思考するムービィングボディ

1973年のジャコメッティ展を見た私はその大きな立像に吸い込まれる恐怖を覚えました。ちょうど大学
の課題でヌードを粘土で作っていた時です。大学に帰った私はヌードを見た瞬間瞬間のイメージが
変化して このイメージで作りたいという自分自身が崩壊していました。しかも人体の骨や筋肉だけを
観察して作ろうとしても、その周囲の空間が人体を攻め立てて形を崩してしまうのです。
物がそこに在ることの不思議さ(存在の恐ろしさ)に耐えられずノイローゼ状態になった私はモデルを使
った制作を止め、カウンセリングを受け再びモデルを使った制作にもどるまで20年が過ぎていました。
1994年より「顔」を描き始め1995年より「ヌード」を描き始めました。20年ぶりに描くヌードは大学時代
と違い、たいへん美しく感じました。人体の構造や筋肉の緊張感という強さを追及していた頃に比べ、
肌の張りや筋肉のしなやかな柔らかさは新鮮でした。
描ける自分がいる そのことだけで幸福で感謝できました。「顔」や「ヌード」の中に純粋な表情や
動きをみつけ、その時の気持ちに近い線を探すことは幸せな時間です。いつのまにか私はヌードを
描くたびに「柔らかくて強い人間を描きたい」と願うようになりました。
ムービィング・ボディとは直訳すれば「動く胴体」という意味ですが、それだけでなく「感動させる実質」
という意味もあるそうです。気に入った「胴体の動き」を見た時「心が動く本質とは何か」を探りながら
女性の体を描いたのが、この素描集の作品です。
そのため顔のないデッサンばかりになりましたが、いつか女性の顔と体がつながって描けるのを
楽しみにしています。


竹岡豊素描集へ戻る