満嶋接骨院(みつしま)

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闘病日記

健康診断結果

町の健康診断・・・

近年まれにみる好成績。血液検査の数値もすべて理想。血圧も体重も全くの正常。
身長に至っては、1.5cm伸びてるありさま。

が、この前気が付いた喉のシコリを問診の時診てもらう。触れた診断医の手が一瞬止まる。
「精密検査を勧めます・・・。

最寄りの総合病院で診てもらう。
たちまち、鼻メドからファイバーの内視鏡入れられてのどの奥を覗かれ、局部麻酔で、その辺の組織をえぐられて、
ガン細胞があるか調べる。
その結果が、6日にわかる。嫁さんを連れて聞きに来いということ・・・

恐らく悪性なんだろうと思う。いよいよ終わり・・・

今のところ、なんの自覚症状もないけど、一か月後にはもうこの世にいないかもしれない。
身体が動くうちに、身辺整理始めた。

2015/08/06(木)

たちまち紹介状を書かれて、彦根市立病院に赴く。

入院前に草津(滋賀県の)の徳洲会病院というところでPET検査というのをしてきた。
体中のどこに癌が転移してるか調べるらしい。
癌細胞というのはとにかく栄養を欲しがるそうで、糖分をむちゃくちゃ消費するそうだ。
んで、体に放射線を含んだ糖分を注入して、その糖分がどこに引き寄せられるかをCTで調べるそうだ。
集まるトコは明るい色で表示されるらしい。例えば、ないところは青色、栄養を必要としている脳はオレンジ。

 

そして、それ以上に貪欲な癌細胞は、白く光るらしい。そのデータと、明日彦根で受けるMRIのデータを合成して、
どの臓器や器官に癌があるかを調べるという。

ま、首のリンパ腺以下に転移がなくても、口腔外科と、耳鼻咽喉科と形成外科の先生が、
タッグを組んで最短でも15時間の手術になると脅かす。

「ひぇ~~」と言えば、「あんたは寝てるだけだから一番楽ですよ。と、慰められた。
でも、リンパ腺の癌が頸動脈と癒着してるから、そこから大出血したら即死ですと脅された。
でも寝てる間だから俺の知ったことではない。

当然そんな手術だから、もし成功しても、口から食物どころか水も摂取できない。
「胃瘻」(いろう)というもので栄養補給。
胃に穴をあけて管をつなぎ、おなかから、ビーチボールの空気入れ口みたいなのを付けるらしい。
その手術が10日。空気入れが出来上がって落ち着くころ、大手術が18日。

今日、PET検査の帰りに、人生最後になるかもしれない回転ずしを嫁さんと二人で食べてきた。

2015/08/08(土)

でわ・・・

今日、大阪に行ったT2、弟親子、東京の姉さん・・・と、親族全員が滋賀に集まってくれました。
最後の晩餐に・・・

2015/09/21(月)

とりあえず生還

生きて帰ってきた。とりあえず五体満足で・・・・

が、舌を三分の二失った。どうにか喋れるようになったのが、つい数日前。
手術が8月18日だったから、およそ一か月間は声すら出せない状態。
喉に穴あけて気管チューブなど付けられて、例えば痛くて唸り声だそうとしても、
「グァ」だの、「ヒー」だの、うめき声すらヒューヒュー風切り音がするのみ。
痰が出て、呼吸困難になってもゴロゴロ、涙ポロポロでナースコールのボタンに縋りつくだけ。
夜中に何度も吸引してもらってもアリガトウも言えない。
両手を合わせようにも両手は管で繋がれている。目でお辞儀するだけ。

そしてこの創・・・顎のラインに沿って横一文字、首の左右を縦に胸まで二本。
頭と胴体が頸椎と頸動脈だけでつながった状態での手術。
術後目が覚めたのが二日後のICUの部屋で、人工呼吸器やら、体中にパイプやらコード、
様々な管が両手両足に繋がれて、天井しか見えない。動かせるのは目玉だけ。
と、様々な電子音が聞こえるだけ。

三日ほどしたら、呼吸器外されて、頭の固定も取られた。
「ひゅ~~」と喉から空気漏らしながら起き上がったら、周りのスタッフが驚いて俺を押さえつけた。
まさか動くとは思わなかったらしい。実際、普通は動くはずがないらしい。

頸の筋肉だって一度切断してるわけだし、まさか頭を持ち上げるとは異例のことらしい。
でも、あがってしまったのだから仕方がない。
あとあと、やはり柔道で首の筋肉がやたら強かったからという結論に達したみたい。
ICUを二日後に追い出されて、大部屋に移されてしまった。

失った舌の欠損部分は、腕の筋肉と神経、動脈を移植して再建してくれた。

 

腕に開いた大きな穴は、お腹の筋肉やら皮膚で塞いだ。んで、こんな左腕に・・・。
これはやたら回復が早くて、ひと月経たずに、ちょっとした火傷ぐらいに目立たなくなってしまった。
ブラックジャックみたいな迫力ある縫い目を期待していたのにチョイ拍子抜け。

