今月の『諸葛孔明 時の地平線』

★『flowers』2007年2月号(2006年12月28日発売)

・久しぶりに仲達が登場して嬉しいです。相変わらず飄々とした風情ではありますが、今月号の展開ではかなり曹叡によってペースを乱されている模様。
蜀はだいぶ前から政治的にかなり落ち着いてきたこともあってか、実は正直言って最近は魏の動向のほうがわくわくしながら読めてしまいます。結構ダイナミックというか、波乱万丈方向で話が進んでいますよね。
仲達&曹真のコンビも孔明と子竜・馬超の組み合わせとはまた違う雰囲気があって面白いです。孔明たちのように腹を割って話し合い、仕事のことだけでなく友人としても信頼しあっているのとはちょっと違って、あくまで仕事の上での交流が第一、多分家に行ったりといった私生活での付き合いはほとんどないのでしょうけど、2人がお互い信頼して助け合い、魏という国を盛り立てていこうとしているのが感じられます。
2人ともあまり熱くないのね、きっと。曹真はすごく冷静で、真面目で頭が切れて、どちらかというと孔明に近いタイプかも。対して仲達はのれんに腕押しというか、相手が闇雲に押してきた力を正面から受け取ることはせずに片方の肩をすっと後ろにずらして身体をななめにして軽く受け流すタイプ? 思うに仲達が曹操とうまくやってこれたのは、曹操の熱をまともに受け止めようとはしないで(その結果自分も熱に巻き込まれて方向を見失ったりしないで)うまく逃がしてやることができたからなのではないでしょうか。向かってきた力をまともに受け止めようとすると、自分にも大きな負担がかかりますし、受け止めきれずに跳ね返した分は力を発したほうにダイレクトに返っていき、思わぬダメージを与えてしまいます。曹操が孔明とは組めなかったのもその辺に原因があるのかも。
しかし仲達もうまくやりすごすだけではなくて、今月号で「漢王朝を倒す」ことの解釈を曹叡に説明するようすからは、相対した力を逃がすだけでなく、要所要所で突くべきところはきっちり決めるという姿勢がうかがえます。
それにしても野心なんてこれっぽっちも持ってなさそうな時地版仲達が、結果的には魏を滅ぼして新しい国を作り三国統一してしまうというのはなかなか面白い展開になりそうで期待大です。彼が自分から天下を取るために動くとは思えないので、結局最後に残ってしまって政権を担わざるを得なくなり、「あああ、あのとき隠居していればよかった、そしたらこんな面倒なことには…」なんてことになるのかな? いや今月号最後の「どうにも隠居してはいられぬようだ」あたりが今後の鍵になるのかも。隠居していてむざむざと殺されるよりは自分から動いて…、みたいな。
そうそう、曹叡との会見を終えて汗だらだら・点目の曹真・仲達がおかしくて可愛いです。これコミックスでは小さすぎてつぶれてしまうかなあ。もったいないぞ。

・そして後半は蜀編。
こないだ結婚したと思ったらもうお子さん誕生。めでたい。
この赤ちゃん(膽)って、確か演義とかでは英さんの子ではなくて、第2夫人か第3夫人あたりの子じゃなかったかな? 英さんとの結婚がここまで遅くなった理由のひとつが、この子を英さんが産んだ子ということにするためではないか、というのは以前からよく話題になっていましたね。まあなにはともあれ跡継ぎも2人もできたことだしよかったよかった。
それと宏はどんどん士元にそっくりになってきてますね。顔だけでなく性格も。喬とのやりとりは連載初期の士元と孔明の会話を思い出させて、ほほえましいながらもなんだかじわっとくるものがありました。
あれから物語の中では25年以上たってるんですよねえ…。孔明たちがいつまでも若いままだからときどき忘れてしまうけど、実は長い歳月が過ぎ去っていて、曹操・劉備を始め物語から退場していった人もたくさんいて、この話もいよいよ大詰めに近づいていて、と思うとものすごく感慨深いものがあります。いやでも、彼らの物語は終わっても、人の世は変わることなく続いていって、それが孔明他登場人物たちの望むところなんだろうなあ、と、最近しみじみ思うようになりました。

・そして今月号ではとうとう出師の表まで進んでしまいました。三国志的にはすごいクライマックスのひとつのはずなんですが、予想に反して淡々とした場面でちょっと驚き。読むと必ず涙してしまう名文ということなので実はちょこっと期待していたんですけど。でも理由や状況はどうあれ(たとえ本当の目的が牽制のためだったとしても)、戦争をするための、職業軍人だけではなく一般の人をも戦争に送り出すための文だということを考えてみると、いくら主君を思い国を思った名文だったとしても、時地としてはあれくらいさらっと流してしまったほうがいいのかもしれませんね。
でも以前からこの孔明の性格でどうやって北伐に出ることにするのか疑問に思っていたのですが、今回描かれたように本来の目的としては「牽制」のため、それでは武将や兵士達が納得しない(見返りが必要)、では「漢王朝の復活を目指す」ということにしよう、みたいな、いわば「方便」としての出兵だった、とするのはやっぱりちょっと北伐の動機として弱いような気もします。かなり大掛かりな出兵なのだし、結果的には孔明にとって最後の戦いになるわけだしね。もう少しやむをえないというか強い理由がほしかったかなあ、というのも正直なところです。
それから、できれば「出師の表」はせっかく掲載したのだから全文の日本語訳がほしかったなあ。いや自分で調べればいいのだし、そもそも私「三国志(正史)」の「諸葛孔明伝」も持っている(はず・本棚のどこかに…)のでそっちを読めばいいんですが、ほら、だって、物語の盛り上がりとしてさ。あ、でも、時地では「戦地に赴く」ことを殊更に美化したりするわけではないからこれでいいのか。

