これからずっと
「・・・ヒノエ、君・・・・?」
不意にかかった望美の声に、ヒノエは驚いて望美を見た。
小さな灯りしかついていないから、それなりに暗いのだが。
月明かりも手伝って、望美の表情はよく見える。
「・・・起きてたのか?」
夜はまだ深い。
こんな時間に彼女が目覚めた事など、今までなかった。
勿論、そうしている原因はヒノエにあるのだが。
望美の額にかかった髪をそっと掻き揚げてやる。
望美は身体を動かせないままに、瞳だけ上げてふわりとヒノエに微笑みかける。
「大丈夫かい?」
返答などわかっているけれど、ヒノエはあえて問う。
ヒノエの予想通り、望美は少し眉を寄せた。
「・・・あんまり。」
それでも律儀に答える望美にヒノエは笑みを深くする。
「ふふ、ごめんね。」
望美の身体を引き寄せて、両腕で包み込み直す。
「・・・もう、ちょっとは、手加減、してよ・・・。」
だるい腕をなんとか動かして、ヒノエの首に回す。
「それは無理だね。」
ヒノエは望美の顎を持ち上げて軽い口付けを落とす。
「お前が可愛いのが悪いんだよ。」
望美はぐっと言葉に詰まる。
「・・・もう、そんな事・・・ばかり、言うんだから・・・。」
顔を赤くして返事を返す望美が可愛くて、ヒノエはまた笑う。
「心外だね。オレはお前に嘘はつかないよ。」
指先で望美の首筋をなぞり、ヒノエは続ける。
「お前は何処までオレを溺れさせるんだろうね。」
ポツリと呟かれた言葉に、望美は首を傾げる。
「・・・?」
まだ飽和している頭は、上手くヒノエの言葉を捉えてはくれない。
何度か目を瞬いて、軽く頭を振る。
その仕草を見て、ヒノエは察したらしく苦笑する。
「いいよ、判らないままで。」
お前は知らなくていいよ。
オレがどれ程お前に溺れているかなんて、知らないままで。
まだ、少しだけ、優位でいたいから。
望美は少しだけ不満そうな顔をした。
先ほどまでの激しい行為の名残は、未だ消えていないせいか。
酷く気だるい仕草。
いつもより幼く見える瞳と表情。
ヒノエは望美の髪に口付けを落とす。
望美は軽く息をついて、微笑んだ。
「・・・ねぇ、ヒノエ君。」
「うん?」
「今日と昨日の境目って、何処にあるのかな。」
柔らかく、優しい声。
やはり何処か幼い印象を持つ。
普段の寝起きの声とはまた違うな、とヒノエは思った。
「・・・突然どうしたんだい。」
質問の真意がわからず、ヒノエは目を瞬いた。
「私の世界、では。」
ヒノエの問いに答えるために、望美は口を開く。
「12月31日と、1月1日の間はね、とくべつ、なの。」
ヒノエは少し首を傾げたが、特に何も言わなかった。
「私達の世界ではね、夜の12時が・・・今日と明日の境目で。」
上手く説明できているか判らないけど。
そもそも、12時、という概念がこの世界にあるかどうか。
そんな事をぼんやり思うのに、口は勝手に動く。
「12時になった瞬間に、皆でお祝いをするのよ。」
望美はヒノエの瞳を見つめて、ふわりと微笑んだ。
「明けまして、おめでとう。」
ヒノエの唇に、そっと己の唇を重ねて。
「今年も・・・よろしくお願いします。」
驚きから、目を見開くヒノエに、望美は微笑みかける。
「・・・言いたかったの。どうして、も。」
ヒノエの裸の胸に顔を埋めて、クスリと笑う。
「でも・・・今って何時なのかな。」
外は暗いから、夜なんだろう、という事は判るけど。
ヒノエは片手を望美の頬に当てた。
望美は促されるように顔を上げる。
「こちらこそ。」
ヒノエは甘く微笑む。
「今年から・・・ずっと。」
吐息が触れるくらい近くで。
「ずっと・・・祝えたらいいね・・・。」
二人で、一緒に。
「んー・・・そうだね。当分は二人がいいかな。」
ヒノエがクスクスと笑いながら言う。
「・・・?」
望美が視線だけで問い返す。
「わかんない?」
ヒノエのからかうような問いに、望美は必死で考える。
「・・・わかんない。」
けれど、頭が上手く働かなくて、諦める。
「子供だよ。」
あっさりと、ヒノエは答えをくれた。
瞬時には言葉を把握出来なくて考え込んでしまう。
やっぱり、思考が上手く働いていないらしい。
そんな望美に、ヒノエは優しく微笑んで、もう一度言う。
「オレと、お前の子。」
ゆっくりと繰り返された言葉。
ヒノエの言葉を反芻して、望美はぼん!と効果音が付きそうなくらいな勢いで顔を赤くした。
「ひ、ヒノ・・・っ。」
二の句が告げなくなった望美だが、ヒノエは笑みを崩さない。
