今月の『諸葛孔明 時の地平線』


★『flowers』2006年12月号(2006年10月28日発売)

・婚約を解消すべきかと思いつめていた英だが、馬超の問題発言(?)のおかげもあって初めて孔明と率直に話すことができた。お互いに相手を「帰るべき家」と思う気持ちに気づき、2人の長い春は約束どおり「英が孔明と結婚したいと思ったとき」にようやく終わりを告げる。
しかしせっかくの「家」でくつろぐ暇もなく、孔明と馬超は少数民族の反乱に対処するために蜀の南部・南中四郡へ。そこで2人が出会ったのは…。

・えー、というわけで、今回はちょっと小休止、というかほのぼの少女漫画の回でした。
いつの時代の少女漫画だ、という気もしますが、考えてみたら1800年以上も前の話だからこれくらいまどろっこしくてもいいのかもね。かえって新鮮かも。
庶民はともかく孔明や英さんのような家柄なら、親が決めた相手と結婚前にほとんど会うこともないほうが普通だったでしょうし、それなら2人は実は「ちゃんとした恋愛」を経て結婚した稀有な例と言えるかも。

・馬超がどうやら英さんを「いい女」認定したらしいのにはちょっと驚きました(英さんには失礼だけど・笑)。
案外見た目ほど単純じゃないのかもね。と言うか女好きでたくさんの女性と接してきたからこそ、見た目のきれいさだけじゃなくて内面の賢さとか気持ちの優しさもちゃんと評価できるんではないかなあ。
でも309ページの馬超のアップのコマはちょっと笑えました。小さく「せっかくくどいてるのに」と書いてあるところとか(くどいてたのか!)、かっこよく描かれたアップの後ろに真っ白&点目で小さく描かれた英さんとか。なんかマスコットというかキャラクターものみたいでかわいいぞ。はばタンみたい。(注・はばタンは先頃開催された兵庫県国体のイメージマスコット。フェニックスの雛らしいのですが、みうらじゅんさんにも「ゆるキャラ」認定されたお間抜けなたたずまいで地元では老若男女に大人気でした。)
話がそれた。しかし馬超・英さん・孔明の会話の後ろから茶々を入れ続ける外野3人がほほえましいです。なんか今回は終始ほのぼのしてて読んでて安心しました。
そういえば孔明と英さんは2人の関係や将来についてちゃんと話し合ったことがなかったんですねえ。10月号の外交のエピソードで「外交のこつはまず会うこと」「会って話をすること」というせりふがありましたが、それって考えてみたら通常の人間関係にも基本になることですもんね。
孔明が「家」について「世の中からなにもなくなっても ひとつの希望もなくなっても そこは明るい 自分はそこに帰ればいいんだと思える」と言ったとき、私は遠藤淑子さんの一連の漫画(特に「スイートホーム」)を思い出しました。遠藤さんも一貫して既成概念にとらわれない「家」「家族」の本質的なありかた、血のつながりよりも信頼と愛情に支えられた関係を大きなテーマのひとつとして描いてこられた漫画家さんだと思います。

・ようやく長い婚約時代に終止符を打ったんですから、結婚式もちょっとくらいは描いてほしかったなあー。
英さん、いつも動きやすい普段着ばかりなので、ちゃんと髪を結ってきれいな衣装を着た晴れ姿を見たかったです。当時の婚礼のようすにも興味がありますし。隴ちゃんのときは1コマだけどちらっと描かれていたのに…。
まあ三国志の本筋には関係ないと言えばそうなんですけど、やっぱり残念です。コミックスになるときにオマケ漫画で描いてもらえたらいいな。

・今月はわりとほのぼのした話題が多かったせいか、描き文字の会話とコメディ調にデフォルメされた絵が多くて楽しかったです。小さく描かれた描き文字がかわいい。
シリアスな展開の合間にこういう回もいいですね。

・そしてようやく孟獲が再登場! 彼と馬謖のおかげでヒゲ率がアップしましたねー。(そういう問題か?)
いや真面目な話、長い伏線でした。約11巻ぶり? あんなにしっかり伏線張ってあるのにもしもそこまで行かないあいだに連載終わっちゃったらどうしよう、と不吉なことを考えたりもしましたが。いや信じてましたけどね、ちゃんと最後まで続けて描いてもらえるって!
しかし彼が出てきたということは、そろそろ物語も残った大きな山場が少なくなってきたということでは。なんか淋しいわ。
来月は7回捕らえて…のエピソードになるのかな? ここらでちょっと仲達のほうもどうなっているか知りたいところですね。



