今月の『諸葛孔明 時の地平線』

★『flowers』2005年5月号(2005年3月28日発売)

・西暦215年、漢中の張魯が曹操軍に投降、隣接する益州にも危機が訪れる気配が。曹操を撤退させる策を詰めるため、孔明は張飛、馬良とともに巴郡を視察に出かける。
通り雨に遭って駆け込んだ廃屋で孔明が出会ったのは、曹操のもとで着々と頭角を現しつつある司馬仲達だった。

・張魯は結局名前のみの登場でした。長い物語なので削らなければならない部分が多いのはわかるけど、彼がどういう人物でどんな位置にあったかの説明が一言でも事前にあったらもっとわかりやすかったかも。なんとなく今回の冒頭はちょっと唐突、という感もありました。
確か五斗米道という宗教の教祖で、宗教を拠り所にして領地を治め、信仰心から強く結束した軍隊を持っていたのですよね。(北方版『三国志』による知識。間違っていたらすみません。)
曹操に敗れた馬超が一時張魯のもとに滞在していたエピソードは「時地」にも出てきましたが、作品中で張魯投降に対する馬超のコメントがなかったのはちょっと残念。

・視察に出た孔明が「赤壁以来だな… すぐ近くに曹操が来ているのは」と思うシーン、なんだか憎みながらも惹かれあう、まさしく運命の相手、というイメージが。
今までにも描かれてきたしこの後の仲達のモノローグにも出てきますが、この2人はベクトルの向きこそ正反対だけど、結局は同じ種類の人間なんですね。まったく同じ物なのに状況によって引きつけあったり反発したりする磁石のようです。
しかし「この川の先には漢中がある 曹操がいる」ってまるで恋するオトメ(笑)のようですわ。仲達に興味を持ったのも、この流れだと「曹操のお気に入りだから」ってことにもなりそうではありませんか。

・そして今月の、いや士元亡き後のストーリーのハイライト、孔明と仲達の出会い。正直言ってもっと後になるかと思っていました。
でもこの2人はこの後会う機会なんて二度となさそうだし、出会いの時機としては今しかなかったのかもしれません。何十年かに一度近づいては遠ざかるハレー彗星のようなもの?(違うか)
でも見開きで2ページ丸々使って描かれていたこのシーン、孔明にとってはこの出会いはひょっとしたら曹操との出会いと同じくらい重要な事件だった、ということなんでしょうか。
しかし彼らが五丈原で雌雄を決することになるとは、現段階からはとても想像できません。2人とも「こんな争いは無駄」とか言いそうだもんなあ。

・あるはずのないたきつけを孔明が壁から見つけ出すシーンは、「発想の転換」=「だから 前例のないことでも 一歩踏みだせば 別の地平線が見えてくるのかもしれない」という物語の大きなテーマのひとつにつながっているんですね。
「必要に迫られれば 誰だって思いつきますよ」と孔明は言いますが、仲達は今まで何不自由なく育った「ぼっちゃま」で、本当に必要に迫られて策を考えたことはなかったのでは。
そこが彼の強みであり、限界でもあるのかも。
2人の会話を読んで一番思ったのは、仲達はつまるところ当事者(「時の申し子は 時の熱を受け 目覚め 変化し その時代のカギを握る」)ではなく傍観者なのだなということです。結局彼が最後に残ることになったのもわかるような気がします。

・「信頼関係」で造られた「そんな国が早急に実現するものなのかどうか…」と危ぶむ仲達ですが、実は国単位・世界単位で強力な信頼関係によってのみ成り立っているものってありますよね。
貨幣です。お金は相互の信頼関係がなければただの紙きれなんですから。人間の欲望という強力な要素がからんでいるのが大きいでしょうが、「信頼で結ばれた社会」はやろうと思えばできないことではない、のではないかな。希望的観測にすぎないかもしれませんが。

・来月号は休載、ということで思い当たったのは、話の節目節目になる場面では、必ず「対話」がポイントになっているということです。
赤壁直前の孔明と士元の二重・三重の意味をはらんだ会話、赤壁後の孔明と曹操の会話、士元が亡くなる前の酒を酌み交わしながらの会話、そして今回の仲達との会話。
次回からは物語がまた新しい段階に入っていく予感がします。


