「ありがとう・・・・ございます・・・・」

やっと泣き止んだらしく、ごしごしと目をこする少年に、

「ああ、こすらないほうがいいよ。目がはれるから」

そう言って、少年を制すと、

ちょっとまってて。

キラは少年にそう告げて立ち上がった。

そんなキラを、少年は不思議そうに見ていたが、すぐ帰ってくるからといってそこを離れる。

近くの水飲み場までいって、自分のハンカチを取り出し、濡らすと軽く絞って少年のところまで戻った。

少年は、おとなしくそこに待っていた。それにちょっと笑うと、

「はい。これで冷やすといいよ」

そう言って手渡す。

すると、少年はちょっとびっくりしたような顔をして、次に笑うと、

「ありがとうございます」

といってキラのハンカチを受け取った。

しばらく、二人並んで桜に木の本に腰掛ける。

沈黙を破ったのは銀の髪をした少年だった・・・

「あのっ、本当に、ありがとうございましたっ!お強いんですね・・・」

そう言って頭を下げる少年。

地面に額がつきそうなくらいに平身低頭する少年に、キラは思わず苦笑する。

とりあえず顔を上げるように言うと、

「そんなことないよ。でも、なにもされなくてよかったね」

そう言って、はにかむように笑う。

少年は、昔の自分を見ているようだった・・・

「はいっ!えと、お名前をお聞きしてもいいですか・・・?」

そう言って小首をかしげる少年に、かわいいなぁと思って笑うと、自分の名前を名乗った。

「キラ、キラ・ヤマトだよ。」

きみは?と聞くと、相手は、言いたくなさそうにした。

「えっと・・・」

逡巡する少年。

迷う中に少しの怯えを感じ取って、キラは慌てたように言った。

「あ、言いたくなければ言わなくてもいいから」

そう言って首を振るキラに、

「いえ、いいんです」

その少年は何かあきらめたように笑った。

「そう?」

「はい。ぼくは、サリア・ジュールといいます」

その言葉に、キラは衝撃を受けた。

 

サリア・ジュ−ル、ジュ−ル、・・・ジュ−ル、ジュ(・・)()()だって!?

 

冗談じゃない、と頭が警告を発する。

「も、もしかして、イザーク・ジュ−ルの・・・・・」

「はい。弟です」

そう言って、悲しそうに目を伏せる。

その仕草に、キラの混乱していた頭がすっと冷えた。

ああ、とキラは納得する。

この少年、サリアが名乗りたがらなかったわけは、このせいか、と。

きっと、今までも心無いものたちに比べられ続けてきたんだろう。赤を着ている出来のいい兄と・・・

「そっか。まあ、どうでもいいけど・・・・」

そういうと、サリアははじかれたように顔を上げた。

本当は、あまり自分にとっては違う意味でどうでもよろしくなかったが、少年を安心させるために、そう言う。

その顔は、驚きと不安に満ちていた。

「ぼくは目立つのが嫌いなんだ。だから、サリアのお兄ちゃんなんか、どうでもいいからね」

 

むしろ、かかわりたくない人種だよ・・・

 

そう言うと、サリアはぽかんとし、また泣きそうな顔をして抱きついてきた。

「ありがとう、ございます・・・・!!」

そう言って、ぎゅう、とキラを抱きしめるサリア。

「あはは、苦しいよ、サリアくん」

そう言うと、サリアはまたぼくの肩に顔を押し付ける。背中をぽんぽんと叩いてやると、案の定、泣きそうな顔がぼくを映した。

雫をはらんで、キラキラと光を反射する水面の色・・・

「サリア、でいいですキラさん」

そう言って、花がほころぶように笑った。

目を細めると、アイスブルーが群青に変わる。

そんな色彩の変化に、キラは目を細めた。

あまりにサリアが嬉しそうに笑うので、それにつられてキラも笑う。

するととサリアはびっくりした顔をして停止した。

キラは、笑っていたサリアが固まったことにいぶかしげな顔をする。

まだ、何か不安な事でもあるのだろうか・・・・

「どうしたの?」

顔を覗き込んで聞くと、サリアは今度は顔を真っ赤にして、

「きれい・・・・・」

呆然とつぶやいた。

その言葉にキラはあっけに取られる。

そのあと、キラははじかれたように腹を抱えて笑った

こんなに楽しいのはいつ以来だろう。あの無愛想なイザーク・ジュールの弟とは思えないっ!

そんなキラを見て、サリアはなおさら顔を真っ赤にした。

笑われて恥ずかしいらしい。

「い、いや。ごめん、そんなこと面と向かって言われたのは初めてで・・・・!てか、ぼくより君のほうが綺麗だよ・・・・!」

まだ笑いが収まらない。ほんと、どれくらいぶりだろう?