「お前の子なら、欲しいけどね。」
「・・・・っ。」
「でも、お前まだ18だし。」
「・・・ヒノエ、君だって・・・18、でしょ・・・?」
赤くなった頬を隠す事も出来ず、ヒノエを睨むように見上げた。
「オレは熊野別当だからね。跡継ぎは早くいた方がいいだろう?」
からかうような視線を向ける。
「〜〜〜っ、馬鹿・・・。」
望美は諦めたように吐息をついた。
しばらく黙り込んでいた望美は、意を決したように顔を上げて。
「・・・わた、し・・・も。」
それは、聞き取れるか聞き取れないか位の小さな声。
ヒノエは何も言わずに望美の声に耳を傾ける。
「ヒノエ、君の・・・子供・・・欲しい、けど。」
顔を真っ赤に染めたまま、望美は呟く。
「でも・・・もう少し、恋人同士で、いたい気がするの・・・。」
「ん?」
ヒノエが首を傾げると、望美は照れくさそうに笑った。
「だって、恋人同士でいた事なんて、ないんだよ、私達。」
ヒノエの手のひらに、自分の手のひらを重ねてきゅっと握りしめる。
「夫婦なんだけどね・・・恋人同士で、いたいなぁ・・・って思って。」
もう夫婦なのだけど。
でも、どちらかと言えば、恋人同士でいたい気がして。
「・・・本当に、可愛い事を言うね、俺の姫君は。」
苦笑めいた笑みを浮かべて、ヒノエは溜め息をついた。
「あまり可愛い事を言うと、また襲うよ?」
一日一日、深くなる想いを。
止める事が出来ない。
こんなにひとりの人に溺れるなんて初めてで、少し恐怖を感じるけれど。
でも、止める事は、もう己の意思では出来ないから。
このまま溺れてしまおう。
お前もオレに溺れさせれしまおう。
お前がオレから離れないようにしてしまおう。
オレはもう、お前が傍にいないなんて考えられないから。
お前も同じようにしてしまおう。
ねぇ、望美。
オレの心を奪ったんだから。
お前の心もオレに頂戴。
「ば、馬鹿・・・もう無理だよ・・・。」
腕から逃れようともがく望美の身体を抱きこんで押さえつける。
「そうかな・・・それだけ動ければ上等だよ。」
自分で自分を追い詰めている事に、望美は気づかない。
指先で項をなぞれば、望美の身体がビクリと反応する。
「・・・ぁ、ヒノエ、く・・・。」
一気に艶を増す望美の瞳に、ゾクリと背筋を何かが走りぬける。
「ねぇ、望美・・・いいだろ・・・?」
いつもと変わらない余裕めいた表情の中。
けれど確かに瞳に宿る艶に、声に含まれる欲に。
望美もゾクリと震える。
望美は視線を逸らして、拒むように彼との身体の間に置いていた手から力を抜いた。
「明日・・・動けなくなったらヒノエ君のせいなんだから・・・。」
代わりにヒノエの首に腕を回す。
それは、陥落の合図。
ヒノエはそれを受けて笑みを深くする。
「ふふ、いいよ。実際オレのせいだしね・・・。」
望美の肌に、唇が落ちる。
「・・・ね、ぇ・・・ヒノエ、く・・・っ。」
自然と跳ねる息の下で、望美は言う。
「どうしたの。」
望美の肌を舌でなぞり、ヒノエが問う。
「・・・っ、来年も・・・言わせてね・・・っ?」
「?」
ヒノエは視線を上げて望美を見る。
「今年も、よろしく、・・・て、言わせてね・・・。」
苦しげに息をつきながら、望美は言った。
ヒノエは一瞬驚いた様子で目を見開き。
それから、笑った。
「勿論。・・・ずっとオレにしか言わせないよ。」
浮かべた笑みは優しくて柔らかくて。
この場には似合わないといえばそうかもしれないけれど。
望美にしか見せないものだと知っているから。
だから、嬉しくて微笑み返す。
「・・・大好きよ。」
「オレも好きだよ・・・。」
本当は、傍に居られるなら、いつだって『特別』なんだけど。
でも、悔しいからまだ内緒。
本当は、大好きなんて言葉じゃ足りないけど。
まだ言ってあげないの。
もう少しだけ虚勢を張らせて。
私ばかりが夢中なのは、悔しいけど。
長い長い人生。
ずっと一緒にいられるなら。
私、頑張るから。
あなたに、ずっと好きでいてもらえるように、頑張るから。
ねぇ、ヒノエ君。
あなたに逢えた、去年に感謝します。
あなたと一緒にいられる、今年が嬉しいから。
あなたも、そう想ってくれていますように。
END
お年賀フリー小説を頂いてきました。
ヒノエX望美ですヨ!!しかもED後!ED後が大好物な私にはたまりません。
らぶらぶです。
すてきなお年賀ありごとうございました。
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