聖書の伝統における解釈

 

聖書の本文は、それらの本文に先立って存在した宗教的諸伝統の表現である。これらの本文とこれらの諸伝統との結合の仕方は、そこに示された著者の創造性に応じて、それそれの場合に異なっている。時の流れのなかで、多様な諸伝統は少しずつ合流し、一つの偉大な共通の伝統を形成するようになった。聖書は、この過程の特権的な表現である:聖書それ自体が、この過程に貢献してきたし、この過程に指導的な影響を及ぼし続けている。

「聖書の伝統における解釈」という主題は、非常に多くの仕方で接近することができる。この表現は、聖書が人間の根本的な体験やイスラエルの歴史の特定の出来事を解釈する様式を含む意味で理解することができるし、あるいはまた、聖書本文が、書かれたものであれ口頭のものであれ、その源泉――その源泉の幾つかは、再解釈という過程をとおして、他の諸宗教や諸文化から来ることもあろう――を利用する様式を含む意味で理解することもできる。しかしわれわれの主題は、聖書の解釈である;われわれはここで、これらのとても広範な諸問題を扱いたくはない。単にわれわれは、聖書それ自体のなかで行われる聖書本文の解釈について幾らかの意見を述べたいだけである。