キラは、ほとほと疲れ果てていた・・・
寮はひとり部屋だったはずが、いきなり赤のニコル・アマルフィと一緒にされ、挙句のはてにアスラン・ザラ、ディアッカ・エルスマン、イザーク・ジュールまでが、何かにつけかまってくるのである。
ぼろを出さないように、極力気をつけてはいるが、いつどこでばれるかと、キラは内心ひやひやしっぱなしだった。
今だって、昼を一緒に食べましょう!というニコルをどうにかまいてきたところなのだ・・・
「なんでぼくなんかを・・・・・」
ここでは、中の上、目立たず、騒がず、おとなしい生徒で通っているはずなのに・・・・最初のころは近寄ってきたクラスの者たちも、何のとりえもない少年と認識し始めたのに、あの4人だけはどうにもしつこいのだ。
特に、アスランには近づきたくないというのに・・・・・キラは溜め息をつくと、
「また、あそこに行くか・・・・」
そうつぶやいてBブラックに行くために足を向けた。
キラはこの三日、暇さえあれば桜を見に来ていた。
だいぶ散ってきた桜。
だが、その散る姿ですら、キラの心を癒していた。
しかし、桜のところまできてそれが失策だったことを知る。
そこには、自分と同じ緑を着た小柄な少年が三人の男子に囲まれていた。
ひとりは赤を着ていたが、ガラが悪そうで、制服を着くずし耳にはピアスをいくつもあけている。
ほかの二人は緑だったが、どちらも負けず劣らずガラが悪そうだ。
キラはすぐに回れ右をしようとしたが、運わるく、絡まれている少年と目が合ってしまった。
「あ・・・・」
少年が声を上げると、三人の少年たちもこっちを見た。
少年達の顔があからさまに汚くゆがめられる。
キラは、舌打ちをした。
自分ひとりが絡まれるならよい。それならまだ対処法もいろいろとある。
だが、他人と一緒に絡まれた場合はべつだ。
叩きのめそうにも、自分の実力を知られたくないキラは少年の前でそれを出せなくなる。最悪だった。だが、おとなしくかつられるのも、殴られるのもいやだった。
そろそろ定期連絡の時期だったし、あの妹のことだ、自分の殴られた顔を見るなり自分もこの学園に転入するなどといいかねない。
キラはしょうがなく、自分の共犯者を作ることに決めた。
そのためには、少々気の毒だが、必要以上にこの三人を痛めつける必要があるな・・・・
そう瞬時に計算して、キラは顔をおおっていた伊達めがねをはずす。
スペアがないので、もしも割れたら困るからだ。
だが、そのとたんにこっちによってきていた三人がひゅうとくちぶえを吹いた。
「へえ、べっぴんさんじゃん」
「こりゃあ、楽しめそうだな。なあ?」
そう言って、一緒に引きずってきた少年の顔を覗き込む。
キラは、その少年の顔を見て息をのんだ。
透き通るような、白磁の肌。日の光を浴びて、きらきらと輝く銀糸の髪。小さい顔に、大きな目。どれをとっても、完璧な美少年がそこにいた。
キラは、その整った顔立ちに感嘆の息を吐く。
うわぁ、可愛いなぁ・・・
素直にそう思う。
だが、キラ自身も、それ以上の美少年だったのだが・・・・・
しかし、少年の愛嬌のある顔は、いまや恐怖にゆがめられ、目にはかわいそうなほど大粒の涙がたまっていた。
それを見ると同時に、この品性のかけらもなさそうな少年たちへの怒りが、ふつふつとわいてきた。
・・・叩きのめす。気の毒なんぞと思う必要はない日ごろの鬱憤、全部こいつらにぶつけてやる―――――――!!!