・最後に今月号で一番好きなコマは367Pの1コマめ、子竜に会って満面の笑顔の馬超でした(笑)
なんでそんなに子どもみたいに(あ、それはいつものことか)全身で嬉しそうなんだ! なんか光り輝いてますよ。 「いてーぞこら」とぼやく子竜の身体にバッテンのバンソーコが貼ってあるのもほほえましくて好き〜。


★『flowers』2007年1月号(2006年11月28日発売)

・今月は南征編でした。
なんだか急速に物語が終焉に向かいつつあるという気がするここ数ヶ月の展開です。南征というと演義等ではわりと後半の見せ場のひとつで、もう少し紙幅をさいて書かれるエピソードかと思うのですが、連載1回分で終わってしまったよ〜。「7回捕らえて7回逃がす」ことによって蜀の力と「少数民族を力ずくで支配するために来たのではない」ことを示す展開になるのかなあ、と思っていたんですが。力で押さえつけるつもりなら、最初に捕らえたときにさっさと殺してしまえばいいのですから。
できたら孫夫人(時地では「夫人」ではなかったけど)を助けに行ったときくらいのページ数を取って描いてほしかったなあと思います。

・まあそれはさておき、孟穫の再登場は嬉しいです。諏訪さんが最後までこの話を描かれるつもりだというのはわかっていたけど、雑誌の事情などで途中で終了することも十分ありえるし、2巻で張った伏線も消化できないかもしれないなあ、と思っていたので。
伏線と言えば「そのときは一緒に沈むだけさ」も最近になって出てきましたが、そのことも物語がそろそろ終盤に入りつつあることを感じさせているのかもしれません。

・今月印象に残ったせりふは、馬超の「武器・兵力を大国から借りて争うのは最大の間違いだったな」でした。
これって、現代の戦争や内戦のほとんど全てにあてはまる状況なのではないでしょうか。
こんな何千年も昔から今まで、いろいろと変わったこともあっただろうけど、戦争の形・構造は全く変わらず続いているということに今更ながら驚いたり悲しくなったり、またぞっとしたりしました。技術や文明が進んでも、生活のあり方が変わっても、実は人間の考えることってのは基本的にはそう大きく変化するわけではないんですね。そして基本的で普遍的な考えだからこそ、間違っているとわかっていてもそれを変えるのは難しいのかな。
ちょっと話がずれるかもしれませんが、「(時地の)孔明のような人物が現代の政治家にいてくれたら」という希望って結構読者の中にもあるかと思いますし、私ももちろんそう思いますが、でも実は問題は私達のほうにあるのかも。一応日本は議会制民主主義だしさ、政治家を選ぶのは私達なんだもの。選ぶほうが成熟していなければ、選ばれるほうが成熟していることもありえないわけで。
かっこいい表現をしてしまうと、人を作るのは結局人なんだ、と。今月号で南中の7部族を説得できたのも、孔明だけの力ではなくて、何十年も昔に出会った孟穫との絆とか、反発されながらも根気よく説得を続けて信頼を築けるようになった馬謖、馬超の協力とか、もちろん劉備を始めとするこれまでに出会ってきた人たちの影響とか、今まで孔明の政策を支持してきた一般の民衆とか、いろんなことの全てが関係しているんだろうなあ、と思いました。
いや何が言いたかったかというと、世の中を変えていくのはひとりひとりの意識の持ち方が大きな鍵になるということです。ひとりのスーパーマンに頼ろうとするのは違うのでは、と。

・相変わらず老人を描くのが上手いですね、諏訪さんは。主役クラスは少女漫画風の「キレイドコロ」なんですけど、老人を描かれるときの念の入りようを見るとすごく楽しそうです。ミャオ族の師長と士燮みたいに、外見だけでなく内面的にもタイプ別の描き分けがえらく堂に入っているというか。私は「よいことだけしてきたわけじゃなかろうが」がすごく好き。なんかこの年齢にならないと言えないせりふだなあ、という気がします。

・伏線と言えば「漢王朝に目にもの見せてやる」も今回出てきました。
最初このせりふが出てきたときは当然「(街を燃やし家族を殺した)漢王朝そのものを滅ぼす」という文脈で使われていたところを、実は物語のテーマ的には「漢王朝というものが象徴する、ひとりひとりの人間を尊重しない・国民の幸福を考えない抑圧的な政治のありかた」に異を唱え変えていく、ということだった、と。
この辺りを読んでいると、本当にまとめに入ってるんだなあ、と感慨深くもあり淋しくもあります。そういえば今月で連載70回目なんですよねえ。来月号ではもう北伐に入りそうだし、これからどう展開して終わりに持ち込んでいくのでしょうか。

・しかし今月読み終わってふと「?」となったことが。
なんだったかな?と2巻をチェックしてみましたら、「のちに 孟穫とは戦う運命にあることを オレはまだ知らなかった」とありますけど…。
諏訪先生、戦ってませんから!
ひょっとして2巻が品切れのまま重版されてないのってこれが理由だったりして…。イヤイヤそんなことは…。




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