というわけで、手術から一か月で、外泊が許されて、帰ってきて更新してます。
舌はまだまだ思うように動かせず、飲み食いも、かろうじてノリみたいなお粥を飲み込めるくらい。
缶コーヒーを20分もかけて飲めるくらい。
なので、流動食が主食で、お腹に付けた、ビーチボールの空気栓みたいなもの(胃瘻)から流し込むのです。

嬉々として自分の惨状を写真に撮ってる者など、そういないらしく、よく怒られる。
でも、手術後の経過が早く進むので、研修医やら看護師の見習いが主治医に連れられて、
毎日俺を見学に来る。動物園の珍しい動物のようである。
点滴の練習材料にされたり、介護の寝かしたり、起こしたりの練習材料である。ダミーみたいにされる。
そりゃ、点滴の時、腕に力入れれば、見事に静脈は浮き出るし、
体勢を変える練習にちょっと手を添えればすぐに起き上がるし、
失敗しても痛がらないし怒らないし、扱いやすいらしい。

病室は最上階の8階の窓際。毎日琵琶湖のほとりで目が覚める絶景。

 

とまぁ、ここまでは順調・・・ここまでは・・・
この外泊の二日間が終わって、病院に戻ると、いよいよ放射線治療。
リンパ節に転移してて、取り切れなかった癌細胞を焼き殺す治療ですね。
でも、禿げないらしい。ここの部位の治療では・・・。癌の細胞の種類によるらしい。
すでに、化学療法は始まっていて、人によってはたちまち吐き気やら全身の潰瘍、下痢等々と、
副作用が現れるらしいけど、俺は鈍感なのか、まだなにもわからない。
放射線治療もそんな調子ならいいのになと思うけど、そうはいかないらしい。
人間が一生の間に受けられる放射線許容量が70グレイというらしい。
それを2グレイづつの33回、つまり66グレイ照射するそうで、次に再発したら、
もう放射線療法は使えない。化学療法でだましだまし・・・らしい。

ま、オペ室に入る際に一度は別れを告げたこの世界、この命、
今、痛いも、つらいもなく我が家に帰ってこられただけでも儲けもの。
これからは余生だし・・・気楽に、気長に…。

次の外泊はいつになるやら・・・。
っていうか、退院して通院治療も可能なのだが、なんせ、加入していた生命保険の関係で、
入院していた方がお金がかからないと嫁さんが言うから、病院に帰ります。
今日は帰ってくるなり、立て付けが悪くなった風呂の戸を修理させられるし、
入院してれば美人の看護師さんが優しくしてくれるし、病院に帰ります。

なんか、実際は重症患者で、入院環境も最優先の患者らしく、俺を院内感染から守るために、
個室に移されたのです。個室料無料で。差額ベット代も請求されない。
んで、俺の部屋にはDVDプレーヤーやら、ワンセグのテレビ、ギターやら持ち込んであるから、
案外快適。

2015/09/23(水)

また病院に帰ります。

手術後一か月でこんなにキレイ(?)に。喉の穴もほとんど塞がった。
んじゃ、また行ってきます。ってか、帰ります。
次の外泊はいつになるかわかりません~~。

2015/10/10土)

久々の外泊。

放射線治療が、月曜から土曜までの週5回。
抗がん剤は毎日だけど、飲み薬だから、例え通院でもOKなのだが、
放射線だけは、毎日病院でしか受けられない。たった一回10分の治療に、
毎日通わなければならない。しかも午前中と決まっている。

んで、入院sぢてなさいと、嫁さんが言う。通院治療よりも、入院してた方が、
保険の関係で有利だし、帰ってきてもらうと、食事の支度が大変だという。
そりゃそうだ、三食、俺が飲み込める食事を、栄養バランス考えながら作るなど、
ほぼ不可能だと思う。
入院してりゃ、本職の栄養士さんが、毎回俺の咀嚼、嚥下能力に見合った硬さの食事を、
毎回毎回メニューを考えて作ってくれるし、しかも、リハビリになるように微妙に硬い。

最初は一食一食 食べ終わると、首から喉からほっぺたまでヘトヘトだったけど、
食事が楽しみになってきた。
今日、外泊で我が家に帰る途中、スシローに寄ってもらって、京風ラーメンが食べられた。
夕食はギョーザとエビフライと、ピザをお願いした。病院じゃマズでない献立。

・・・って、食うことしか楽しみないんかい!?・・・ないのです。
なんか、癌患者ともなると、やはり廻りのスタッフもみんなやたら気を遣ってくれる。
心療なんたらのサポートチームなるものが度々顔を出して、悩みはないかとか不安はないかとか・・・
笑顔で問いかける。アニマルテラピーとかいって病院の外には羊とかが草を喰ってる。

 

エアガンでもあれば、撃って遊べるけど、それもできない。せいぜいリハビリに持ち込んだハーモニカで、
操るぐらい。 メイ、ハク、サツキ という三匹の羊がいるのだが、ハクだけはハーモニカで呼び寄せることが
できるようになった。メイとサツキはどうにもなつかないから好きじゃない。

8階の窓から景色を眺めるだけの毎日。一昨日までは、病院の周りをグルグル散歩したり、
霊安室に探検に行ったり、遊び場があったけど、いよいよ副作用が出てきて、
自覚症状はまったくないけど、肝機能、腎臓の機能も全く正常だけど、
白血球が想定内ではあるけど、やはり減ってしまい、抵抗力が落ちてるらしい。
病室の戸に、解放厳禁の札が下げられ、お見舞いの人は詰め所に声をかけて、
滅菌してから入室ということになってしまった。

