2007年4月号

☆ 「悪魔のささやき」に対抗するために ☆
        

  小鳥のさえずりも晴れやかな季節となりました。

 我が家の子供達も進級、入学、入園をし、

 新しい生活にも慣れ始めています。

 皆様のご家庭はどうですか?

     
                    
  私は「悪魔のささやき」(加賀乙彦著)を読みました。

 加賀氏は作家であると同時に、

 東京拘置所医務技官を務めたことのある犯罪心理学者でもあります。

 そんな彼が幾度となく耳にしてきた言葉が、

 「あのときは、悪魔がささやいたんです」

 「どうしてあんなことをしたのか、自分でも分からない。

 なんだか自分ではないものの意志によって動かされたような気がする。

 本当に、悪魔にささやかれたとしか思えません」というものです。

 ある時は病院で、自殺を図り一命を取り留めた人々の口から。

 また、ある時は東京拘置所で、死に怯える死刑囚の口から。

 単なる言い訳やウソと切り捨ててしまうには、

 余りにも多くの自殺未遂者や犯罪者がそう口々に語ったというのです。

 そのような経験をもとに、

 加賀氏は、最近とみに増加した凶悪事件の背後に

 うごめく悪の力を様々な実例をもとに分析し、

 それを「悪魔のささやき」と名付け、

 現代日本の危うい状態に警鐘を鳴らし、

 「悪魔のささやき」を退散させる私案を紹介しています。
 
           

  彼は本書の中で、

 「悪魔のささやき」の実例として「オウム真理教事件」を取りあげています。

 なぜ高学歴の若者達が、

 愚にもつかないカルト宗教に

 いともたやすく引っかかってしまったのでしょうか。

 加賀氏は4つの理由を挙げています。

 @彼らは慢性的に大いなる退屈を抱えていた。

 彼らはもっとわくわくさせる非日常体験を求めていたのです。

 A彼らには宗教的知識があまりにも欠如していた。

 戦後の日本は、学校だけでなく、家庭においても、

 宗教教育を60年間もないがしろにしてきた故に、

 彼らは宗教的無菌室状態で成長し、

 カルト宗教に対する免疫が全くなかった。

 B自分の頭で考える習慣がない。

 受験戦争で勝つための勉強はしてきたが、

 自分の思想を整えるまでにいっていなかった。

 Cオウム真理教で採用された階級制度。

 一生懸命修行すれば階級を上げることができる。

 人と競い合って勝つことが幸せな未来につながると

 信じてきた彼らの競争心やプライドが巧みに利用された。
 

  私は加賀氏が挙げた4つの理由の内@とAに注目したいと思います。

 「高学歴の若者達の大いなる退屈」にしろ

 「宗教的知識の大いなる欠如」にしろ、

 結局根本は同じだと私は考えます。

 つまり、人間には正しく健全な宗教が必要だということです。

 「高学歴の若者達の大いなる退屈」が証明することは、

 学校で学ぶ知識や科学では、人間がもつ退屈、換言すれば、

 生きる意味や目的の欠如を満たすことができないということです。

 それらを満たすことができるのは「宗教」だということです。

 科学の役目は“現象の原因とプロセス”を解明することであり、

 宗教の役目は“存在の意味・目的”を教えることにあります。

 ですから、どんな高学歴の持ち主でも宗教を求めるのです。

 渡り鳥に帰巣本能があるように、

 宗教を求めることは人間の本性に他ならないのです。

 この人間の本性に乗じて、

 まがいものを掴ませようとするのが「悪魔のささやき」です。

 ですから正しく健全な宗教を持つことが必要なのです。
 

  では正しく健全な宗教の特徴は何でしょうか?

 @系統だった教理があること。

 A歴史が長いこと。時間の審判は真偽を明らかにします。

 B信じている人々の生き様。

 イエス・キリストはこう言われました。

 『あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。

 茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。

 そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。

 良い木が悪い実をならせることはないし、

 悪い木が良い実をならせることはできない。

 …このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである」

 (マタイによる福音書7章16節)。

 本当の宗教は、私達に生きる意味と目的を教え、

 私達を人格的に成熟へと向かわせるものなのです。

 私は、ホザナ通信をお読みのあなたに、

 本物の宗教としてキリスト教をご紹介したいのです。

                          教会学校教頭 新谷和茂