2002年3月3日 フロリダ州ジュピターにて
みなさんこんにちは。セントルイス・カージナルスの田口壮です。このたび親しい友人が、僕のホームページを立ち上げてくれました。 ここがみなさんと僕とのよき掛け橋になることを願っています。本格オープンまでしばらくお待ちください。
2002年3月4日 フロリダ州ジュピターにて
ようやくヒットが出ました。ほっとひと安心です。ところがこういう時にスキができるので、それだけはないように気をつけます。
2002年3月6日 フロリダ州ジュピターにて
朝からのBゲーム、守りでは1捕殺をしましたが、打つほうは3タコでした。でも、今日は初球からどんどん積極的に打ってみました。それが良かったんでしょ
うか、午後の試合では2打席立たせてもらいました。おかげで球が見え、芯に当たりました、が、両方とも正面を突きました・・・。
当たりには納得するんですが、やはり結果が欲しい今日この頃。積極性だけは失わずにいきたいと思います。監督からは「当たりが良くなってきたなあ!」と声をかけていただきました。
2002年3月7日 フロリダ州ジュピターにて
「一日ひとつ、何か印象を与えるプレーをしたい」、それが今の僕の目標です。今日
はセンターで途中出場。チャレンジぎみの当たりがようやく来たので「よし、行ったれ!」とダイビングしました。・・・ぜんぜん届きませんでした・・・。で
も、ベンチの評価は「ナイストライ!」こう言われると、なんだか嬉しくて、やりがいもあるというものです。
2002年3月8日 フロリダ州ジュピターにて
ようやく出ました。すごく嬉しかったけれど、球場では 嬉しさをかみ殺して、真剣な顔を作っていました。塁上でつい顔がほころびそうになったのですが、ピッチャーに失礼かな・・・と。ベンチに帰ったら、もと阪神のペ レスが思いっきり抱きついて祝福してくれました。
2002年3月9日 フロリダ州ジュピターにて
今日も二本出ました。「昨日やっとヒットが出て、今日ダメ」ではがっかりするところでしたが、おかげでちょっと気分がいいです。
ところで今日は、面白いものを見ました。「打順間違い」です。監督が提出したメンバー表と、ベンチに貼ってあるメンバー表の、7番と8番が逆だったんで
す。しか も、アウトになっている間は、相手方は何も言わず、7番(本当は8番)の選手が
ホームランを打った途端にベンチから出てきました。さすが、こんなことにも慣れた 対応です。日本だったら最初に間違えに気づいた時点で抗議でしょう。
結局、8番の選手(本当は7番)がアウトになってしまいました。打席にも立っていないというのに・・・。そして次の回は、「本当は8番なのに、7番打者
のところ で出て行って、ホームランを打ったけれど取り消されてしまった選手」が、本当の8
番として先頭打者になりました。本来の7番打者(8番に入れられていた)選手は、
何もしていないのにアウトになるわ、打順は飛ばされるわで、かわいそうでした。こんなこと、「スタメンが電光ボードに掲示される」日本では起こりえないこ
とです。 珍しい体験でした。
実は、何が起きたのか、最初僕にはさっぱりわかりませんでした。で、チームメートに聞いてみたら、言っていることはわかるけど、言っている内容が理解でき
ない・ ・・という状態になってしまったのです。「そんなこと、起きるわけがない!」と思
うから、話はますます通じにくくなってしまいました。アメリカって、いろんなこと が起こります。
2002年3月10日 フロリダ州ジュピターにて
今日は9回の守りだけでした。久しぶりにちょっと身体を休められたかな、という感じです。メッツ戦で、僕との対戦はなかったのですが、小宮山さんが投げま
した。
とにかく、すばらしかったです。持ち味の、コーナーを突いたり、低目へ投げたりというものが随所に見られて、「うーん。僕も頑張ろう!」と刺激を受けまし
た。
2002年3月11日 フロリダ州ジュピターにて
ジュピターからバスで2時間。ディズニーワールドの中にある、ブレーブスの球場で試合をしてきました。春のキャンプで使うには綺麗過ぎる球場です。日差しは真夏 そのもの。暑い一日でした。
試合は、1打席立って、まあまあの当たりだったので、セカンドゴロですが、打ち方としては納得しています。それより何より、フリオ・フランコ(もと千葉
ロッテ) に声を掛けられました。「タグチ!ゲンキ!?ガンバッテ」と、日本語で。僕のこと を覚えていてくれたようです。
こちらに来てから、「もと日本」のアメリカ人選手にたくさん再会します。日本にいる時振るわなかった人でも、実にのびのびやっています。それを見るにつ
