宗に
属する禅寺となっている。
鳳潭上人は日本で初めて
仏教を中心とした世界地図
を作った人とも伝えられている。


西洋中心の地図しか見たことが
なかった上人は、インド(仏教圏)
を中心にした地図を自ら作成。
木版で刷られた大きさ約二畳の地図は、
現代の地理学においても
貴重な資料とされている。

鈴虫寺の石段を上った
山門脇には、「幸福地蔵さん」がある。

鈴虫寺の広場で、ガマズミ、コデマリ、
ナナミノキ、エノキ、ハルジオンを観察した。

ナナミノキ
語源は「七実の木」、「名の実の木」、
「長実の木」。「美しい実がたくさんなる」
といった意味。

西芳寺の門の前の空き地で
説明があった。
西芳寺は奈良時代、行基の開祖と
伝えられる古刹で歴応2年(1339年)
に造園に優れた無窓国師が
復興した。
その後宗派を変えながら
数奇な運命をたどって
今日に至る。
庭園のコケは約120種。
黄金池は「心」の字を
描いている。
苔寺池泉回遊式。



西芳寺川に沿って歩くと、
西山トレイルの終点No51を通過、
山の神の碑に着いた。

昔の人は山に入るとき、
仕事の安全と山の恵みに感謝して、
山の神の碑に祈ったそうだ。
山の神の碑によると、
川はこの辺りで蛇行していた
そうだが、洪水でもあった
のか1931年に谷川は
真っ直ぐになったそうだ。

西芳寺谷線起点で気温21℃。
道は「西芳寺川」を何度もわたる。
川に掛かる橋は、1号から
ナンバリングされている。
谷には独特の名前がある。
「ぺロペロの谷」これも正式に
消防に登録されている。

日陰の沢なので少し肌寒い。
月読み神社で23℃だったが
19℃にまで下がった。

アリドウシ、コクサギを観察。
コクサギはミカン科の落葉樹。
葉の出方は縦方向に伸びる枝と
横方向に伸びる枝では異なり、
前者は四方に、後者では
右右左左というように
左右に交互に「二枚ずつ」出る。
後者のような葉の出方を
「コクサギ型葉序」といい、
サルスベリもこれに類する。
葉の質は薄く、秋には独特な
黄葉となる。
葉の臭気がクサギに似るが、
葉や木全体が小さいため、
コクサギと名付けられた。
しかし、クサギはシソ科、
コクサギはミカン科であり
分類上は関連がない。
カラスアゲハやオナガアゲハの
幼虫が葉を好んで食べる。



5号橋に来ると目の前に
「西芳寺川古墳群」の
案内板が見えた。

案内板には「この旧ボウジョウ
古墳群は標高125m、南面丘陵斜面」
円墳5基、径10〜17m、横穴式石室、
両袖式2基確認され、石室の形状を
よく残すものが3基あります」とある。

案内板の通り右へ少し山を登ると、
山の斜面に小高い土盛り箇所があり、
そこに古墳があった。
B1号墳は径17mの円墳で、
横穴式石室が開口。
全長11.2m、玄室長3.4m、幅2.3m、高さ3.8m、
羨道幅1.2mの両袖式。
玄室は天井に向かって傾斜し、かなり高い玄室。

この西芳寺古墳群から
西芳寺川の上流にかけて,
近年新たに発見されたものを含め
一括で「西芳寺川古墳群」と
名称変更された。

さらに谷を詰めていく。
仮設ゲートを出ると、
油の谷川原 地元の人達の
手造り、竹の椅子や机が
並べられて休憩所になっている。



そこにベニバナシャクヤクが
植えられている。
高い木の上にオオルリがいた。

オオルリ(大瑠璃)、
高い木の上で朗らかにさえずる。
姿も囀りも美しい。
コルリ、ルリビタキなど共に、
「青い鳥」御三家の一つである。

ここで昼食になった。講師の一人が
「よし笛」を奏でてくれた。

西芳寺川を引き返す。
カゴノキ、ジャケツイバラ、マムシグサ
ヤブムラサキ、トウダイグサを観察。

ヤブムラサキは
雌性先熟で、初め葯は固く閉じて
花柱を取り囲み、柱頭はその先に
突き出ている。
やがて他からの花粉で受粉が済むと
雄蕊が広がって自身の葯が花粉を出す。
このように雌蕊と雄蕊の熟す時期を
ずらすことを雌雄異熟といい、
自家受粉を防ぐ絶妙な仕組みである。

マムシグサ(蝮草)は、有毒植物。
「シュウ酸カルシウム」と呼ばれる
針状結晶と、「サポニン」と呼ばれる
界面活性作用をもつ毒を含んでいる。
特に球根の毒性が強い。
花は雌花と雄花に分かれた雌雄異株。
受粉はまず雄花が放つ花の香りに
誘われたハエが苞のなかに入り、
つるりとした苞の壁に
はばまれて外に出られなくなる。
ハエが動き回った結果、体中に
花粉がつく。
雄花には一ヶ所だけ外に
でられる穴が開いており、
そこからようやく外にでた
ハエが雌花のなかに入って
花粉を運び受粉を完了させる。
また、雄株から雌株へ、雌株から
雄株へと性転換する植物として
知られている。



西芳寺の西北側まで降りてきて、
「タチイヌノフグリ」の説明があった。

タチイヌノフグリは花が咲いた後、
ぷっくり膨らんだハート型の実をつける。
オオイヌノフグリは匍匐して地面を這う、
ひょろっと立ち上がるのは「タチイヌノフグリ」。
ひょろっと立ち上がっているので、
蜜を求めてハナアブなどが小さな
花に止まると、重みで大きく傾き、
雄蕊(おしべ)にしがみついた時、
花粉が虫の体に擦り付けられて、
他の花へと運ばれる。
「いぬふぐり 星の瞬く 如くなり」(高浜虚子)
と詠われたように、青く澄んだ星の
ような花が咲く。



英語ではベロニカ。
キリストが重い十字架を
背負い刑場へ向かう時、
一人の女性がハンカチを出して
キリストの汗を拭ってあげた。
その時奇跡が起こり、ハンカチに
キリストの顔が浮かび上がった。
この女性の名がベロニカ。

ここで解散になった。









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