今月の『諸葛孔明 時の地平線』

★『flowers』2004年6月号(2004年4月28日発売)

・産み月の近い寧寧を公邸に迎えた孔明に頼まれ、英は話し相手として寧寧と親密な間柄に。士元と寧寧の馴れ初めを聞かされて心を動かされた英を微笑ましく思う寧寧は「孔明様のためになにかしてあげたら」と助言し、英は孔明に対してこれまでとは違う感情が芽生えていくのに気がついていく。
孔明は馬超と同盟を結ぶべく使者を送り続けているが一向に返事が来ず膠着状態。それに対して馬謖は「孔明本人が交渉に行くしかない」と助言する。

・今月号は少女漫画的展開で『三国志』的にはちょっと中休み、の感がありました。
こういうエピソードが盛り込めるのも少女漫画だからこそ。少年誌・青年誌でやる『三国志』でも恋愛要素は入れられると思いますが、こういう方向にはちょっと行かないでしょう。
政治こそが最重要事項と思っていた孔明に、普段の生活、普通の生活って大事だよ、それを守るためにこそ政治はあるのでは? と気付かせる方向、ということですね。
それと、戦乱の世の中でも、人が人を好きになる気持ち、大切にしたい気持ちを失いたくない、という諏訪さんの願いもあるのかも。戦争中って気持ちが異様に昂ぶって普段と違う心理状態になりがちな気がするし。

・英さんは登場するたびに成長しているみたいですが、今回は話の最初と最後でも成長のあとが見えていますね。やっぱり女性としての先輩にじっくり話を聞いたことが役立っているのでしょう。
現代の感覚だと年齢の割りにかなり奥手という気もしますが、当時のいい家の娘さんはもっと若くに相手の顔も見ずに結婚することもあっただろうし、嫁入り前によその男性と会うこともあまりなかったと思われるので、まああんなものではないでしょうか。

・しかし寧寧の士元への気持ち、諏訪さんは最初から考えていらしたのでしょうか。
赤壁のときの「なんで僕なんか助けるのさ」というせりふも、ちゃんと寧寧とのエピソードをにらんだ上で言わせていたのかなあ。もしそうならすごいと思います。こんな先の展開まで踏まえた伏線だったの? だってあの頃の彼女は「女間者A」って感じで描かれていましたしね。(士元の性格なら素直に「ありがとう」よりもああいうちょっとひねくれた(?)ことを言いそう、というのもありますけど…。)

・孔明はほんとうに一人で馬超に会いに行ってしまうのでしょうか。
直接交渉したいという気持ちは理解できるのですが、話の展開としては「困ったことがあったら孔明が直接交渉で解決」というパターンができてしまわないか、と不安なところです。
いや信条としては納得できるのですよ。人間を「駒」とか「役割」とかで見たくない、個人として相対したい、そうしなければ自分は曹操と同じ罠(考え方のね)に陥ってしまう、と思っているのだろうし、その考えは正しいと思うのですが。

・孔明の妻が発明したと言われる便利な道具はたくさんあるということですが、今回出てきた書道の水滴もほんとうに彼女の発明品なのかな?
実用一辺倒の形ではなく亀の形にしたところがなんだかいいなあ。女の子らしいというのと、孔明にあげるのだからかわいいものに、という気持ちが垣間見えるような気がしました。
現代でも水滴はかわいいデザインのものやきれいな絵が描かれているものが多いです。書道用品の専門店等に行かれることがあったら覗いてみるのもいいかも。


★『flowers』2004年5月号(2004年3月27日発売)

・曹操軍に対して一度は優位に立った馬超だが、離間の計にまんまと乗せられて敗走する羽目に。
一方江東へ向かった孔明は、馬超敗走に伴い孫権が対・曹操の防備を固めることを確認して急ぎ公安へ戻る。その間も士元は蜀で法正たちにクーデターに加担するよう迫られ、自らが進めてきた蜀攻略及びその後の経営策に疑問を抱き始める。

