恋ニモマケズ

 

 

 

 

「…っく…ひぃぃっく…ふぇ…」

 

格納庫の隅からすすり泣く声が聞こえて、一瞬、幽霊かと思う。

信じる性質じゃないが、ここは戦場で。

大事な人を思って死んでいった人たちがたくさんいる。

 

「ひっく…うっく…」

 

泣き声は止まず、ますます酷くなる。

…というか、この声は…

注意をして声を聴けば、俺のよく知るあいつの声で。

そっと、気配を消して近づいていく。

そうすれば、コンテナの陰に小さい身体をさらに小さくして、うずくまった赤いもの。

顔を伏せているから、俺の好きなバイオレット・アイズは見えないけれど。

キラの近くに足を折る。

そっと抱き寄せて、背中をなでてやる。

 

「…っ」

 

一瞬、びくんと震えるが、俺の付けているトワレの匂いでわかったのか、ぎゅうっと軍服を握ってくる。

無理に聞きだすことはせず、キラが落ち着くまで、自分で話すまでそうしていた。

 

「…みげる…」

「キラ」

 

ようやく見ることのできたバイオレット・アイズは涙に濡れて、少し、まぶたが腫れていた。

それが痛々しくて、まぶたにキスを落として、まだ、色濃く残る涙の跡を消すように頬を舐めた。

 

「…っ くすぐったい…」

「我慢しろよ」

 

くすくす笑い出したキラに内心、安心しながら、額にキスを一つ落として目を合わせた。

これは、俺とキラだけの合図。

幼馴染にも、そして恋人にも言えない事を俺に相談するための。

 

「あ、のね…」

「うん?」

「今日ね…僕、お休みだったの…知ってるよね…?」

「そうだな、イザークが休みだから、変わってやったんだよな」

「うん…」

 

白服のイザークが、めったに休みなんか取れるはずもなく、やっと取れた休みが今日だった。

けれど、キラは休みが取れず、偶然、休みだったオレがキラと交代してやった。

キラは嬉しそうに、イザークの跡を追いかけていったはずだ。

それなのに、キラはここで泣いていた…

 

「…何か、あったのか…?」

「………っ」

 

びくりと肩を揺らす。

…図星、だ。

まさか、人気が少ないとはいえ、整備員もいるこんな所でキラから話を聞くわけにもいかず、

キラを立たせて、俺の部屋に(ジュール隊に異動してから一人用の士官室だ)に連れて行った。

 

キラをベッドに座らせて、インスタントのココア(キラ用に買い置いてある)を淹れてやる。

 

「熱いぞ」

「…ありがと…」

 

両手で包み込むようにカップを持つキラはとても愛らしくて、抱きしめてやりたくなってしまう。

それを少ない自制心で耐え、キラが話し出すのを待った。

 

「い、ざ…く、おんなのひととあるいてたの…」

 

キラは搾り出すようにそれだけ言うとぽろぽろと涙を零しだす。

その涙が、きれいで、勿体無くて、思わず、キラの華奢な身体を抱き寄せて瞳から零れるしずくを舐めとった。

 

それ以上に、イザークが許せなかった。

 

キラを泣かせない。

 

それが、俺の、キラをイザークに渡すことの最低ラインの妥協案。

 

誤解であれ、なんであれ。(十中八九誤解に違いないだろう)

キラを泣かせたことには変わりはない。

さて、どうしようか。

 

 

 

泣き疲れて眠ってしまったキラを起こさないようにベッドに降ろし、手近に合った端末でハイネを呼び出す。

 

『ハイネ・ヴェステンフルスです。』

「イザークが、今日誰といたかわかるか?」

 

後輩で、アスランと同じFAITHのハイネに名前も告げず、要点だけ聞く。

キラの寝顔を見せたくなくてサウンドオンリーだったにも拘らず、声だけで俺だとわかったようだ。

 

『ジュール隊長?今日は休みだったのでは?』

「だよなぁ…」

 

休みのスケジュールをわざわざ報告するバカはいないだろう。

持ち歩くのは非常回線のみで充分だ。

 

『ああ、でも…』

「ハイネ?」

『ジュール隊のシホ・ハーネンフースの名前で報告書が来てたような…』

「シホって確か、潜入捜査じゃなかったか?」

『ええ、だから、その報告書。ちゃんとジュール隊長のサインもあったし』

「いつだ?」

『なにが?』

「報告書の提出日」

『今日付け』

「わかった。FAITH権限でしばらくイザークをキラに近づけるな」

『了解』

 

端末を落として、一息つく。

おそらく、キラが見た女性というのは変装したシホ・ハーネンフースだろう。

潜入先のデータの受け渡しをキラが誤解したのだと思う。

 

けれど、キラを泣かせた罪は重い。

 

ハイネに手を打って貰ったのでイザークはしばらくキラには近づけない。

仕返しというか、イザークに対するお仕置きには充分だ。

キラには少し可哀想だが、それくらいでイザークがキラを諦めるなら、それまでだ。

俺のものにしてしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

……なんて、思ってみたところで、キラの心は俺には向かない。

それに、シホ・ハーネンフースに誤解を解かれてしまった、というのもあるが。

くそう…

これくらいで諦めてたまるものか。

 

 

 

きっと、一生モノの恋をした。