部屋から出ると怒られる。軟禁状態。土日は放射線休養日だし、世間は三連休、
外泊も二泊を申請してたけど、一泊にされてしまった。
家に直行して、病院に直帰しなさいと言われたけど、スシローに行っちゃった。

人が一生に浴びてもいい放射線量が70グレイという量らしい。
放射線治療は、これを毎回2グレイずつ33回行う。計66グレイ。ギリギリまで浴びる。
今、10回浴びたから、20グレイ・・・まだまだ被爆は続く・・・。
回を重ねれば慣れるというものではないから、やはりこれから吐き気だの、だるさだの、
いろいろな副作用が出てくるのだと思うから、スシロー杭納めしてきた。

まぁ、今までが順調すぎたのかも・・・・
ということで、入院してから一番怖い体験談・・・・・。

ある日、主治医の先生が回診にきて、おもむろに俺に言った。
「ミツシマさんは毛深くなくてよかったですよ。」と・・・
はぁ・・・。
誰でも、手術の傷跡周りに毛が生えないから塞がりやすいと思うやん。
ところが、先生の視線は俺の腕の傷に向いている。
「はっ!もしや!!?」と、俺が言うと、
「そう、そこが毛深いと、そこの組織で作った舌から毛が生えてくるんですよ。」
・・・・舌、ベロから毛が生える!!?想像して血の気が引いた。

2015/11/07(土)

久々の仮出所。

約一か月ぶりの仮出所。身体は至って調子いいのだが、
抗がん剤の化学療法、放射線治療、吐き気だの倦怠感だのの副作用は、
自覚症状ほぼ全くないのだけれど、血液検査で白血球が減って抵抗力が落ちているらしい。

んで、外泊とか、院外の散歩などは感染症を心配して許されない。
下界は寒くなってきてインフルエンザとかが流行りだしたとかで、ずっと外泊を、
許してもらえなかった。
気合い入れて、骨髄活動が活発になるよう、個室で筋トレとかしてたら、
放射線治療後期にもかかわらず、白血球の数がグ~ンと増えて正常値に戻った。

で、めでたく一泊だけ許された。久々の更新です。
院内感染とか恐れて、いまだに個室暮らし。贅沢で個室を希望している訳じゃないから、
個室料とか差額ベッド代とかがかからない。ドアも閉めきりだし、
まんま琵琶湖を見下ろすリゾート生活。籠の中の鳥状態。

 

窓のそとばかり見てても飽きるから、筋トレしたりギター弾いたり・・・
入院記念にギターを買ってしまった。2015と刻印した。
これが何年まで刻めるか・・・2016で終わるのか、オリンピックまで刻めるのか・・・
とか考えながら個室はほぼマイルームへと化している。

 

副作用がないといいながら、放射線治療の影響はやはりある。
痛々しく見えるが見た目ほどではない皮膚の火傷状態。
筋トレで逞しくなった身体と対照的に、生々しい。
ま、33回の放射線のうち、28回が終わってあと5回。
終われば徐々に治るらしいから、って、もう、傷跡とか気にする年齢でもないのだが・・・。

 

手術の縫い目などは、もうほとんど消えちゃったし、全く禿げないし、
まぁ、予想以上に順調です~。
日の出が一か月前よりだいぶ南寄りになってきた。
まだまだ日が短くなり寒くなるので、また病院に帰らなきゃ。
病院なら、真夏の入院の時でも25°、寒くなってきた今でも25°。
自宅は寒いや・・・・
ってか、次の更新はもしかしたら退院後かもしれません~。

2015/11/25(水)

無事 生還 !!

入院から約三か月半、やっと帰ってこられた。

毎日毎日、窓の外ばかり見てた。
部屋から抜け出すと、すぐさま看護師に見つかって怒られる。
部屋の外は雑菌ばかりだから部屋に戻れと・・・。
窓は完全締め切りで二重窓。外の音なんか聞こえてこない。
夏からの入院だから台風も何度か来たけど、風の音も聞こえない。
窓の外は夏から秋、冬と変わるけど、牢の中はいつも25℃

 

窓の外いつも鳩が並んでる。幸いなことに向こうを向いて・・・
これが全部カラスで、みんなこっちを向いてたらさぞかし怖いだろうと思う。
琵琶湖から希望の虹が生えてくることもあった。

 装着

放射線治療が終わり、「記念にどうですか?」と、マスクをもらった。
頸のリンパ節に正確に照射するために一ミリも動いてはいけない。
んで、こんなマスクを被せられて、硬いガラスみたいなベッドにくくられて、
大きな機械に挟まれて放射線を浴びること33回。
痛くも熱くもないけど、首は焼けただれ、口の中は口内炎だらけ。

ま、放射線治療が終わったら、みるみる回復しちゃったけど。
主治医が首をかしげるぐらい早い回復らしい。首のケロイドなんか、
触ってもいけない、シャワーでもそこだけお湯がかからないように、
サランラップを巻けとか、看護師がやたらうるさい。
でも、シャワーの時、巻かれたサランラップなんか剥がして、
石鹸でゴシゴシしたら、下にちゃんと新しい皮膚ができてて、
ケロイドは、韓国の垢すりしたみたいにポロポロとれちゃった。もうツルツル。

