■へ〜そうなんやG (クリスチャン新聞より転載)

パン、ミルク、コーヒーの朝食付き

1871年(明治4)、西本願寺を会場に開かれた京都博覧会は、

首都の地位を東京に奪われ、経済的危機に陥っていた西京(京都)の復興プロジェクト。

この博覧会は、展示品も336品と乏しく、骨董品が中心で、

到底、博覧会といえるしろものではなかった。

起死回生とばかり、翌年には西本願寺に加え、

知恩院や建仁寺も会場になり、

3万人を超える人々がこの博覧会に集まった。

それに加え、当時入京を禁止していた外国人に対しても、

博覧会の60日間の会期に限って、京都に入ることを認めた。

知恩院、丸山、下河原辺の19カ所に「外客相対宿」も設けられた。

ここで、京都府としては、外国人客が落とすお金を当て込んだふしがある。

なにせ、和式ホテル(?)の1泊が朝食付きとはいえ、パン、ミルク、コーヒーーのみ。

部屋代は、今なら豪華ホテルのスイートに泊まる値段に相当する。

この記念すべき博覧会には、結局、772人の外国人が訪れている。

その中に、京都の宣教を計画していたが、

それまで入京を阻まれていたアメリカン・ボード派遣の4人の宣教師の姿もあった。

当時の宣教師の報告によると、

宣教師達は胸高鳴る思いでこの博覧会に参加している。

事実、彼らの期待どおりに、この博覧会で京都府顧問の山本覚馬と出会い、

京都の宣教の門戸が開かれるのである。