はじめましての日

 

 

 

 

なんだってこんなことに…

姿の見えなくなってしまった幼子を探しながら、彼は眉間に皺を寄せました。

 

 

 

事の始めは数時間前に遡ります。

 

彼、ことアスラン・ザラは降って沸いた休日をどう過ごそうかと考えながら歩いていました。

プラントに降りて、ジャンクショップに行ってもいいかもしれません。

同僚の養い子は以前贈ったマイクロユニットをとてもとても大事にしていてくれるから、また違うものを

作って渡したならきっと喜んでくれることでしょう。

 

「あ!あしゅ〜」

 

聞き覚えのある、というか、今まで思考の大半を占めていた幼子の声。

同僚のミゲル・アイマンと彼に抱かれている小さな天使、キラ・ヤマト。

嬉しそうにアスランに向かって小さな手を伸ばすキラ。キラの望みのままその手をとってミゲルから抱き取るアスラン。

年の離れた兄弟のようで微笑ましい。

 

「キラ、ミゲルも。どうしたんだ?」

「お前を探してたんだ」

「オレを?」

「お前、今日暇だろ?キラを連れて散歩して来い」

 

有無を言わさず、というか、是の答えしか許さないという勢いのミゲルの剣幕。

彼は、自分が抱く幼子をすごくすごく大切に(それこそ珠玉の玉のように)していましたし、この子も彼が大好きで、彼のことが話題に上らない日はありません。

 

「おさんぽ、あしゅといくの?」

「ごめんな、オレは仕事があるんだ…」

 

その一言で、今日は休暇が取れなかったのだと知ることができました。

本当に、大事にしている彼だから、きっと自分でキラを連れて行きたかったに違いないのです。

 

キラはずっと戦艦の中で遊んでいるから、ミゲルは外に連れ出そうとしたのかもしれません。

けれど、彼は仕事だといっています。

とはいえ、このままではキラは泣き出してしまうかもしれません。

なんとしてもそれだけは避けなければ。

 

「キラ、オレと出かけるのは嫌?」

「やじゃないよ!」

 

問いかければ、即答。

アスランはそれが、嬉しかったのです。

 

 

 

 

 

そう、艦から降りた自分たちは手をつないで、色々なお店を覗いた後、休憩とランチをかねて、森林公園に足を踏み入れました。

キラは始終ご機嫌で、ハロと、トリィと戯れていたし、自分は、パーツ雑誌に目を通して。

どうやら、その雑誌に自覚がないままに熱中していたらしく、ふと顔を上げれば、側にいたはずの幼子はいなくなっていた

というわけです。

 

「…まさか、森の中に入っていったんじゃ…」

 

キラには、ハロとトリィがついているし、迷子札代わりの特別製ドッグタグを首からかけています。

端末さえあれば、すぐに居場所を調べることができます。

わかるけれど、あんなに小さな子を一人にできるはずはなくて、アスランはキラを探すべく森に足を踏み入れました。

 

 

 

 

 

その日、プラントの森の大きい妖精のザラゾーと小さな妖精のキッコロは普段は聞こえてこない声に首を傾げていました。

 

「ねぇ、ザラゾー。さっきからきこえる“とりぃ!”ってこえなんだろうね?」

「…さぁ?(しかもなぜか、どんどん近づいてきているような…)」

「ザラゾーもしらない?あ!あのみどりいろのとりさん!!」

 

キッコロが指を刺したところには緑色の機械の鳥。

鳥は優雅に旋回すると、キッコロの指にふわりと着地します。

 

「うゎあ…」

「機械の鳥、だな…」

 

あまりの精密さにザラゾーも感嘆のため息しかでません。

そして、相次いで背中に衝撃。

 

「あしゅぅぅうっ!!」

 

ひっく、ひっくとしゃくりあげながら、しがみついてくる小さな人間の子供にザラゾーは、どうしようかと頭を悩ませます。

キッコロよりも少し大きいだけの身体に、キッコロと同じ紫の瞳。

ザラゾーはなんだか、他人とは思えなくて、キッコロにするように抱き上げて背中を撫でてあげました。

しばらくそうして、落ち着いてきたのか、ときおりぐずるものの、ザラゾーを見上げて不思議そうな顔をしています。

 

「落ち着いた?おちびさん」

「…あしゅ、じゃなぁの…?」

 

ザラゾーの頬を小さな(キッコロよりは大きい)手で撫でながら可愛らしく、首をかしげて。

 

「俺はザラゾー。こっちはキッコロ。おちびさん、名前は言える?」

「きぁちゃはきぁちゃ」

「きぁちゃ?」

「ちがうの。き、あ、ちゃ」

 

今度はザラゾーとキッコロが不思議な顔。

小さな子供の舌足らずな言葉が理解できず、二人とも首を傾げてしまいます。

 

「んと、えっとね…こぇ…」

 

二人の困った様子が伝わったのか、子供は首からドッグタグを外してザラゾーに。

 

「キラ・ヤマト?」

 

そこに書かれた名前をザラゾーが読むと、子供はこっくりうなずいて嬉しそうに微笑みました。

 

「そぇからね、とりぃと、はろ」

 

子供…キラが呼ぶと、キッコロの指に止まっていた機械鳥と、オレンジ色の球体がキラの側に行きます。

機械鳥は、そこが定位置なのか、キラの頭の上に。

ハロと呼ばれた球体はポンポンと跳ねながらキラの側に行ったり、キッコロのほうへ行ったり、落ち着いていません。

 

“ハロ!ハロ!キラ!!”