んで、めでたく25日に無事に退院という運びに。さよならリゾートホテル。

2015/11/27(金)

やっぱり家が一番いい

ここ三か月半で、外泊できたのが計3日。
家で一回寝るとまた獄舎に帰る準備・・・・

それが、もう家の布団で二日も寝た。高熱出したり、ひどい下痢さえなければ、
もう帰る必要がない。これだけでもう天国。確かに家は寒い。
寒いけど、万年暖房やら冷房が効きすぎる部屋での寝起きはつらい。
やはり、せんべい布団で、やたら重たい布団に押さえつけられてると安心感が違う。
今朝、入院から以降で、初めてうつぶせ寝で目が覚めた。
そしたら、お腹の空気栓みたいなバルブから胃液が染み出していた。
おおっ!!俺は病人だったのだ・・・。それぐらいしか病気を実感する機会がない。

ありがたいことである。
感染症を恐れて、人込みには行くなと、念を押されてたけどそうはいかない。
久しぶりに自動車を運転して、Book off やら、その他諸々の店を歩き回ってきた。
自由がこれほどありがたいとは、今まで感じたことがない。
って、こんなことでも生きてて良かったと思えるのだから、ありがたい。

久しぶりに夢にまで見たお好み焼きを焼いて食った。
と、いっても口の粘膜が弱ってるからもともとの猫舌が更に猫猫猫舌でし、
肉なんかひき肉みたいにしないと舌が上手く動かせないから飲み込めない。
でも、マヨネーズをたっぷりかけて、時間もたっぷりかけて、
ナメクジみたいな食べ方で、口の周り青のりだらけにしながら、
あまりの美味しさにむせび泣きながら頂いた。

2015/11/28(土)

トカゲの尻尾並

 ⇒ 

我ながら感心している。
手術直後はこんなだったのが、もうこんなに回復してる。手を動かしていれば気づかないぐらい。
手術後、機能回復リハビリが頻繁に病室を訪れて、関節が拘縮しないようにマッサージしたりするのだが、
自分で動かすと怒る。絶対安静ですよ!と・・・

筋肉も神経も血管も大きく切り開いたんだから、うまくつかなくなっちゃいますよ。と・・・
最初は、首も胸鎖乳突筋を二本とも切ったし」、頸動脈に隣接してるし、横を向くときは、
身体ごと向いて・・・とか指導しやがる。
頸の神経も切ったから、後遺症で、腕は肩より上に上がらなくなるかもしれないけど、
それは命と引き換えの代償だから、ある程度覚悟しておいてくださいとも言う。

そうは問屋が卸さない。こっちだって、日々患者さんの機能訓練とかしてきたのだ。
こんなひっかき傷で腕が動かない上がらないなんてありえない。
ってんで、リハビリのマッサージが帰った後、自分でリハビリ。
上がらない腕を、肩を、ベッドの柵に預けて動き回る、こんな痛みは関節技より大したことないし。

歩行訓練します。先ずは車椅子に移動する訓練から始めましょうとか言い出す。
冗談ではない。しばらく前から隠れて非常階段を一階から病室のある8階まで、
毎日何往復もしているのに、車椅子!?

やにわに立ち上がって、スクワットして見せて、腕立て伏せを30回して見せたら、
ビックリしてる。リハビリも一回何点で入院費に加算されるから、
「もうリハビリ必要ないみたいなので、中止できますか?」と聞いたら、
「三か月間はプログラムに組み込まれてる。」という。
主治医にも聞いたら「う~~ん、ミツシマさんなら、いいか・・・打ち切りましょう。」
と、言ってくれた。ので、それからは毎日自分で筋トレ。

おかげで、今日、家の車のタイヤ交換も、難なくできたし、
外したタイヤも高いトコに持ち上げられたし、息切れも疲労もない。
入院中に家に起こった不具合箇所も全部修理できた。

あと、左腕の手術痕、神経を切って繋いだから機能障害もある程度我慢しなさい。
と、言われてたけど、個室をいいことに早いうちからギターを病室に持ち込んで、
開かない指で機能回復に臨んでたから、今では6フレットの大開きでもできる。

退院の時、スタッフみんなが花道で送り出してくれたわけだが、
両肩に家財道具一式と、その上にギター背負って、嫁さんは手ぶら。
主治医の先生が、ギター担いで帰る患者は初めてだという。
すると、看護師が「ってか、ギターを持ち込んだ患者さん自体いませんけど・・・。ハーモニカも・・・」

昼夜の看護師交代引継ぎ帳 Tarouがプラモを作りだす

2015/11/30(月)

久しぶりの病院

退院して初めての外来通院。
まだ一週間経ってないけど、休薬を終えてまた抗がん剤を処方してもらうため。
朝一に採血やら検尿して、その結果から、薬の量を決めるらしい。
結局、数値の成績が良かったので、従来通りの最大投薬。

