雪兎

 

 

朝、眩しくて目覚めてみると1面の銀世界。

私は隣で眠っている旦那さまを起こさないようにそっと閨を抜け出した。

身体中痛い気はするけれど、雪の前にはそんなの感じない。

 

「すごいすごい!鎌倉じゃこんなの見られない!…何を作ろう?やっぱりうさぎかなぁ…?」

 

 

 

いつもの温かさがなくて目が覚めた。まだかすかに寝惚けた頭で閨を見渡す。

褥はすでに冷たくなっていて、とっくに起き出したらしい事が知れた。

そこまでわかって初めて俺は飛び起きた。

何時もよりも明るく冷えていることから雪が積もっているのだろう。

外から微かに聞こえるのは早起きな俺の可愛い姫の声。

側に控えている女房に火を用意するように言い置いて、閨の外へ出た。

そこには案の定、雪と戯れる望美の姿。しかも単で。

 

「何をしてるんだい?そんな魅力的な格好で」

 

そこで初めて望美はオレに気付いたらしい。満面の笑顔を向けてくれる。

 

「おはよう!ヒノエくん!」

「ああ、おはよう姫君。今日は随分と早起きだけど、どうしたんだい?」

 

…望美が早起きした理由なんてわかりきっているけれど。

 

「見て!可愛いでしょう?」

 

にこにことご機嫌に望美がオレの目の前に差し出したのは南天の目と笹の耳をした雪兎。

 

「可愛いね、だけどオレの姫君のほうがもっと可愛いよ。」

「またそんなこと言って」

 

望美が作った雪兎につけた南天のように赤くなる。

本当に、くるくると表情が変わって面白い。

これを言うと可愛い神子姫さまは拗ねてしまうけれど。

 

かりごもの 思ひみだれて 我こふと いもしるらめや 人しつげずば ってな」

「なぁに?」

「さぁ、なんだろう。今のオレの気持ちかな」

「ええっ!?わたし、何かいけないことしちゃった!?」

 

なんて可愛いんだろうね、オレの神子姫さまは。

歌もまだ勉強中だから先ほどオレが詠んだ歌も意味が分からずに、青くなる。

 

「知りたい?」

「やっぱり、いけないことしちゃったの?」

 

どうしよう、と綺麗な瞳を潤ませる。オレはそんな望美の腕を引いて抱き寄せた。

 

「ああ、やっぱり冷たいね。オレの詠んだ歌の意味、閨の中で姫君を温めながら教えてあげるよ」

 

…そう、じっくりと、ね

 

すっかり、冷えてしまった望美を抱き上げて閨へと戻る。

褥へ望美を組み敷いて。

 

「ひ、ひ、ひ、ヒノエくんっ」

 

わたわたと暴れだす望美をあっさりと押さえつけ、望美の頬を温めるように撫でた。

 

「オレの姫君が風邪でも引いたら大変だからね。温めてあげるよ。…人肌で」

「いっ…いいっ!もう十分温かいです〜〜!そ、それよりも、さっきの歌の意味の方が気にな…」

 

恥ずかしがって、否定の言葉しか言わない唇を口付けで封じた。

 

「だから、これからゆっくりと教えてあげる。望美の身体が温かくなるまで、ね」

 

 

 

後で、望美の作った雪兎の横に俺の作った雪兎を置いておこう。

兎は寂しいと死んでしまう、と望美が言っていたから。

それに、望美の横には常にオレがいないとね。

 

 

 

ねえ、知ってるかい?

俺の心をこんなにも乱すのは世界中探したってきっとお前だけなんだぜ?

きっと望美は気付いてすらいないだろう?

ああ、でも意外と聡いから、気付かない振りをしてくれているのかな?

…どっちでもいいけどね。望美が傍にいてくれるのなら。

 

 


初のヒノエX望美です。
ヒノエくんの言い回しに苦労しました。
女の子をすぐに口説いちゃうような人だけど、ものすごく頭の回転が速い人。
今までそういう攻めキャラを書いたことがなかったので。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。


作中でヒノエくんが詠んでいる和歌は古今和歌集の歌です。
意味は
心も乱れるほど、こんなにも私が恋こがれていると、あのいとしい人は知っているのでしょうか。だれも告げ知らせないのならば。という感じでしょうか。