キラはそう思い、笑いすぎたせいで滲んできた涙をぬぐった。

だが、今のキラの言葉にサリアは反論する。

「そんなことないです!キラさんのほうが綺麗ですよ!」

そう力説するサリアに、キラは、

「あ、ありがとう」

やっと収まってきて、呼吸も整ってきたキラはそう返した。

「でも、どうしてこんなところに?」

そう聞くと、サリアは顔を曇らせて、

「図書館に行こうとしたら、あの人たちに・・・・」

ああ、図書館はBブロックだったっけ。そう思い、見取り図を頭に思い浮かべる。

「でも、いいんです。いつものことだから」

そう、悲しそうな顔をするサリアは、そのままキラの格好を見て悲鳴を上げた。

「うわぁ!」

「え・・・?」

その悲鳴に、自分の格好を再認識してみるキラ・・・

「あ゛・・・・・・・」

キラの格好は、ひどいものだった。

さっきの馬鹿どもの返り血で汚れ、おまけにサリアの鼻水と涙でよれよれになっていた。

「ご、ごめんなさい・・・・!ぼくのせいですよね?」

そう言ってまた涙目になっているサリアに、

「いいよ。代えの制服があるし」

そう言って気にするなというキラに対し、サリアは一歩も引かなかった。

見かけによらず、頑固なのかもしれない。

いや、兄譲りなのか?

キラは所かまわずアスランに突っかかっているイザークを思い浮かべてそう思った。

「いいえっ、何かおわびをさせてください!このままじゃぼく、何もかもお世話になりっぱなしで・・・・」

そう言って、見つめてくるひたむきな眼差し。本当に、昔の自分そっくりだ・・・キラは苦笑して、

「じゃあ、二つほど頼もうかな?」

表情を改めてそう言った。

「はいっ」

どんな難題がくるんだろう・・・?という顔をしているサリアに、ぼくはまじめな顔をして、

「ひとつ、今日ぼくがあの三人を叩きのめしたってことは誰にも言わないで欲しいんだ」

ごくりと息をのんでいたサリアは、へ?という顔になる。

「・・・・え?」

なぜ?という顔をするサリアに、

「言っただろう?ぼくは目立つのがいやなんだ。そのためだけにわざわざこんなうっとおしいものまでかけているんだからね」

そう言って、仕舞っておいた眼鏡をふる。

「もちろん、きみのお兄さんにもだ。というか、あの4人には絶対に言わないでくれ・・・」

「なんでですか?」

兄や、その友人達の顔を思い浮かべそう不思議そうな顔をするサリアに、

「あの4人、何かにつけぼくをかまおうとするんだよ・・・・ぼくがなにしたって言うんだかわからないけどね。」

そう言って疲れた顔をするキラに、サリアは、最近兄が言っていた、実力は自分たち並かもしれないという人の話を思い出した。

それこそがキラだったのだ。それが正しかったことを思い知ることになろうとは、思いもしなかったが・・・

でも、役得かも・・・とサリアは内心、こっそりほくそえんでいた。キラと秘密が共有できるなんて、そんな得なことはないだろう、と。

ここらへん、ニコルの影響を受けているのかもしれない。イザークにしてみれば、かわいい弟になにをする!というところだろうが・・・・

「はい、わかりました。誰にも言いません。ジュ−ルの名にかけて」

そう、自分の血まで持ち出したサリアに、キラは、

「ありがとう。」

と言った。

「とくに、アスランには知られたくないんだよ」

そこに出てきた、兄のライバルの名に、サリアはきょとんとする。

そういえば、キラさんは、さっきもあの三人にアスランさんを愚弄されて、すごく怒っていた。何かあるのだろうか?