★『flowers』2006年11月号(2006年9月28日発売)

・劉備の死後、蜀の丞相に就任した孔明は、宮殿に出仕する暇もなく自宅で仕事に励んでいた。膨大な仕事量をこなす孔明の力になりたい英だが、極秘を要する書類の性質などもあり、思うように手助けできない自分に落ち込んでしまう。
ひとり考え込む英の隙をついた暴漢が現れるが、危ういところで彼女を助けたのは、出奔したまま行方がしれなくなっていた馬謖だった。

・今月の表紙を見たとたん、ええ、なんで今頃周瑜が? と思ってしまったのは私だけでしょうか。あ、いや、描き分けがどうこうというわけではなく、えーと、その…。だってヘアスタイルが同じなんだもん、ほら微妙にウエーブかかってるところとか。しかも読む前だから今回は馬謖が話の鍵になってるって知らないわけだし。その意味で言うと表紙見ただけで「あ、馬謖帰ってきたのね」とネタバレにならなくていいか。(ってフォローになってねえ〜、ていうかどんどんドツボにはまっているような気も…)

・表紙に限らず、懐かしい顔が出てきたのは最初のページから。そういえばこの人(魏延)もいたのよね、蜀には! 全然出てこないからすっかり忘れていました(うわー)。
魏延を評して「裏切りの相が出ている」というのは演義での孔明の有名なせりふなんですが、時地版孔明はそんなこと言いそうにないのでこのせりふは出てこないだろうな、と思っていたんですけど、馬超に言わせたわけね、なるほど〜。時地でも魏延の裏切りが予定(?)されていて、その伏線として使われているのかな。
でも、確かに一度裏切った人間は二度三度と裏切りを繰り返すというのも真実なんでしょうが、皆の前であんなにはっきり言われてしまって恥をかかされては、そのことが次の裏切りの原因のひとつにもなるのではないでしょうか。どうせ信用されてないんだから、みたいに。中国人、面子大事にするからな〜。
まあその意味でも、孔明ならそんな無神経なことはよほどのときにしか言わないだろうし、でも「魏延→裏切り」という三国史的常識(?)を出しておくためにも馬超という人選がされたのかも。いかにもそういうことずばっと言いそうだもんなあ、時地馬超。

・孔明邸での三者三様の英さん評が面白いです。でも実際英さんに会ったことあるのって子竜だけなのかな。いくら英さんが型破りとは言え、当時の良家のお嬢さんはほとんど人前に出なかったでしょうし。
しかし子竜の「男と足並みそろえて男並みに仕事をするだけがいい女ではない」というのは非常に現代的な解釈ですね。昔はそもそも「女が外に出て働く」なんてなかったわけだし、農業や商業で働く女の人はたくさんいたでしょうが、ここで共都姐さんや子竜が言ってるニュアンスとはちょっと違うような気がします。女性が男性と均等の仕事をする職場に出るという段階を経た後での話だよね。馬超の解釈がずれていくのもむべなるかな。しっかりフォローをいれたはずが(本人フォローという意識はなくても)、話がどんどん違うほうに転がっていく面白さ。そういえば馬超は今でも「このオレが クラブで美女を はべらせて…」(from『エロイカより愛をこめて』)状態をやってるんでしょうかね。
しかし共都姐さんと馬超の賭けは気になります。もちろん馬超が「英さんはいい女」に賭けたんでしょうが、その判断基準はどうやって決めるのだ? 賭けの決着はどうなるのやら。
しかし全く関係ないですけど、英さんはいつもかわいらしい服を着ているなあ。今月号の短めのエプロンが私にはツボでした。なんかカフェエプロンみたいで。こういう服が中国茶カフェの制服だったらかわいいのに〜。