け、彼ら が日本にいた時、どれだけのサポートを必要としていたことか、と痛感します。そう
いう点では、僕はこちらで孤独を感じることもなく、暖かくみんなに囲まれていま す。なんと幸せなことでしょう。
2002年3月12日 フロリダ州ジュピターにて
2番センターでスタメンでした。1打席目は「ランナーを進めろ」というサインだったので、ゴロを打って進めました。2打席目は三振で、3打席目はセカンド
ゴロ でした。 1打席目は仕事をした。2,3打席目は「やっぱり結果が欲しい・・・」最近ロッ
カーの周りの選手が、ぱらぱらと消えていきます。ちょうど、映画「メジャーリー
グ」で、マイナー行きを通告するのに、ロッカーに赤い紙が貼ってある、あんな状態です。うちのチームは紙を貼りませんし、現在もその慣習があるかどうかは
知りませ んが、とにかく人がいなくなっていく・・・それを見ていると、どうしても結果が欲 しいと思ってしまうのです。
ところで、今日はノーマ・ガルシアパーラ(レッドソックス)に会いました。アリゾナで一度会っただけなのに、覚えていてくれたようです。塁上で、「元気
か?」 「元気だよ、そっちは?」「俺も。今シーズンの幸運を祈ってるよ」もちろん、祈っ ているのは彼で、祈ってもらったの僕です。念のため。
2002年3月13日 フロリダ州ジュピターにて
なんと今日は遠征に帯同しませんでした。 これが何を意味しているかはわかりませんが、このキャンプに 入っての初めての短い練習でした。休める時にしっかり休んでまた明日から張り切ります。
ところで、時間があったので散髪に行ってきました。 イメージでは横を少し刈り上げて、上は少しだけ切って
ムースかワックスをつけて仕上げたら、アメリカの映画俳優になるかと思ったのですが、説明したにも関わらず、出来上がったのは「大工の源さん」でした。僕
の語学力はこんなものかと、改めて痛感しました。
野球も英語も、まだまだ挑戦が続きます。
2002年3月14日 フロリダ州ジュピターにて
今日は1打席立ちました。結果はショートゴロ。感じは悪くありません。ただ、「来た球を全部打ってやろう」という気持ちを、まだ拭えないでいます。もう少
し余裕が出てくれば、狙い球を絞り込めるはずなのに、最近当たりがよくなってきただけに、「ヒットにしてやる」「結果が欲しい」という欲が
出てしまいます・・・分かっているなら狙いを絞れよ、ということなんですが、つい 打席に立つと興奮して「このヤロー!!」となってしまう。
ただ、今の気分は悪くありません。数字も残さないのに「でも当たりはいいから」では、説得力も何もありませんが、今までとこれからの経緯を他人がどう見るかは、僕にはコントロールできません。僕にできるのは、自分自身をごまかさずに、前を向いて行くだけです。
2002年3月15日 フロリダ州ジュピターにて
途中出場で、守備から入りました。打席にも立っていないので、野球の話は、なしです。
ところで今日の球場ランチは和食でした。チームメイトが気を遣ってくれて、(いつもサンドイッチとかなので)「壮は和食がいいだろう!」と、いつもは「スープ」 が置いてあるところに、すき焼きと、味噌汁と、うどんと白ごはんが登場しました。 ありがたい心遣いです。
ちなみにすき焼きは大好評。でも、うどんはバケツにそのまま入っていたので、食べようとした時には伸びきっていました・・・。ともあれ、異国から来た新人を、みんながあの手この手で和ませてくれようとしているのは、なんとも嬉しいことです。
2002年3月16日 フロリダ州ジュピターにて
感じはいいのに結果が出ない・・・ということで、今日はミッチェル・ペイジコーチと話をしました。彼によれば、僕は最近「バットが平行になっている時間が
長い」
つまり、若干下からバットが出ている状態、もっと分かりやすく言えば、ややアッパースイング気味になっているとか。非常に微妙な感覚なのですが、大切なこ
とです。
その修正をかけるには、しばらく時間がかかりますが、意識しながらやっていこうと思います。ともあれ、初めてペイジコーチとゆっくり話ができて、有意義な時間を 持つことができました。明日も頑張ります。
2002年3月17日 フロリダ州ジュピターにて
たまには成績のことを離れて、僕の生活ぶりでもお話しましょう。野球の詳しい話はまた、嬉しいネタがあった時に(笑)。
このキャンプも中盤。休みは、間もなくやってくる19日のたった一日だけです。朝は6時40分に起きて、まずは風呂。身体を充分温めて、体操します。朝食をとって、車で15分の球場着が8時過ぎ。それからトレーニングルームでしばらく動きます。