その考えを読んだように、キラが苦笑する。

頭のよい子だ・・・・

その機転の速さに、キラは何もかもを話しておいたほうがいいかもしれない。

そう思った。

「ああ、サリアには何もかも話しておくか・・・共犯者はいたほうがいいだろうし、サリアなら信用できるしね」

そう言ってクスリと笑う表情に我知らず、サリアは釘付けになる。

さらさらの飴色の髪は光をはらんで透き通り、曇りひとつない紫電の瞳はやさしい光をたたえている。

ぼうっっとしていると、目の前で手をふられた。ワンテンポ遅れてキラを見ると、心配そうな顔をしていた。

「大丈夫?なんか、ぼーっとしてたけど・・・」

そう言って、ショックがまだ抜けてないのかなぁ?と自分の顔を覗き込むキラに、顔が赤くなるのを感じた。

「だ、だいじょうぶです!そ、そ、それより、アスランさんとお知り合いなんですか?」

顔が赤いのを悟られないように、一気にまくし立てる。

そんなサリアにキラはちょっとびっくりしたようだが、やがて、さびしそうに笑って、肯定した。

「うん。ぼくがまだ月にいたころにね、一緒の幼年学校に通ってたんだ。親友だった。アスランがプラントに行くまでは・・・」

僕もすぐに中立国に渡ったしね・・・

そう言って、遠くを見つめるキラ。

きっと、そのころを思い出してるんだろう。

懐かしそうな顔と、安らかで、どこか寂しそうな、影を含んだ表情。

だが、サリアには理解できなかった。

「でも、でしたら隠す必要はないんじゃないですか?」

幼馴染ならば・・・

そう言って不思議そうな顔をするサリアに、キラはちょっと笑って、

「目立ちたくないんだよ。とにかく、人の視線なんか耐えられないんだ」

昔ちょっとね・・・・そう言って笑うキラは、明らかに無理をしている顔だった。

ぼくの知らないところでいろいろあったんだろう、とサリアは思った。

この人を、こんなに怖がらせる何かが・・・・

聞いてはいけない、と思った。聞いたら、もうこの人のそばにはいられなくなるだろう、と。だから、聞かない。でも、出来うる限り、この人のそばにいてあげたいと思った。

 

そんなかなしい顔をしないですむように・・・

 

「だから、アスランと一緒にいると、いやでも目立つだろう?」

そう言って笑う彼に、サリアは苦笑した。

「そうですね。あの人はいやでも人目を引きますから・・・」

と、いうか、あの4人はそういう問題じゃ済まされないだろう。

家柄、容姿、能力ともに人より10歩ほど進んでいるあの人たちには・・・・

「そうそう。月の幼年学校からぜんっぜんかわってないもん」

そう言って、くすくすと笑うキラ。

あ、今度は本当に笑った。

サリアはキラを見てそう思う。

会ってびっくりしたよと笑う彼に、

「やっぱりあの人って、小さいころからああだったんですか?」

ちょっと興味本位でサリアが質問すると、キラは嬉しそうに笑って話し出した。

「うん。首席で、周りはクールって言ってたけど、ぼくは怒られてばっかりだったなぁ」

アスランって、怒ると怖いんだ・・・

そう言って、内緒だよ?と人差し指を唇に当てるキラ。

「えっ?あのアスランさんが怒るんですか?」

サリアはビックリして聞き返した。

ちょっと意外だった。あの氷の貴公子、鉄壁のクールなどと呼ばれているアスランが怒るところなど、ちょっと想像できなかったからだ。

キラは憤慨したように鼻を鳴らして、

「皆そういうけどね。アスラン、あれで結構怒りっぽいんだよ?」

だれも僕の言う事なんか信用してくれなかったんだから!

そう言って、ちょっと眉を吊り上げた後、ふふっと笑うキラは何処かの絵画から抜け出てきた女神のように綺麗だった。

サリアは、内心ちょっと寂しい気持ちになりながら、

「へぇー、でも、今のキラさんだったら、怒られることなんかなさそうですよね。すごく強いし。うらやましいなぁ。ぼくと同じくらいの体格なのに、どうやって強くなったんですか?」

サリアが眉を下げる。

「体格じゃ、どうしても勝てないからね。だから、テクニックとすばやさ、あとは実戦経験かな?」

こんな顔をしてると、トラブルはつきものだったからね。

そう言って苦笑するキラに、サリアは自分がものすごく弱い生き物に思えてきた。

事も無げにキラは言っているが、そこまで言うには相当の時間を要したのだろう。

「いいなぁ。ぼくも、強くなりたいなぁ」

そう、うつむいて弱音を吐いてしまうサリア。

「兄さんに負けないくらい、ぼくも強くなりたいです・・・・」

そう言うと、キラはちょっと驚いた顔をして、そして、そのあと何かを思いついたようににっこりとわらった。

「ぼくがおしえてあげようか?」

その言葉に、驚いてはじかれたように顔を上げるサリア。

顔を上げれば、優しいアメジストの瞳がサリアを見下ろしていた。

「たいしたことは教えてあげられないけど、あれっくらいのやつらになら絶対に負けないようにしてあげられると思うよ?」

そう言って、どう?と首をかしげるキラに、サリアは飛びついた。

「ありがとうございます・・・・!ぼく、ぼく・・・・!」

そう言うと、またぽんぽん、と頭をやわらかく叩かれた。

「あーゆーやつらにはぼくも小さいころ煮え湯を飲まされたからね。そのときには、アスランが助けてくれたけど、サリアには誰もいないから、ぼくが守ってあげるよ」

 

だから大丈夫。そのうち、二人であいつらをぶっ飛ばせるようになろう?

 

そうやさしく言ってくれるキラに、サリアはうれしくなってまた泣き出した。

そのあいだ、キラはまたサリアの頭をぽんぽんと撫ぜ続けた・・・・・