そう、心に決めた。
だが、よくも悪くも頭の軽い少年たちは、キラが黙ってるのを、怯えのためと勝手に勘違いして、ぎゃははと笑った。
「なあ、こいつ、生徒会のやつらがご執心のやつじゃないか?」
「ああ、どっかで見たことあると思ったら、そうだぜ。緑の癖に、アマルフィの坊ちゃんと同室の」
じろじろとキラを舐めるように見る三人組。
キラは、好きでそうなったんじゃない!と、また怒りのボルテージをあげる。
「案外、あいつらのお稚児さんなんじゃねぇ?」
そういったのは、三人の中で、一人だけ赤の人間。
「ほら、アスラン・ザラなんて好き物そうじゃん。あんな無表情のくせしてさ。なにが氷の貴公子だか」
そう言って、ニヤニヤと笑う。
「けっ!すました顔してさ、ザラ議長のご子息がなんだって言うんだよ!あの親の七光りめ・・・」
その言葉に、キラの中で何かがはじけた。
「あいつらにかわいがられてんだろ?おれたちにもご奉仕してくれよ」
「・・・さ・・・・・い・・・・・るな・・・・」
キラが何事かをつぶやく。
「あぁん?なんだって?」
聞き取れなかったのだろう。
三人が怪訝そうな顔をした。
キラはきっと顔を上げる。
「おまえらなんかとアスランを一緒にするな!」
叫んだ。
脳裏に、やさしかった少年の顔が浮かぶ。
自分のわがままに仕方ないなぁと言いつつも笑ってくれたあの少年が・・・
キラが動いた。
近くにいた緑の男の腹にひざを叩き込み、裏拳で吹き飛ばす。
男は血を吐き散らしながら地べたに這った。
「あがぁ・・・・いてぇ・・・いてぇよお!」
小柄なキラに、絶対自分の言うとおりになるだろうと思っていた男たちは、一気に気色ばむ。
「てめえ!なにしやがる!」
男たちがあっけに取られているあいだに、キラはカタカタと震えていた少年を自分の後ろにかばった。
「おまえらなんかと、あのザラ家の長男を一緒にするとは思いあがったものだな。貴様らなんかと一緒の空気を吸うのも汚らわしい」
「んだとぉ!?」
キラが傲慢に言い放つと、緑の男が殴りかかってきた。
後ろにいた少年をかばいながら、男の手をとり、力を外に逃がす。
前のめりに倒れる男の首にひじを落とし、顔面にひざを食らわす。間髪いれずに赤の男が襲い掛かってきた。
キラは、確かに赤というだけあって、ほかの男たちよりいくらかはましだが、アスランたちに比べれば天と地の差だった。
また、自分とも・・・・・
なんでこんなのが赤なんだ?そう思いながらその足元を難なく払い、転がしたところにかかとを腹に叩き込む。一撃一撃が、見事に急所をついていた。
男は、吐しゃ物を撒き散らしながらのたうちまわっている。その髪をつかんで上を向かせ、男の目を見据えながら高圧的に言う。
「二度とその汚い面を見せるな。今度、ぼくと彼の前に現れてみろ。その顔、ちょっとは見られるように修正してやる。」
そう言って男の横面を殴り飛ばす。男は泡を吹きながら気絶した。
その光景を冷ややかに見据えて、今度は後ろを向く。
小動物のように小さくなっていた少年はびくりと肩を震わせた。
顔は血の気が引いて、今にも倒れそうなほどだ。
それを見てキラはちょっと微笑むと、歩み寄る。
ぎゅうっと眼をつむる少年に、キラは笑いかけた。
落ち着いた声音で、少年に話しかける。
「大丈夫。もう終わったから・・・・大丈夫だよ・・・」
ぽかんとする少年。
キラは、ぽんぽんとその頭を叩いた。
よく、がんばったね。
そう言うと、その少年はとたんにぐにゃりと顔をゆがませ、声を上げて泣き出した。
「・・・・うっく・・・・・ひっく・・ふぃ・・・」
声を上げてなく少年を、キラはポン、ポン、と叩き続けた。