9時半から全体練習。そのままゲームになだれ込みます。終わるのは4時ごろ。そこからウエイトをしたり、バッティングをしたり・・・取材も受けて、家に
帰るのは6時近くです。
帰ったら、メシ。その後再び風呂に入り、1時間くらいかけて身体の手入れをします。寝るのは10時半から11時くらいでしょうか?10時半に寝るなん
て、ここ10年やったことありません。
やけに健康的な生活ぶりですが、どんどん身体が張っていきます・・・小学生の日 記みたいになってしまいましたが、こんな毎日を送っています。
2002年3月18日 フロリダ州ジュピターにて
今日試合が終わった後、マイク・マシーニが「壮・・・大丈夫?」と声をかけてくれました。僕の打撃不調を心配してくれたようです。思わず「NO!」と叫んでしまいました。笑われちゃいましたけどね。
とはいえ、新しい場所で、誰も知らない場所で、何かを新しく始めるってことは、結構大変なものなんですね。あのティノ・マルティネスでさえ苦しんでいるのだから ・・・僕にとっては「世界のティノ」だというのに。
明日は休日。「アイス・エイジ」を見に行ってきます。
2002年3月19日 フロリダ州ジュピターにて
今日は休日。「アイス・エイジ」を観てきました。ストーリーは・・・まあ、これから観る人に怒られるので言いません。最近子供向けの映画にはまっていま
す。大人向けのも観るんですが、子供のは、ストーリーも単純で暖かく、また、英語についていけるからいいんです。「モンスターズ・インク」なんかもお勧め
ですよ。結構泣けるかも?
2002年3月20日 フロリダ州ジュピターにて
今日は1打席。レフトライナーを、ダイビングキャッチされてしまいました。でも、今までで一番いい感じに振れています。残り少ないチャンスですが、なんとかものにしたい、と思っています。
2002年3月23日 フロリダ州ジュピターにて
とりあえず一本出ました。首の皮一枚つながっているという感じでしょうか。粘ります。
2002年3月24日 フロリダ州ジュピターにて
新聞記事に、僕がマイナー通告を監督から受けたという記事が出たそうですね。知りませんでした。だって、僕、通告なんて受けてないんですけど・・・。まだどうなるかはわかりません。僕の気持ちの強さはまだ揺らいでいません。
2002年4月1日 テネシー州メンフィスにて
プロに入って11年目。今日はこれまでで一番悔しい「開幕」を見ました。
今まではずっと、日本でですが、開幕戦は10年間出続けてきました。
それが、こちらに来て初めて、マイナーで開幕というものを迎えなければならない現実。カージナルスの開幕戦をテレビで見て、その悔しさを改めて感じました。
ただ、考えようによっては、去年までなら、どうやってもテレビの中のメジャーの舞台には行けなかった。けれども、今年はその中に入っていく
チャンスがあるわけです。
これまでのように、非現実的な憧れではなく、伸ばせば手が届く、メジャーの舞台 に立つのを夢見て、今は一生懸命やるしかないと感じた一日でした。
2002年4月5日 テネシー州メンフィスにて
ヒットが出ました。
ホームページの速報をごらんになった方はご存知でしょうが、初ヒットがサヨナラホームランになりました。開幕一本目がホームランというのは、11年で初めてです。3Aとはいえ、嬉しいです!
今日は最初からあまりいい内容ではありませんでした。
第一打席、初球をファーストゴロ。
第二打席、シュートに詰まってサードゴロ。
第三打席、三振。
第四打席で、今年初の送りバントを決めて、ちょっと気分がほっとしました。一日ひとつ、とりあえず働けたので、「まあ良しとするかあ」と思っていましたが、2-2のまま延長戦に入り、またまた打席が回ってきました。
第
五打席。二アウトランナーなし。そのときのピッチャーはまっすぐがそこそこ速かった(92マイルくらい)ので、まっすぐだけ狙って、軽く振ろうと思いまし
た。初球はインコース高めのボール。
二球目、真中高めのストレート。タイミングが合ったので、手を出しました。高々と、打球が上がりました。打った瞬間「入った」と思いました。
嬉しかった。ホームに帰ってきたら、日本と同じで、ベースを踏んだ瞬間に、ぼこぼこに殴られながら、「WELCOME TO AMERICA!」と言われました。
これで「ようやくスタートしたぞ」という気持ちになれました。これから始まるんだ、という気持ちが強くなりました。また明日から、ひとつでもいい報告ができるように頑張ります。
おやすみなさい!