人によっては更に休薬を長引かせたり、薬の量を減らすそうだ。
んで、次は検診。「ミツシマさん、今日はちょっと苦しいけど我慢してください。」
な、何をするのだ?と怖がっていたら、頸のリンパ節のあった付近を、グリグリと触診するらしい。
「苦しかったり、痛かったら左手を挙げてください。という。
「はひ。」まだ舌がうまく動かせられないから、変な返事で答える。
遠慮がちに首をグリグリ始める。「苦しくないんですか?」「はひ。」
「じゃぁもっと強く押しても大丈夫?」「はひ。」
「さすがに苦しいでしょ?」「ひへ。」
「咳とかしてもいいんですよ。」「出まひえん。」

「なんで平気なんですか?みんなゲロしたり、暴れたりするのに・・・・」
「柔道で、絞め技でマイッタしたこと一度もないんでひゅ。」
ちっとも苦しくなかった。

数値がイイといっても、白血球数はギリギリ正常値になっただけですから、
このまま家に帰っていい子にしててください。また一週間後に~。
リンパ節付近に、何のシコリも、筋肉の硬結もありませんでした。よかったですね。

帰り道に、色々な店によって、壊れてた婆さんのトイレの換気扇を買って、
なんやかやの雑貨を見て歩いて、いい子にしながら帰ってきて脚立に登って、
換気扇の交換してやった。

病院で頸動脈を絞められて なんで平気と驚かれ

2015/12/09((水)

暇でしょうがない

退院から二週間が経った。お外は寒いし雑菌がいっぱい。
ということで、家から出してもらえない。唯一、おととい退院後最初の外来で出ただけ。
採血して、結果が出たらCTスキャン~外来診察。
「調子はどうですか?」と主治医さんが尋ねる。「絶好調でっす!」勇ましく答える。
でもね~血液検査の数値・・・やはり白血球とタンパク質が足りないんですよ。
引き続き、感染症予防に心がけて栄養をたくさん採ってください。ということ・・・。
また首回りをCT画像と照らし合わせながらグリグリされる。
「今のところ、再発の兆候はありませんね。」と言われた。

白血球の減少は仕方ないことだとしても、いわゆる栄養失調とは・・・。
確かに、舌の三分の二は腕から持ってきた筋肉や血管で創った模造品。
喋るのも舌足らずだし、何より物を食べることが非常に難しい。
自由に動かないとこに持ってきて、少々分厚い。
油断すると、すぐに噛んでしまう。しかも、痛感神経がないから、噛んでも痛くない。
知らずにいると、そこから感染症になって、肺炎とかでまた入院だという。

んで、補助食品で、プロテインを買ってきた。パッケージには、
筋肉隆々のアスリートのイラスト。説明書によると、トレーニング後三十分以内の服用が望ましいと。
んで、朝、早起きして腕立てやら腹筋して、外に出てはいけないんだけど、早朝の澄んだ空気ならええやろと、
とりあえずトレーニングして、飲んでみた。

 退院後二週間目の夜明け

高校生の時、筋肉付けようと、小遣い銭はたいて買った、当時出始めたばかりのプロテイン・・・
あれは、やたら高額で、やたら不味かった。まるでバリウム飲んでるみたい。しかも、雑誌の裏ページの通販。
全然効果なかった覚えが・・・
ところが、今回買うときに、マンゴー味とか、バナナ味とか選べる。で、カフェ・オレ味を選んだ。
水で溶かして飲むと書いてあるが、牛乳に溶かして飲んでみた。・・・・どちらかというと美味しい。
ほぉ~~今回は身体作りというより英y峰失調対策だから、気が楽。来週の採血が楽しみになってきた。

ライト級がミドル級のボクサーみたいな身体になったりして・・・。

2015/12/13((日)

禁煙

入院中はもちろん禁煙でした。
さすがに喉に穴が開いてるときは完全禁煙。ストローで水すら吸い上げられないのだから・・・。

そのうち喉笛を外してもらうと、やはりタバコも吸いたくなる。籠の中の鳥。
もちろん下の売店には売ってない。んで、病院の外にあるローソンまで忍者行動。
ナースセンターを腰を直角に曲げて、すり抜け、8階から1階まで、非常階段で降りて、
守衛さんのいる裏口から、いかにも外で携帯電話を使うのだという素振りで携帯をクルクル回しながら出獄。
急ぎ足でローソンに向かいタバコをゲット!

しかし、パジャマ姿だし、大きな病院だから、様々なシフトの先生や看護師、職員が絶えず出勤やら帰宅で、
そこいら中車で走ってる。見つかってチクられるのは分かってるから毛糸の帽子とサングラスで行動。
さすがにそれで店内に入るのはマズいから、うつむいてレジでメモを渡す。
そう・・・・喋れないから「エコーひとつ」と、あらかじめ書いておいたメモ。
言葉で伝えようにも、「ネコーヲヒロウ」としか発音できない。

いぶかしそうな目で店員に見送られて、同じ要領で病室に戻り、
個室だからトイレは俺以外は入ってこない。
んで、洋式トイレの便座の上に立ち、天井の換気扇間近でタバコに火を点ける。
火災報知器の方に煙が行かないように副流煙も吐いた煙も、換気口に向かうように工夫する。

