須磨アルプス
                             2022年05月8日(日)


十三8:33=9:05新開地9:09=9:18東須磨−9:38離宮公園−(第二名神高架下)−
9:50天井川憩いの広場―アルプスと横尾山の分岐−10:15天皇池―お滝場跡―
11:10西側縦走合流―11:25横尾山312(昼食)−12:19馬の背―12:20東山253―
13:27板宿八幡神社−13:40山陽電車板宿(解散)

五月晴れ、暖かくて気持ちがいい。
山陽電車の東須磨に18人集まった。
離宮公園の交差点から第二名神の
高架下を歩く。
月見山トンネルの手前から北に進むと
左手に「須磨名水の森」の案内板がある。



入っていくと前が開けて、草刈がなされ、
手入れが行き届いた
河川敷の広場になっていて、
「天井川憩いの広場」の標識がある。
緑が多いため真夏でも町中に
比べ5℃も低いそうだ。

一息入れて川に沿ってのぼると、
ニセアカシアの白い花が満開。

須磨アルプスと横尾山の
分岐点になった。



ここでは大きな岩で天井川が
右俣と左俣に分岐しているが、
横尾山へ左の道を進む。

川の右岸の道はだんだん道が
細くなり水野第二堰堤を
左から越える。





堰堤を越えると、倒木を
跨いで渡渉する。









やっと「天皇の池」に着いた。
天皇の池の水は青く
よく澄んでいて、池の底まで
見えた。

右奥の下の石組みの開口部は、
「天皇の池」に土砂水を
入れないようにう回路として
掘られた隧道の口だそうだ。

案内板によると。
当時はコレラなどの疫病が
流行していたので、
須磨離宮(正式名称・武庫離宮 
現在の須磨離宮公園)は、
良質の水の供給を求めていた。

通称「天皇の池」は
天井川を堰き止めて水を貯め、
「水源地」としたもので、
当時は周囲に鉄条網が張り
巡らされていた。
鋳鉄管で送水し、浄水場で浄化した
あと御殿などへ送られました。



天皇池から緑の草原を進むと、
堰堤に通されたパイプから
清水が流れ落ちる場所に
到達した。

ここが「須磨の名水」である。 道は右岸の細い道を
高巻きに進む。

ともかく滑り落ちないように
用心してすすむ。

谷筋を進むと崖に阻まれて
道が消えてしまった。

先頭は左の急斜面を
よじ登り始めた。

こんな時は引き返して道
を確認するのが一番。


すると上の方に標識があり、
左斜めに登る道があったのだ。

進んでいくと強引に登った
先頭と合流。

登っているのを見た親切な人
がロープを回してくれたそうだ。

道は細くなり、左手の谷は
一層急峻になって、
慎重に歩を進める。



やっと広場に出た。
踏み後が不明瞭になっていた。
よく見ると横木の
階段の跡がある。

一歩一歩這い上がると、
西側縦走に合流した。
急に出会う人も多くなった。
花崗岩の尾根道を10分も行けば
横尾山である。

岩の平面な広場に三角点がある。
(二等三角点 点名須磨 312.0m)

狭い頂上なので昼食は分散して
おこなった。
須磨浦の素晴らしい展望をみながら。

横尾山から、岩場になり、
チェーンを頼りに足元を
確認しながらきつい坂を下りる。



急に視界が開け、岩肌が
むき出になった「馬の背」の
全容が現れる。
危険な所には階段があり、
見かけの難所も、初心者でも
歩けるようになっている。

先頭はすでに鞍部に下りて
巨大な岩を登ろうとしている。
脆い花崗岩が風雨でえぐられて
出来た細い尾根を縫って
登り始めた。
左の谷に風に飛ばされたのか
帽子が落ちている。
これは取りに行けない。

やっと「馬の背」の終端の
「東山250m」に着いた。



振り返れば、「馬の背」の
岩肌が一望出来る。
ここで記念写真。

東山には鷹取山天狗と横尾山天狗の
綱引きの昔話がつたわっている。

鉄塔を通過して、
三角点(四等三角点 点名板宿 154.5m)
の傍を通過。
板宿八幡神社に着いた。



板宿八幡神社は永延元年(987年)1月、
菅原道真と八幡大神を鎮守神
として創紀。

ここで休憩して、階段を
下りていくと、山陽電車
「板宿」に着いた。







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