2002年4月7日 テネシー州メンフィスにて
あたりは悪くないのに、全部正面に行ってしまいます。まあ、そのうちヒットになると思います。野球の話は以上。
と
ころで、今日はエルビス・プレスリーの「本家」を偶然見てしまいました。ここメンフィスは、エルビスの故郷として有名ですが、たまたま郊外の「エルビス・
プレスリー・ブルバード」という道を通ったところ、「GRACELAND」の文字が・・・・どこかで聞いた言葉・・・・と思いきや、やはりエルビスゆかり
の場所。熱いファンのためのレストランや土産物屋、ホテルなどが並んでいました。ちなみに僕は、ドーナツを買いに車を走らせていただけでした。
2002年4月11日 テネシー州メンフィスにて
4の1。ライトオーバーのツーベース1本でした。
明日は朝5時出発でポートランドに向かいます現在午前1時20分。眠れない私はどうしたらいいのでしょうか・・・
そういえば、日本とアメリカの野球の違いのひとつが、練習の仕方。そのうち、バッティング練習について書きたいと思います。
日本は、バッティング練習をする時、バッティングピッチャーさんが投げてくれます。ところが、アメリカには「バッティングピッチャー」というものが存在しません。じゃあ誰が選手にボールを投げるか?実は監督やコーチなんです。
今
僕のいるレッドバーズでは、監督、そしてコーチがバッティング練習のピッチャーをやってくれています。うちの監督は、ボールを投げると、いつもなぜか手が
血まみれになってしまいます。おかしいなあ・・・と思って誰かに聞いてみたところ、投げた後に、L字ネット(打ち返される球から身を守るネット)に手をい
ちいちぶつけてしまうらしいんですね。じゃあもっとネットから離れて投げればいいのに、と思うんですが、もう「手を当てて投げる」のが癖になっているよう
で、毎日血まみれ。とても心配です。
そんな風に、日本とは様子がちょっと違います。
以上、気が付いたことを書いてみました。
2002年4月18日 ワシントン州タコマにて
4の3 1打点。 チームは12対5で負けました。
開幕してから初の猛打賞です。ちょっとずつ良くなっている気配がありますが、油断は大敵。身体が張って・・・・手入れをせねば・・・です。
ところで、今日はお世話になっている方が、日本食弁当を差し入れてくださいました。その美味かったことといったらもう!!!嬉しかったことといったら、もう!!!!
チー
ムメイト達は、おにぎりや海苔を見て、「それは何だ?」と興味深々。でも、「ちょっと食べる?」「いや・・・いい・・・」アメリカ人にとって、日本食はい
わばダイエットフードの代名詞。低カロリーで太らない、というイメージが強いので、とっても興味があるのです。でも、トライする勇気もあまりない。
僕
がおいしそーに食べるのを不思議そうに見ていました。しかし中には、「ライスクッカーを買ってくるから、ぜひ米を炊いて、日本の食事を作ってくれ」と頼ん
でくる選手も。シェフ・田口壮としては、「俺は日本の米を、日本の炊飯器で炊くのしか認めない。みりんと料理酒も用意するなら作ってやる」と答えたとこ
ろ、「サケ?料理に?ミリン?それ何?」
レッドバーズが「日本食通」になる日は、まだまだ遠そうです。
2002年4月19日 ワシントン州タコマにて
5の2 1打点(レフトオーバー2ベースとファースト強襲タイムリー)
風邪をひきそうです。チームがみんな、ヘンな咳をしています。何人かはすでに風邪で倒れて、一人、また一人と試合中に寝込んでいきます。病人はロッカーで
寝ているのですが、「おい代打だぞ!」と言われたら、ユニフォームに着替えて出て行く。そして、帰ってきたらまた着替えて寝るのです。
この遠征、ポートランドそしてタコマと、強烈に寒かったから、将棋倒しに風邪が蔓延しています。今、野手は2人しか余っていません。あと二人倒れたら、もう誰も休めない状況になるのです。
僕は今大変危険な状態と言えるでしょう。今からとりあえず薬飲んで寝ます。明日は朝3時起きで移動。メンフィスに戻るのですが、今もう夜の11時近い・・・この寝不足が風邪につながらないことを祈るのみ。
精神力が試されるときが来た・・・かも・・・?