・・・・って、美味いわけないやんけ!隠れて吸う高校生よりみじめ・・・
で、携帯吸い殻入れの吸い殻を、トイレで流し、出てから念入りに歯磨き。
しかし、吸わない人からすると、やはり分かってしまうのだ。

検温に来た看護師が「ミツシマさん!タバコ吸ったでしょ!!」
首を横に振っても許してくれない。たちまち引継ぎノートに書かれて主治医にまでも伝わってしまう。
もちろん、嫁さんにも先生からチクられる。タバコは没収、嫁さんには小銭も取り上げられて、
下の売店がセブンイレブンだから、ナナコカードだけ渡されて、サイフの中はカード一枚。現金0円。

その後三か月ほど下の売店で買ったものと言えば、ブラックの缶コーヒー、バームクーヘン、
ひこにゃんのキーホルダー、牛乳、クロスワードの本・・・
食い物もたくさん売ってるけど、俺は嚥下食しか食べられない。

 プロテイン飲み始めたのが二日前だからこんなもん。

退院してきて、真っ先にタバコを買ってきた。堂々と吸ってみた、
事前に、コーヒーをドリップして、チェアーに腰かけて優雅に・・・
目まいがして、冷や汗が出てきた。
退院の時、禁煙外来に行かされて、薬を処方された。朝晩飲めと・・・
すっかり薬漬けになった俺は、抗がん剤やら、悪くもないのに胃薬やら抗生剤やら・・・
爺いみたいに、薬を飲むのが日課。物によっては三食ごとに・・・
その中に禁煙の薬もあるわけだが、副作用に特に喫煙した場合は吐き気とか頭痛とか書いてあった。

んで、とりあえず禁煙。「吸いたくなったら気分転換に深呼吸とか軽い体操を」
とか書いてあるから、俺は筋トレすることにした。
ちょうど、タンパク質が足りないということでプロテイン飲み始めたから、
肉体改造に丁度いいかも・・・一週間ごとに自撮りで写真とろ~っと。
が、腹筋運動はどうなのだろう?まだビーチボールの空気栓がお腹に付いてるし・・・

2015/12/18((金)

PET検査

PET検査なるものがある。陽電子放出断層撮影法(ポジトロン・エミッション・トモグラフィー)と言うらしい。
癌細胞が、どこに巣食ってるのか、どこかに転移していないだろうかを、調べる検査。

 この画像は俺のではない。

CTの画像と、PETの画像を合成すると、ガンのある場所がクッキリ見えるという代物。
滋賀県にはこの検査ができる病院は草津市に一か所だけ。三万円ちょっとかかる。
今度で二回目。最初は、ガンと診断されてすぐに受けた。主治医の先生が言ったけど、
地域格差があるそうで、隣の京都などは、たくさんあるらしいけど、患者の数も多い。
検査の予約でも、三か月待ちぐらいはザラらしい。
ところが、田舎の滋賀じゃ、三日待ち。田舎も捨てたもんじゃないな~。
三か月も待ってたら、治療の前に死んじゃうヤン!

んで、初回の時は舌の左奥と、左リンパ節に、パチンコ玉ぐらいの白い輝きがはっきり映った。
場所が確定して、舌の三分の二とリンパ節、転移防止のために念のため右のリンパ節を郭清(切除)。
たちまち重病人扱いの病院生活。

退院後一か月が経ち、初回から四か月経ったということで二回目を受けてきた。
放射性医薬品なるものを注射で注入されて、体中にまんべんなく行きわたるように、水分を採って一時間の睡眠。
その後、20分ほどかけてCT撮影、40分間隔をあけてPET撮影。
その画像をディスクに焼いてもらって持って帰ってきた。封がされてるから見るわけにはいかない。
ってか、恐らくこのPCには再生するソフトなんか入ってない。
今度の月曜日、市立病院に持って言って、主治医と鑑賞することになっている。
頸から下に明るい部分が見つかると、再転位・・・。ドキドキ・・・。

癌細胞は他のどんな臓器よりも栄養(特に糖質)を好むらしく、糖質は、必要とされている臓器に集中。
ので、真ん中の画像では脳とか肝臓なんかは正常でもオレンジ色になる。上の画像では右肺の上下にガン巣、
下の左右のオレンジ点は、正常な肝臓。CT画像と合成すると、右の画像。
ガン巣だけがはっきり表示されちゃう。・・・という仕組みらしい。

 12/13  12/17

ん~~~まだ、シュワちゃんみたいにはならないなぁ~。

PET検査 (結果)

21日、草津から持ち帰ったディスクを市立病院に持って行って、主治医の先生と観察。
見た画像には、一つも明るい光点がない。つまり、ガン細胞が見つからない。
画像と照らし合わせて、俺の首回りを、グリグリ押しまくる先生。
触診でも、やはり見つからない。「・・・・とりあえず、おめでとう。」と仰った。

四か月経って、首から下の臓器にも転移はないらしい。以前のPET検査では、
見つからなかった小さな転移がモシあれば、四か月の間に成長してるだろうし、
それも見つからなかった。

「でも、飲み続けた抗がん剤で、抑制されてるだけという可能性もあるから・・・」
やはり最低一年間は、抗がん剤は続けなければいけないらしい。
ま、この抗がん剤では、俺の場合、副作用がほとんど感じられないから、どうってことない。
一週間に一度の血液検査のための通院だけかな。
っていうか、その日だけは堂々と家から出してもらえるから、かえって嬉しい通院^^

