■お父さん出番ですよ23 (ホザナ通信 2005年10月号より)


                           
                    
  秋風の身にしみるこの頃です。

 ホザナ通信をお読みのお父さん、お元気ですね。

  飯島夏樹さんの「ガンに生かされて」を読みました。 

 彼は世界的なプロウィンドサーファーで、今年2月、38歳の若さで、ガンのため亡くなられました。

 実は、彼も奥さんも共にクリスチャンなのです。

 お二人がクリスチャンになったキッカケは、宣教師との出逢いでした。

 夏樹さんは選手を引退し、グアムでビーチハウス経営をしていた時のことでした。

 夏樹さんは経営を奥さんにまかせて、彼自身は気儘な生活をしていたのです。

 一方、奥さんはというと、経営と3人の子育てでてんやわんや日々を送っていました。

 そんな時に、宣教師と出逢い、聖書に目が開かれるようになったのです。

 聖書と出逢い、クリスチャンになってからの夫婦関係の変化を、彼は次のように記してあります。


 聖書に出逢ってまだ数ヶ月、僕らは儀式的に、あくまで儀式的に洗礼を受けた。

 しかし、それ以来不思議なことに夫婦関係が徐々に変わり始めた。

  生まれも育ちも全く違う2人だったが、共通の信じるものができた。

 これは大きかった。何かあるとそこに立ち返れる、2人の基準が生まれたのだ。

 いわば、良くできた人生の地図みたいなものを手にしたと言ったらいいだろうか。

  例えば、喧嘩をする。怒鳴り合いは2人とも好まないので、冷戦か嫌味合戦が多い。

 お互いの意見を勝手に主張し合うこともある。

 最悪なのは、コミュニケーションの断絶。いわゆる無視である。

  残念ながら、聖書に出逢ってもそんなことは全く変わらない。

 人はとても醜いもので、結局自分がいつも一番大事、特に僕などその顕著な例だ。

  しかし、今までと違うことは、同じ土台に戻れること。

 例えば、「聖書には喧嘩しても日が暮れるまでには仲直りしなさい」というような、

 とても素朴なフレーズもある。

 だから、「さっきはごめんね、言いすぎた」なんて言葉が心から出てくる。

 そして妻も謝る。こうして喧嘩は終わり、気持ちよい一日が送れる。

 
  どんなに愛し合って結婚した夫婦であっても、

 生活を始めた途端、お互いの違いにあっけにとられることがあります。

 それもそのはず、育った家庭環境が違い、男性と女性という性の違いもあり、

 歩んできた人生も違う別人格同士なのですから。

 結婚生活についてのある本は、

 男性と女性とは互いに異星人だと思って丁度いい、とまで記しています。

 それ程、感じ方、考え方、行動パターンなど、男性と女性は違うのだということです。

 夫婦という2人の異星人が同じ屋根の下で生活をするのですから、

 お互い全く違う者同士だという前提に立って、理解し合い、受け入れ合い、

 赦し合って、折り合いを付けていくことが、より良い結婚生活のポイントとなります。

  しかし、ここで重要なことがあります。

 互いに理解し合い、受け入れ合い、赦し合えるためには、

 互いに謙遜になれる共通の土俵が必要だということです。

 その最善の土俵が聖書であり、キリストなのです。

 夫と妻が聖書とキリストに近づけば近づくほど、

 自分の自我やプライドを引っ込めることができるようになります。

 素直になって、自分から謝り、仲直りの手を差し伸べることができるのです。

 このように互いに謙遜になれる共通の土俵を持った夫婦は何と幸いなことでしょう。

  飯島夏樹夫妻は、聖書を土俵として互いに謙遜になれたからこそ、

 夫婦の絆がより強くされたことでしょう。

 これにより、後に起こる夏樹さんの厳しい闘病生活を、夫婦だけでなく家族全体で受けとめ、

 充実した日々を送ることができたのです。

  お父さん達、奥さんと共にお互いに謙遜になれる土俵を持っておられますか?

 持っておられないようでしたら、

 是非、聖書という最高の土俵を持たれることを心からお勧めいたします。