2002年4月22日 テネシー州メンフィスにて
今日は4の1。
さて、皆さんからのメール、いつも楽しく読ませていただいています。そこで、今日は野球を離れて(離れてませんが)、「メールの中でのよくある質問」にいくつか答えてみたいと思います。
(1)食事は大丈夫ですか?
大
丈夫・・・かな?というのも、メンフィスではホテル暮らしなので、毎日球場の食事です。ちなみに今日の晩御飯は「スパゲティー・ミートソース、肉団子、サ
ラダ」以上。聞くと普通ですが、バランスを考えると、家の食事に勝るものはありません。キャンプ中はヨメが作ってくれていたので大丈夫だったのですが、
シーズンが始まって突然メンフィスに来ることになり、食生活が悪くなりました。がんばって早く上に上がれれば、家でご飯が食べられます・・・。
(2)グランドがぐちょぐちょでも試合はするのですか?
雨
が降るときは、必ず内野には全面シートが敷かれて、雨が止むまでずっと待ちます。こっちの天気予報は優秀です。「今から2時間雨が止むから試合を再開しよ
う!」とか、そのへんの読みもすばらしい。そうなるとシートを取って、内野はOK。外野は試合開始直後はぐちゃぐちゃですが、だんだんある程度ましになり
ます。完璧に乾くことはありませんが。こういう状況でやるたびに「内野はいいなあ、外野もシート敷いてくれえ」と、むちゃなお願いがしたくなる田口壮で
す。
(3)観客動員はどれくらいですか?
今日は「8600人」くらい。多いときは17000人を越えます。(ちなみにオートゾーンパークは収容人数18000人くらい・・・と思います)お客さんはレッドバーズの帽子をかぶり、どこかに赤いものを身につけて、チームを 声をあげて応援してくれています。
その他、励ましのメール、本当にありがとうございます。
2002年4月23日 テネシー州メンフィスにて
2の1(ホームラン)、1死球。打点1。
開幕からの20連戦がようやく終わりました。その割には、身体が楽かな、という感じです。「席指定し忘れ腰張り事件」をのぞけば、大丈夫です。明日はシーズン始まって以来のオフです! ゆっくり休みたいと思います。
そうそう、こっちの選手の感覚で、「中途半端にある休みなら、ないほうがいい」と言う人が、結構いるんです。休みをくれるなら2日以上欲しい、さもなくば休みがないほうが、身体がだれなくていいのだとか。休み一つとっても、考え方が違うものですね。
ところで、今日は「もとオリックス仲間」のオーランド・マルセドと電話で話しました。人を介して電話番号を伝えてきてくれたのです。「何かあったら助けに
なりたい」と。彼も日本で相当苦しんだから、僕は本当に何もしてあげられなかったけれど、同じ思いを僕がアメリカでしているのでは、と、気を遣ってくれた
ようです。嬉しいですね。ちなみに彼は今、ヒューストン・アストロズで頑張っています。
日本でかつてプレーしていたアメリカ人選手達が、たとえ日本では他球団であっても、声をかけてくれて、僕に手を差し伸べようとしてくれているのは、思いがけない喜びです。それがどれだけ、異国でやっている選手の励みになることか。
日本の皆さんも、外国人選手に、暖かく声をかけてあげてください。たとえ英語ではなくても、「見てるよ、がんばれ」という気持ちは必ず伝わりますから。そうすることで、一見「スランプ」の、その選手の本来の力が取り戻せるかもしれません。
2002年5月6日 カナダ・カルガリーにて
こんなことが起きるとは・・・びっくりです。
レッドバーズのHPをごらんになったことがありますか?見出しのつけ方がいつも面白くて、昨日は「カルガリーで試合ができるのだろうか・・・?」という感じだったのですが、今日はもう呆れて笑っちゃう感じです。「ただ見ているしかできない」だって。
ということで、今日はスタビー・クラップやクールボー(阪神にいたクールボーの弟)、ガーリックらと電車に乗ってモールまで出かけてきました。僕ら、観光客?
と
ころで、モールに着くと、スタビーが「日本語の辞書を買って、勉強するよ!」と言い始めました。そこで本屋に行ったのですが、「俺も日本語を勉強する
よ!」と、クールボーまで英和辞書を買い始めてびっくりです。でも、うれしかった。そうやって、コミニケーションをはかってくれようという気持ちは、とて
もありがたいものですね。でも、彼らの日本語のほうが先に上達したらどうしよう・・・。
さて、明日はエドモントンに移動です。果たして試合はできるのでしょうか?
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