副作用がないといっても、白血球は人並みに減少してるから、お風邪を召してもイケないという。
怪我しても、血小板も少なくなってるから血が止まりにくいという。
仕事を再開しても、他人が雑菌を持ち込むから、手洗いとうがい、口腔内消毒は念入りにという。

ということで、年明けから仕事を再開しようと、家族会議で決めた。
まぁ、仕事といっても暖房の効いた部屋で、ダラダラしてればいいのだからありがたい。
病院での、土産話も山ほどあるし、放射線治療で被ったデスマスクも持参してある。
舌足らずの喋り方でも、声が出せない期間に身に着けた手話みたいなボディランゲージを添えて、
面白おかしく仕事ができそう^^

ただ、自覚する副作用として、視力低下や、まぶしさってのが、項目の一番下にあるのだが、
この「まぶしさ」だけが当てはまってしまった。視力低下は全くなく、どんな小さな字でも読めるし。
そこそこ遠くまで見える。
でも、外に出ると非常に眩しい。うす曇りでも、サングラスが必要なくらい。
それを口実に、かっこいいサングラスを二個も買ってもらった。アマゾンで・・・。

ということで、夕べは「とりあえず治癒記念パーティ~」を嫁さんが開いてくれた。
食卓には、マルシンハンバーグと、やわらかロールケーキ、牛乳・・・と、豪勢な食べ物が・・・
まだ、刺身とか生ものは、感染源になるから食べさせてもらえない。
温泉玉子とか、かぼちゃの煮つけ、マカロニグラタンとか、熱処理してなきゃダメなのです。

そのおかげで、血液検査は、白血球の減少以外は、きわめて健康で、20歳代の数値がズラリ。
健康な死にかけ野郎です。

2015/12/24((木)

Merry Christmas Everibody!!

我が家でクリスマスを迎えられた。
嫁さんとお揃いの腕時計をプレゼント交換した。
G-SHOKの腕時計。ソーラー電波時計。
俺が10万49歳、嫁さんは10万44歳になると1秒狂うという・・・・

何歳まで生きられるか分からないけど、多分、俺の方が早いと思う。
その日まで、同じ時間を生きましょうと、嫁さんと交換した。
賢者だか愚者だかわからないけど、素敵なクリスマス・イヴ。
なるべく、これが遺品にならないようにガンバロウ!

ってか、この腕時計、嫁さんのBABY-Gの方は可愛らしいけど、
俺のはメンズでやたら大きい。金属ベルトも3駒詰めた。
時計の直径が手首の太さとそう変わらない。
時計に見合った逞しい腕にすべく、筋トレに更に力が入る。

専業主夫

まだ仕事を再開してないから、暇でしょうがない。
嫁さんも、ようやく仕事が休みに入り家に居てくれるけど、
昨日までは専業主夫。セガレ1号もバイトに行ってるし、家には婆さんと二人だけ。

まだ食べられる食材も限られてるから、自分の食事は自分で用意する。
婆さんにやってもらうと、食感がどうとか、歯ごたえがどうとか、
こっちの口腔内事情を考えずに、硬いものを作っちゃう。

まだ、お粥とか、温泉玉子、プリンとかせいぜいウドン・・・
細かく刻んだハンバーグとか・・・何の脈絡もなくとにかく、詰め込む。
食べるというより、車にガソリンを入れるように、炭水化物とタンパク質、
ビタミン各種・・・アミノ酸の含有率、脂質・・・・などと、エネルギー補給目的の食事。
手術前はせいぜい2食だったのに、きっちり三食頂く。
朝と晩に、抗がん剤を食後に飲まないといけないから・・・。

その他の仕事と言えば、洗濯物の取り込みとそれをたたむぐらい。
シャツのたたみ方など、もうプロ並み。店に売ってる状態にキッチリたたむ。
乾燥機の使い方も覚えたし、電子レンジも上手になった。

禁煙中だから、タバコを吸いたくなると、ペナルティーで筋トレ。
一本吸いたくなると腕立て50回。また吸いたくなったら腹筋100回・・・。
補助食品として毎食ごとにプロテイン飲んでるから、筋肉が増えてきた。

昨日の外来での血液検査では、白血球減少以外は、最高の数値。
トップアスリートみたい。

 12/13  12/17  12/29

首回りを特にイジメるから、僧帽筋が発達してきた。

2015/12/30((水)

年の瀬

退院して一か月が過ぎた。この間、何事もなく元気だったので、
入院中にお見舞いに来てくれた方達に、お礼に廻ってきた。
病気が病気だけに、快気祝いとは言えないけど、退院祝いとでもいうものを。

赤ちゃんみたいなしやべり方だけど、「おかげしゃまで、ぶひ たいいんできまひゃぱ・・・。」みたいに。
お~分かるわかる。おさべり おじょうずになりまちたネ。
まるでイクラちゃん扱いでむこうも合わせてくれるでちゅ。

