キラは、アスランと別れたあとひとりで歩いていた。

人気のないところを好んで歩いたため、あたりにはすっかり人影など見えなくなっている。

「あれ?」

そこは、すっかり校舎から離れてしまっていることに気づき、小さく舌打ちした。

「まあ、いいか、どうせBブロックあたりだろうし・・・」

そうひとりごちて、歩き続ける。

すると、急に視界が開け、そこには一本の桜の木があった。

「うわぁ!」

季節は、すでに5月半ばにはいっており、まだなおその花を誇らしげに咲かせている桜に、キラは一瞬、目を奪われる。

「あの時も、桜がきれいだったよね・・・・」

そうつぶやき、桜の木の下まで歩く。

まだ純粋で、汚れていなかったころの自分を思い出す。

何の疑いもなく、アスランの隣で笑っていた自分・・・

あのころは、自分たちを取り巻く環境なんか目に入らず、ただひたすらに一緒にいると信じていた・・・

もう、あのころの自分はいない。

やり直すには、あまりに自分は変わりすぎた。

「アスラン、かわってなかったなぁ・・・」

あ、でも、かっこよくなっていたかも。

と、キラはくすくす笑う。

ここ、いいな。とキラは思った。

ここなら、誰にも邪魔されずにいられそうだ。そう思い、自分の顔半分を覆っていためがねをはずす。

その下からアメジストの大きな瞳が現れた。

顔半分を覆うようなめがねに隠されていたが、そこには、少女と見まごうような端正な美貌があった。

その顔がゆがむと同時に、涙があふれてくる。

再会した親友と、変わってしまった自分を思って・・・・・

「っく、ひっく・・・・ひっ・・・・」

もう涙なんてものは忘れたと思っていたのに、今日は意外なことばかり起きる。

そう思いながら涙を流し続けて、やっととまってきた。

泣いたのなんか、久しぶりだ。

ちょっと新鮮な気分になり、立ち上がる。

午後は、カリキュラムはなく、フリーとなっていたはずだ。

そろそろ、寮に戻るか。

そう思って立ち上がると、とっていためがねを掛けなおす。

これは、いわば防波堤。

キラの心に踏み込ませないための。

キラの心に入ってくるのは、この世に二人だけ。

一人は、自分とよく似た、でも自分とは似ても似つかない、強い少女。

もうひとりは、懐かしい、桜の木の下で別れてしまった少年・・・・

もうその少年は立派な青年となっていたけど・・・・

その少年の心の中には多少なりとも、昔の自分が住んでいてくれているとわかったことだけで、十分だ。

それ以上は望まない。

自分には、あの少女がいるだけで、いい。

 

いとしい、自分の片割れが・・・・・

 

目を閉じて、そう思い、目を開く。

いつものことだ。心が緩みそうになったときは、いつもそうする。

じゃないと、いつぼろを出してしまうかわからないから。

そんなことは、絶対に自分が許さない。絶対に。

「帰るか・・・」

そう思って、一歩踏み出す。自分の決心が鈍らないように、強く、強く―――――――

 

 

 

 

 

「アスラン!まってください!」

そう言って、ニコルはさっさと歩いていくアスランに声をかけた。

「キラさんを探すんでしょう?一緒に行きます」

そう言って、隣に並ぶニコルをアスランは一瞥しただけで特に何も言わなかった。

それを了承ととり、ニコルはアスランとともに少年の姿を探す。

「いませんね。食堂からは出て行ったのでしょう?でしたら、寮のほうに先に帰ってるんじゃありませんか?」

そう言って隣を見上げるとエメラルドの瞳がこちらを見てきた。

ニコルは、アスランの表情がないのはいつものことだが、今日は特に無表情だな。と思った。

だが、好奇心に負けて、聞いてみる

「キラ・ヤマトとは、お知り合いなんですか?」

そう言って聞くと、今度はしっかりと見返される。

先ほどの見ているが、見ていない目ではなくてしっかりとした眼差し。

その反応に満足して、

「知っている人でしょう?」

断定口調で、聞く。

「あなたが他人のことでこんなにムキになるのはめずらしいですから」

そう言って、いたずらっぽく笑う。

その表情に、アスランは無表情を崩した。

苦笑して、覚悟を決めたように前を見る。

「かなわないな。おまえには。キラ・ヤマトという名前は、月の幼年学校の親友の名前だったんだ。甘ったれで、泣き虫で、お人よしで・・・出来るくせに、最後までやらない。俺は、あいつに振り回されてばかりだったよ。三年前、俺はプラントに移ることになってあいつとはそれきりだった。そのあいつが、こんなところにいるわけがないんだ。人一倍争いごとが嫌いで泣いてばかりだったあいつが・・・!」

そういって、顔をゆがめる。何かに耐えるような顔だった。

「でも、そんなに大事な人だったのなら、顔くらい覚えているんでしょう?」

ニコルは、解せないような顔になる。

それだけ親しければ、顔くらい覚えているものではないか?

「なぜわからないんですか?」

その問いに、アスランは、眉を寄せると、

「あのめがねだよ。あれのせいで顔がわからない。だが、とれとも言えんしな。あっちは、俺のことなんかまるで知らないような口ぶりだったし、第一、キラはあんなおとなしい性格じゃなかった。わからないんだよ」

それに、もしキラなら俺がわからないはずないしな。

そう言って、困ったような顔をするアスランに、ニコルは何か考えるような仕草をして、

「確か静緑寮は生徒数が偶数で、彼は一人部屋になる予定ですよね?」

何か思いついたように、人の悪い笑みを浮かべるニコルに気おされてアスランは反射的にうなずいた

「あ、ああ」

「で、ぼくは一人部屋。しかも、総寮長です」

SEED学園には、三つの寮があり、名を、(そう)(こう)寮、(せい)(りょく)寮、(とう)(はく)寮といった。それぞれに寮長がおり、その任には各々の色で一番成績のよいものが置かれていた。ニコルはその三寮を束ねる総寮長をしている。

「おまえ・・・まさか・・・・」

にっこりと、黒い笑みを浮かべるニコルにアスランははっとして顔を引きつらせると、

「職権っていうのは、乱用するためにあるんですよ。アスラン」

「だが、会長として・・・」

そういうアスランも、生徒会長をしている。

認めるわけにはいかない・・・と言おうとしたところ、

「幼馴染かどうか、調べるいい機会じゃないんですか?見たところ、彼は寮でもなければめがねをとるなんてしないでしょうし・・・」

悪魔のささやき・・・・アスランは、抗うことが出来なかった・・・・

「だが、前例がないぞ?違う色同士が同じ部屋になるなんて」

どうやって納得させるんだ?そう聞くアスランに、ニコルはにっこりと笑って、

「途中編入の転入生を早く寮になれさせるため、寮長自ら教育に乗り出した・・・とでも言っとけば大丈夫です。まあ、本人には、空いている部屋がない、とでも言っときましょうか」

そう言ってくすくす笑う年下の少年を見て、背筋に薄ら寒いものが走る。

彼だけは敵に回すまい・・・・そうアスランは心に固く誓った。

「アスラン、そうと決まれば寮に行きますよ。彼が来る前に、準備を済ませておかなければ」

そう言って、足早に寮に向かおうとするニコルに、

「ああ」

と返して、アスランも寮に足を向けた。

 

キラ・・・・ほんとうに、きみなのか・・・・・?

 

変わってしまったかもしれない少年を、心に思い描いて・・・・