・さて。
馬謖と孔明の会話を読んで思ったこと。
え、馬謖が来てから10年もたってたの! 年取ってねえ…。おそるべし不老不死の人たち!(違)
あ、でも英さんはそれなりに成長してるような気が。男性陣だけか、ポーの一族は(こらこら)。
いやそれは置いといて。
あ、孔明も少しずつ前に進んでいたんだなあ、と思いました。
今までにたくさんの人を殺してきて、いつか自分もその報いとして殺されてもいいとずっと思っていたし、それは彼の誠実さでもあったのですが、生きて、一生かけて平和な世の中を作ることで責任を取るほうが、実はおとなしく殺されているよりもずっと大変で勇気がいることなんですよね。
「だが…それで 本当に『解決』になるのだろうか」「命を捨てたり 仇討ちしたりさせたり それが『解決』なんだろうか」という言葉を読んで、「憎しみは連鎖する」「憎しみは誰も幸せにしない」のだな、と改めて思いました。永遠に憎しみを紡いでいくことよりも、自分がその憎しみをせき止めて、生きて責任を取らなければならない、責任を取って死ぬことは一度思い切れば簡単だけど、責任を取って生きることは一生かけても多分「これでいい」という到達点がない難しいことで、でも自分はその道を選ばなければいけないのだ、という孔明の決意が読み取れます。実際にそんな決意をした場面はなくても。
あと、「仕事はウソをつかん」というのはいい言葉だなあと思いました。これって孔明たちがやっているような大きな仕事でなくても、私達の日常の仕事(もちろん主婦業も)にも言えることですよね。お金をもらって働いている以上、肝に銘じなくては。

・そして最後に英さん! その決心は短絡すぎ!
その理屈なら孔明は馬謖と結婚しなきゃならんではないか〜!!
まあ、展開としては多少ベタでもやっと孔明も身を固められそうでよかったよかった、ということにしておこう。次回が楽しみです。寧寧さんの先輩としての助力とかあるといいなあ。


★『flowers』2006年10月号(2006年8月28日発売)

・西暦222年、白帝城で病に臥せっていた劉備は華陀の治療や臣下の願いに応えることなく静かに息を引き取った。息子・劉禅に「この世で真に人を心服させるのは、人の『賢明さ』と『徳義』」だという言葉を遺して。
残された孔明も劉備の自らへの信頼の大きさに驕ることなく「徳義」で答え、劉禅を補佐しながら今後の蜀を支えていくことを心に誓う。
その3日後、江東との和平会談の席で、初めて孔明は陸遜と向かい合う。劉備が最後に言い残した「賢明さ」と「徳義」の意味を考えながら…。

・今月号は(多分)最初で最後の劉備が表紙。いつもはバックにある植物というときれいな花なんですが、今回に限っては木の実なんですね。華やかな「名」より地味でも「実」を重視した劉備らしい絵だと思います。表情も和やかでいいなあ。今回で退場というのは、歴史の流れからしたらしょうがないのですがやはり淋しいです。何といっても主人公・孔明の運命を変えた人物ですから。
そういえば最初に彼の運命を変えたのは曹操だったんですが、そのとき孔明はまだ子どもで、言わば外側から無理に運命を変えられたようなものだったんですが、劉備との出会い・人生の転機は孔明が自分で選び取ったものだというのが興味深いです。
もちろん受動的に人生が変わることを否定してるのではないけれど、やっぱり理想としては自分の道を自分で選び取るほうがいいなあ。
でも考えてみたら自分で選んだつもりでも、実際にはいろんな人の思惑や助けがあったりして、ひとりでやれてることなんてほとんどないのかもしれませんね。かっこいい言い方をしちゃうと、みんな誰かに助けられて生かされているのだし、自分も誰かの助けになっているものなんでしょう。

・表紙だけでたくさん書いてしまった。
まず孔明! 40過ぎて木登りですか? もう若くないんだからさー、うっかり落ちて腰でも痛めたらどうするの、と思わず小言幸兵衛のようなことを考えてしまった私。
しかし孔明と会話している2人の人夫たちって、ひょっとして孔明とあまり年が変わらないのではなかろうか? 当時は栄養事情も悪ければ医学も進んでいないし現代の中年よりも老けて見えたのではないかと思うんですが、そうするとあの2人も45〜46歳くらいなんじゃない?
うーん、バケモノだな、孔明(とその他もろもろの人たち)。
や、まあいいんですけど。自分が年食ってるから違和感感じるだけなのかも…。