★『flowers』2005年4月号(2005年2月28日発売)

・曹操との戦いに逸る馬超は孔明より益州へ移動する難民の警護を依頼された。不平たらたらだった馬超だが、民に慕われ信頼関係で結ばれている劉備の姿を見て涼州の民に思いを馳せ、自らの戦う真の目的を再確認する。
一触即発となった呉との関係を修復するため陸遜のもとへ会見に赴く孔明。諸方へ火種を撒こうとしている陸遜と相容れず会見は危うい運びになるが…。

・ひょっとして今年の表紙は動物シリーズ? 今回の魚もいい味出してますね。
しかも前の『7SEEDS』(田村由美さん)のラストに自由な行動の象徴としての「船」が描かれていてすごくいいタイミング。編集部の方はまさかねらってこの掲載順にしたのではないでしょうが。
来月号の表紙も今から楽しみです。

・ここ数ヶ月馬超・馬岱のコンビがクローズアップ。暴走する主君を常に誠意を持ってフォローし、時には押さえ、あれこれと心を砕く常識人バタちゃんがかわいくて〜。『エロイカより愛をこめて』(青池保子さん)の部下Aと少佐みたいとかちょっと思ったり。バタちゃんは馬超を恐れてはいませんけど。
今回の難民たちのシーンは、闇雲に走り続けていた馬超が立ち止まって自分の本当の目的、本当の使命、本当の幸福について再び考え始めるきっかけだったのだと思います。戦う目的は憎しみよりも信頼のほうであり、自分はそれを忘れていたのかもしれない、と。その気持ちがあったからこそ後半での活躍に自然につながっていくのでは。

・そして後半の陸遜との会見シーン。
私は以前「何か事が起こると孔明自身が説得に行くという構図は話としてはマンネリにならないか?」と書いたことがあるのですが、最近は確かに話の構成としては難があるかもしれないけど、この作品で語られる「対話の重要性」が大きくなってくるにつれて、これはこの展開しかないのかもしれないと思うようになりました。
もちろん孔明が単独会見に行くことで「三国志」的展開からはだいぶ外れていくし、軍師がこんなに気軽に(や、本人は毎回命がけなのですが)お忍びで出かけるなんて当時の状況としては不自然とは思いますが、せっかく諏訪さんが描くのだから他の人と同じことを同じように描いてもしょうがないしね。
所詮私が「三国志」ファンではなくて諏訪さんファンだから言えることなのかもしれませんが。

・しかし毎回出かける前に子竜に見つかってもめるのが恒例となりつつありますなー。バリバリの(≒頭単純な←すいません)武人のはずの子竜が「勝算はあるのか!? あるなら数字で言ってみろ!!」と言うのがちょっと笑えました。数字って…。軍師に向かってその科白(笑) 孔明、お株奪われてますよ〜。
「いつ見たんだ この男」というのも可笑しい。つーか(ストーリー展開の都合上とは言え)ここまで毎回ばれてるんだから、側近に「孔明がこっそり出かけることがあればすぐ報告しろ」と子竜に言い含められてる奴がいるくらい思いつきなさいよー。手紙もこっそり検閲&報告されてるんですよ、きっと。

・会見後の小舟の上のシーン、好きです。なんだか馬超が「空気が濁ってるぞ」と手を振るのとともに川風が吹いてくるのが感じられるみたいで。「憎しみの連環」から抜け出そうとしている馬超の心理状態とからめたいいシーンだと思いました。
でも馬超のX-DAYもそう遠くはないんだよな、と思うととても切ないです。北方版のような展開希望、と言うのはワガママでしょうねえ…。

・最後のコマの仲達の表情、気になります。
驚いているのは事態が思いもかけぬ方向へ転がったから? それともひそかに意図(希望)していたとおりになったから?
最終ページにほんの少しの登場だったけど、逆に1ページだけでも登場があったことに今後の仲達の物語展開への貢献度合いが読み取れますね。もっとばんばん活躍してくれー。



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