「ちがぁの〜、きっころなの〜」

“キッコロ!ハロ!テヤンディ!!”

「ザラゾー!!すごい!ぼくのなまえ、しゃべったよ!」

「うん、よかったね(てやんでぃってなんだろう…)」

 

跳ねるハロを追いかけるキラとキッコロは大変可愛らしく、ザラゾーも頬が緩んでしまいます。

けれど、キラはどこから来たのでしょう。

ザラゾーを誰かと間違えたということは、どこかにキラの保護者がいるのです。

こんなにキッコロにそっくりで可愛らしいのですからきっと心配していることでしょう。

 

「キラ」

「じゃらぞ?」

「キラは誰ときたの?」

「ぅ?きぁちゃはあしゅときたの」

「あしゅ?」

「じゃらぞにそっくりなの。みどりいろのおめめで、きぁちゃにはろととりぃをつくってくぇたの」

「すご〜い」

「しゅごぃでしょ〜」

 

えへんと自分のことのように得意になるキラにキッコロも嬉しくなってしまいます。

だってその人がハロとトリィを作ってくれなかったらキラとハロとトリィとお友達になれなかったかもしれないのですから。

 

「…とりあえず、入り口に行こうか」

 

そう言って、ザラゾーは手をつないで遊んでいるキッコロとキラを促しました。

 

 

 

 

 

「キラ!!」

 

入り口近くで、こちらに向かって走ってくる青年をザラゾーが見つけました。

きっと彼が“あしゅ”なのでしょう。

キラも“あしゅ”に抱きつきます。

 

「…無事でよかった…っ 一人で寂しくなかった?」

「きぁちゃ、ひとりちがぅの。じゃらぞときっころと、はろととりぃといっしょなの」

「…え?」

 

ハロとトリィはわかります。でも先の二人はいったい誰なのでしょう?

キラが走ってきた方には誰かがいるようには見えません。

けれど、キラが走ったせいでキラの頭から飛び立ったトリィが、枝も何もないところに浮いているのです。

アスランは思わず、キラを抱きしめます。

すると、どうでしょう。

キラより少し小さな男の子の頭の上にトリィが止まっているのです。

その隣には自分とそっくりな青年が立っています。

不思議なことに、キラから離れると、彼らは見えなくなってしまいます。

 

「君たちは、妖精?」

 

アスランの問いかけに、小さいキラが頷きます。

 

「そう。キラをここまで連れてきてくれてありがとう」

 

驚きもせず、怖がりもせず。

ふんわり笑ってお礼を言ってくれるのです。

たくさんの人間を見てきたザラゾーも少し驚いてしまいます。

 

「さ、キラ、そろそろ帰ろうか」

「えっ…」

 

アスランのその一言にキラもキッコロも驚きました。

だってこれからたくさん遊ぶ約束をしたのです。

二人のおちびさんの瞳がどんどん潤んでいきます。

 

「泣かないで、また連れてきてあげるから。ハロをおちびさんに渡しておけば、いつでも会えるんだよ?」

「…っく…あしゅ、ほんとう…?」

「うん。ハロにはメール機能が付いてるからね。キラにはまた同じの作ってあげる。ハロ同士でお話とお手紙の交換もできるから…ね?」

 

アスランのその言葉を受けて、キラはキッコロにハロを渡します。

 

「…ぅん…きっころちゃ、きぁちゃね、かえらなぃとだめなの…このこ、もらってくれる?おてがみくれる?きぁちゃとおはなししてくれる…?」

「きらちゃん、ぼくとおはなししてくれるの?おてがみ、かいてもいいの…?はろ、もらっていいの?」

「うん、きぁちゃとおはなしして?はろもきっころちゃしゅき〜って」

“キッコロ!スキスキ!!”

「ね」

「うん!!」

 

キッコロにハロを渡すと、今度はザラゾーにかがんでもらって、キラはドッグタグをザラゾーの首にかけました。

 

「キラ?」

「あのね、はろのおくちにね、これをいれるとね、みげちゃにおてがみがとどくの。きぁちゃ、みげちゃといっしょだから…」

「わかった。キッコロと一緒に手紙を書くよ」

「ぜったいよ?」

「うん」

 

キラは満足そうに笑って、かがんだままのザラゾーの頬にキスをします。

驚いているザラゾーの次は、キッコロの頬にもキスを贈りました。

 

「きらちゃん?」

「またね、のごあいさつなの。」

 

それを聞いたキッコロも笑いながらキラの頬にキスをしました。

キッコロにキスを返してもらえたキラはとてもとても嬉しそうです。

 

キラを抱っこして、アスランは森を離れます。

アスランの姿が小さくなった頃、アスランが言いました。

 

 

 

 

「ああ、そうだ。ハロのメンテナンスが必要になるころにはきっと戦争なんか終ってるから、今度は皆で来るよ。そのときは、歓迎してくれるかな?」

 

 

 

 

 

 

後日、プラントの森の近くの町にキラたちが引っ越してきたのはまた別のお話。



愛v種博さまに捧げた、ちまきらINプラントの森。
めずらしく、ラスティが欠片もいません。