会話のなかに、ようやく年賀状ができたという話題。
あまりに早く仕上げてしまうと、いざ喪中はがきになった時に無駄になりまちゅからね。というと、
まぁ、まだ2~3年は死にそうにないでちゅねと返ってくる。は~い バブゥ~。
こっちが元気だから、重病人扱いしてくれない・・・。

何かと色々あった一年でした。首のシコリが気になって最初に検査受けたのが7月始め。
くしくも俺の誕生日でした。しょれから市立病院の口腔外科へ紹介状渡されて、検査入院、
手術の日程即決。舌癌手術前に感染症を防ぐために虫歯のある歯を全部抜歯、
術後の栄養摂取のために、お腹に穴をあけて胃瘻手術。おなかに栓をつけて、そこから栄養を流し込む準備。
あれよあれよと手術の日が来て、三か月間は囚人のような生活・・・。

毎日開かない窓から日の出、日没を数える日々。
ようやく退院できて、我が家からながめる日没・・・

あと何回見られるかなぁ~
と、死ぬ気配なしに思ってみたりする・・・。

2016/01/20((水)

明けまして おめでとうございます

いまさら明けましておめでとうもないけど、無事に新年を過ごせました。
元旦の早朝から、お寺に集まってペコペコバッタ。
字の住人が一堂に会して、皆がそれぞれに新年の挨拶をする。
全員が全員にそれぞれ挨拶するのに30分ぐらいかかる。
それで、お経が始まり、その後各家の代表が残り、酒飲みが始まる。
もう長いこと飲んでないからお猪口2杯で酔っぱらう。
癌患者と皆が知ってるから、それ以上は奨めてこない。

「人込みは雑菌だらけだから、家から出ちゃダメよ。」と、嫁さんは口うるさく言う。
なのに、在所の新年会やら総寄りなど、メンドクサイものは、俺に行かせる。

っして今日は大雪。朝から初雪の除雪作業をやらされてる。
日頃の筋トレの効果の試しどころである。

大雪といっても積雪が朝の段階で20cmぐらい。昔に比べたら屁みたいなもの。
ラッセル車のごとく、ガバガバ除け続けるも、息切れもしなかった。
なかなかいい筋肉に仕上がってきた。
嫁さんは一昨日からインフルエンザで寝込んでいるし、専業主夫はなかなか忙しい。

 12/13  01/19

2016/02/10((水)

新しい家族

「犬を飼ってる夢を見たわ!」「病院でもアニマルセラピーあったでしょ。」
昔、嫁さんの実家に座敷犬がいた。
この前テレビで犬の性格、性質を色々実験する番組をやっていた。それから以降、
しきりに犬の話をするようになった。要するに犬を飼いたいらしい。

俺の入院中、いじらしくも献身的に毎日通ってくれた妻に、お礼しよう。
日曜日に近くのペットショップに見に行った。
店に入った瞬間目が合ったらしい。もうそれから他のワンちゃんには目もくれず、
「私を待っててくれたんどしゅかぁ~??」とか、ガラス越しに犬と喋ってる。

「安い買い物じゃないんだから、他の、店もみてみようか?」と、俺が言っても、
「その間にドナドナされちゃったら立ち直れないわ。」と、そこから動かない。

この目に参ってしまったらしい。出合った瞬間に「飼うっ!」て決めたらしく シュン(瞬)と、
名前も決まったらしい。・・・・んじゃ、これ一つください。

2018/12/26(水)

胃瘻(いろう)

胃瘻のバルブ交換の際、せっかくだからと、時間をかけて十二指腸から食道まで、
内視鏡をクルクル回しながら引き抜いていく。
でかいモニター画面にそれが映る。
消化器内科の主治医が研修生に説明しながら、また、これは何だ?とか質問しながら。

俺も首は動かせられないから目玉が裏返るほど回して画面を見てる。
食道まで引き抜かれた時、「まて!ストップ!」
先生がそこをジックリ観察してる。・・・・不安になる。

チョット気になるとこがあるから細胞を採取して生体検査に回します。
とか言って、内視鏡に別の器具を差し込んで、マジックハンドで内壁を摘まんんで千切る。
血がふぁ~っと湧いてくる。「洗って!」というと、助手がまた別の管から、
生理的食塩水を吹き付ける。また千切る。洗う。千切る。洗う…

その細胞の病理検査の結果を昨日聴きに行ってきた。
「残念ながら、悪性新生物、つまりガン細胞でした。まぁ、極初期段階ですが。」
その時撮った画像をスペクトルを変えて説明しながら次々映してすとなるほど二か所変な色してる。
「口腔外科の主治医と相談した結果、まだ放っておいていいだろうということになりました。」
「いやぁ~我ながらよくもこんな初期のものを内視鏡で発見できて、研修医にいい顔出来ましたよ。」

変な例えですけど、満嶋さんの場合、舌の原発巣、転移した背骨、腰椎が大火事
で、この食道ガンはまだボヤ。大火事の治療を優先しましょう。

治療ったって、月に一度の定期健診だけで薬出されたり注射されてるわけではない。
「もし、気になるなら、京都医大が内視鏡による郭清技術あるから紹介します。」

年明けの口腔外科の定期健診の時、また説明受けて、切除郭清とか、
放射線・抗がん剤治療にするとか考えてみてください。おだいじにぃ~~

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