静かなる敵










「で、これは一体どういう事なのかな」





烏からの報告を受けて、仕事を慌てて片付けて愛しい姫君が待っている館へ帰って来たと言うのに。

一緒についてきた烏も、開いた口が塞がらない様子でヒノエの傍らに立っていた。



「誰か、説明してくれない」



望美付きの女房も、ヒノエが信頼する世話役の女房も気が動転しいるらしく、主人の質問に答えることよりもおろおろするばかり。

こうなれば、その渦中の人物達に聞くしかないだろう。




「姫君――、一体何があったっていうんだい」



息を切らして仰向けに寝転がる望美の傍に立って、泥で汚れたその顔を覗きこむ。

「あ、ヒノエ君、お帰りなさい!」

ぴょんと勢い良く起き上がって、望美はヒノエの腕の中に――。






だが、







「ヒノエ!!!」


「あっ!ちょっとヒノエ君に抱きつかないでよ!!」



ヒノエの腕の中に飛び込んだのは望美ではなく、






「――静(しずか)?」

























「そうむくれるなよ、姫君」

逃げようとする望美を無理矢理引き寄せて、その体を後ろから抱くように座る。

「むくれてないよ」

「ほら、むくれてる」


先ほどから堂々巡りな会話を繰り返す二人を、一人冷静に見ている女がいた。


「あんた、本当にヒノエの奥方なんだね」

目を細めて、望美を上から、下からまじまじと眺める。

望美を差し置いてヒノエの腕の中に飛び込んで来た、静である。



聞けば、ヒノエと関係したとかしないとか。


ヒノエの性格からして色んな女性とはそれなりに何かあるとは思ってはいたが、実際そのうちの一人が目の前にいると思うといくら昔の事でさえも少し嫌だ。



「だから、さっきから言ってるじゃない」

「ふん、まさかあんたみたいな小娘がそうだとはね。落ち着きはないし、対して美人じゃないし、じゃじゃ馬だし、胸は小さいし」

「胸は余計です!!」

「本当の事じゃないのさ。ご覧よ、この完璧な体を。ヒノエだってこの体が好きだったんだよ」

望美に静はその豊満な体を見せつけた。

腕の中の望美が、うっと言葉を詰まらせたのが分かる。

それまで二人のやりとりを静かに聞いていたヒノエがようやく口を開いた。


「困ったな・・・」


「何がよっ!」

望美の声に怒りの気配を感じて苦笑する。





「何か誤解してるようだけど、オレは一言もその体が好きだと言ったか?」




「何を今更、散々あたいの体を――」

「おっと、それ以上は言わないでくれよ。それはもう終わったはずだよ」

なんだか自分の知らない話しを繰り広げる二人に、望美はチクリと胸が痛んだ。

「で、お前は何か用があってきたのか?」

「あんたが、結婚したって聞いてね。その相手を見ておこうと思って。けど、ガッカリしたよ。まさかこんな小娘とは」

「小娘ってね、言っちゃあ悪いけどお前より2つ上だよ」






「「えぇっ!!!」」





思い掛けない事実に望美と静は同時に叫んだ。

「嘘・・・だって、私よりも全然・・・・」





顔も良いし、スタイルもいいし・・・全然美人だし・・・。





ヒノエと並んだらきっとお似合いのカップルなのに・・・。






子供体形で、落ち着きもない、じゃじゃ馬な自分に望美は少し情けなくなった。









「オレは姫君を愛してる。だから一緒になった。それだけじゃあ不満かい」

ぎゅっと、しゅんとした望美の体を抱きしめる。

「確かに賢いお前の事は気に入ってはいた。けど、こんな風に負け惜しみするのは頂けないね」

「負け惜しみじゃないさ。本当の事を言ったまでだよ」


「・・・・・・うん・・・本当の事だ、よ・・・。確かに私は、姫君って呼ばれるような落ち着きはないし、あなたみたいに美人じゃないけど、けどねっ」

静の視線から逃れるように逸らしていた顔を上げると、









「ヒノエ君が好きっていう気持ちなら、負けないっっ!!!」









望美のそんな言葉に静は目を丸くしたかと思うと、肩を震わせて笑った。


「おやまぁ、盛大な告白だこと。良かったじゃないか、ヒノエ」


「え?」


静の視線が望美ではなく、ヒノエに注がれていたのを不思議に思って、振り返る。

そうして、望美は目を丸くした。



そこに見たことのないヒノエがいたから。


「ヒノエ君・・・?」


恐らく、望美が初めて目にする表情だろう。


手で口元を抑えて赤らめて困惑した顔を背けていたのだ。





これはもしかして、照れているのだろうか。






妙に冷静な頭で望美は半ば呆然として、ヒノエを見上げていた。

「きゃっ、ひ、ヒノエ君??」

抱きすくめられ、静がいるのにもかかわらず、ヒノエは額に頬に口に幾度も唇を落とした。

「あの、ヒノエ君、静さん見てる、よ」

腕を伸ばしてなんとか、ヒノエの体を剥がそうとするがますますその腕に力が篭る。

「よわったな・・・・」

「な、何が?」

「オレ、死にそー」

顔を上げて望美を見上げたヒノエは、何時にも増してどこか色めいていて、切なげだった。

「さて、お邪魔者は退散しますか」

そんな二人の様子を少し羨ましそうに眺めながら、もう敵わないと思ったのか立ちあがった。

「望美、だっけ?ヒノエはちゃんとあたいが見張っとくから、あんたは安心してその腕の中にいなよ」

最初の喧嘩腰とは打って変わって、静はそう告げた。

「安心した。ヒノエもあんたも心からお互いを愛してて。――あのヒノエが、ね」


最後の一言がどういう意味なのかは望美は解りかねたが、どうやらちゃんと認めてくれたらしいことだけはわかった。





















「で、なんでここにいるのよ」

次の日、朝餉を普段通り二人で食べていた。

「言ったでしょ。見張っとく、って」

勝手に自分の分も用意した静が満面の笑顔でそう望美に告げたのだった。

「そんなぁ〜」



と、そんな二人がヒノエ自慢を通して友情を育んだのはまた、別のお話。






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お前が世界を壊したいのなら。」様で、
500hitを踏んでしまい、リクエストをしたところ、快くOKしてくださいましたvv
ヒノエX望美です。
幸せに浸っていいですか??

素敵小説をありがとうございましたvv