・それから馬超は今回もいいところをさらっていますねえ。共都姐さんとの掛け合いとか、なんだか諏訪さんも描いてて楽しそうです。この2人が勝負(賭け?)しているのは何かしら? この頃碁はもうあったのかな。ちょっと検索してみましたら、正確な起源は不明だけど春秋時代(紀元前770年くらい)にはすでに成立していたそうなので多分碁なのでしょうね。ルールは今と同じかどうかわかりませんが。
馬超が劉禅を連れてきたこともそうなんだけど、今月号は家族(特に親子)の絆・情愛がほとんどのエピソードにからんでいます。
自分も親兄弟を殺されて死に目にも会えなかった馬超が、掟を破っても劉禅を白帝城に連れてきて、「親の死に目に会えないなど 一生悔やむからな!」とさりげなく一般論のように言っているけれど、本当は心からの実感にあふれた言葉なんだと思います。劉禅にも劉備にも自分達親子のような別れをさせたくないという気持ちが感じられて、やっぱり諏訪版馬超好きだー、と思ってしまいました。孔明はもちろん、肩をたたいてねぎらう子竜もちゃんとわかっているのよね、そのことが。この3人(孔明・子竜・馬超)が同じコマにいるのを見ると、いつもなんだか嬉しくなってしまいます。

・今回、謹兄さんと陸遜の会見も見所のひとつです。
謹兄さんの政治的ポリシーに支えられた会話なんですが、今月号の流れを考えて読むと、親子だけじゃなくて孔明との兄弟の絆も感じられました。自身の「蜀と同盟を結んだほうがいい」という信念だけじゃなくて、遠く離れた江東で孔明のために援護射撃をしているのかなとも思えました。
「外交のこつはまず会うこと」「そして知る努力をすること」という言葉、国同士の話だけでなくて、普通の人間関係にも当てはまることかも。そして、ちょっと話が飛んでいるけど、最初の「信用できない人間をどうやったら信用できるのか」という問いに対する答えなんですね、これ。

・そしてとうとう劉備も退場です。
最後の「この世で 真に人を心服させるのは 人の『賢明さ』と『徳義』なんだ」という言葉が、今月号だけでなくこの作品通じての大きなテーマのひとつなのだと思います。
知識を増やすこと・努力をすることはもちろん大切ですが、それは「賢明さと徳義」という目標へのステップにすぎなくて、得た知識を本当に生かせるかどうかはその人の心のあり方・品性にかかっているということ、それは激情にかられて暴走する熱を身の内に飼っている孔明への言葉でもあったのかもしれません。
その後の陸遜との会見で、孔明が関羽と3万の兵を殺した陸遜にたいして一瞬逆上しそうになるけれど「自分もまた同じことをしていた」と気がつき気持ちを抑えるシーンが好きです。
ここでは孔明もまた「まず会って」「知る努力」をしているんだと思います。劉備の生前の賢明さと徳義が同盟を結んだ大きな力になったというのは確かだけど、孔明もまた会見で知った陸遜の事情を認め、「自分も同じことをした」「責められる立場ではない」と悟った賢明さがあった。劉備の賢明さと徳義が孔明の中に受け継がれて生きていたからこそ、「この上ない形で同盟が結ばれた」のではないでしょうか。

・ところで、この作品への批判として「孔明が万能に描かれすぎではないか」「いつも・誰でも結局は孔明の思い通りになってしまう。不自然ではないか」「話し合うだけで解決するなんてうまくいきすぎでは」という声もあるかと思います。
でも諏訪さんは孔明を「万能のスーパースター」であったと思っているわけではないでしょう。ご本人も多分「どんな場合も話せばわかる」なんて思ってはいないだろうし、「現実はこんなにうまくいかないよね…」くらいのことは考えていらっしゃるのではないでしょうか。
でもきっと「こうありたい・(たとえ現実はどうでも)こうあらねばならない」と思うから「こうあってほしい物語」を描いているんではないかなあ。
言い方は悪いけど実際「きれいごと」なんですよね。でも汚いよりきれいであってほしい、こういう世界になってほしい・しなければならないという想いがあるからこそ『時の地平線』はこのような描かれ方をしているのだと私は思っています。




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