・この数ヶ月どんどん話が進んでいて、予備知識がなければちょっと話が見えにくいかも、という感じです。
ここで状況を整理しておくと、現在曹操は「赤壁で敗退したが再度南下するため国力をつけたい。そのためにもまず西の馬超を攻めている(最終目標は天下統一)」状態、孫権は「周瑜の死で積極的に他国を攻めるのはひとまず休止。劉備との同盟については利害が一致しなければ決裂も余儀なしと思っている(最終目標は天下統一)」状態、劉備は「三国鼎立といっても基盤となる土地が荊州だけでは心もとない。蜀と同盟して曹操・孫権と同等の力をつけたい(最終目標は平和で安定した世の中、天下統一にはこだわらない)」状態、ということですね。
それに加えて孔明は蜀だけでなく馬超とも同盟してより力をつけたい、と思っている。
しかし士元はそんなにのんびり構えていてはせっかく得た荊州という足元すらすくわれてしまう、だから強引に武力で蜀を取ってしまえ、と思っていたのに、蜀の内実を知るにつれ不安が出てきた、というところでしょうか。

・まず冒頭の馬超のエピソード。後半の士元と法正、士元と寧寧の会話にもあるように、世の中の乱れは中原だけではなく周辺の諸国(民族)まで巻き込んでいることが強調されているように思います。
通常『三国志』は「中国統一・覇権争いの戦い」と定義されますし、もちろんメインテーマはそれなのですが、「時地」では戦争というものがその最初の目的だけに留まらず周囲を巻き込み被害を広げていく、ということが描かれているのだと思います。

・やはりまだ馬超は若いのですね。と言うより武人である彼には、その力を最大限に発揮するために優秀な軍師が必要、ということなのかな(今後の展開への布石?)。馬岱が少しずつそちら方面にキャラが立ってきているようではありますが。

・今月号の寧寧は妊娠中のせいかとっても美人。初登場のときは単なる「女間者A」という描かれ方でしたが、その後ストーリーにからんでくるにつれてどんどん描き方が丁寧に。下克上キャラ?
馬岱も今後そうなるのかな。

・寧寧の回想シーン、「中央で そんな政策を とれる人間がいたら いいと思わないかい?」と言う士元の表情、泣けてきます。
淡々と透明感すらある顔で言ってますが、あの自尊心の強い彼が「時代の龍は自分ではなかった」ことに気付き、しかし自暴自棄になるでなく自分は龍を助けるために力を尽くそうと思うようになるまで、あの台詞をあんな表情で言えるようになるまで、どんな葛藤があったのかと思うと…。
いろいろなところで「『時地』の戦争嫌いの孔明がどういう経緯で北伐に乗り出すのか」と言われていますが、この士元の行動(と結果)が大きなきっかけになるのかもしれません。

・全体に重い内容の今月号でほっと一息つけたシーンは、P314の「じゃな」「ああ」と言葉をかわす孔明と子竜。軍師中郎将と荊州牧の片腕たる有能な武将兼軍師の主騎の会話とは思えない気安さですね。
珍しく女性の客が来ているからとそわそわしている召使たちもかわいいです〜。
さすがの奥手な朴念仁も「女性の客」と聞いてすぐに婚約者を思い出すくらいの甲斐性(?)はあるみたいですな。(いやこれは逆に甲斐性なしと呼ぶべきか・笑?)


★『flowers』2004年4月号(2004年2月28日発売)

・援軍として蜀の劉璋を訪れた劉備と士元。士元は歓迎の宴で劉璋を捕らえ一気に蜀を制圧しようと提案するが、劉備に諌められて決行を断念する。
雍州では馬超が曹操軍に一旦は勝利を治めていたが…。

・今月号は本誌表紙に孔明と士元、本編表紙に牡丹の花をしょった馬超と、ハッと目を引く組み合わせでした。書店で思わず顔が笑ってしまった方も多かったのではないでしょうか。
表紙の煽りも「民族の誇りをかけて 曹操に立ち向かう勇将 馬孟起出陣!」というもので、馬超が表紙なのでその説明ということもあるのでしょうが、広い中国を統一しようとしたときに避けては通れない少数民族の問題(現代でもありますし)をクローズアップしてるのかな、という気もしました。蛮の件もあるし。

・劉備と士元の会話、あいかわらずおっとりのんびりしているようで鋭い劉備。士元が急ぐ理由を「何のために」ではなく「誰のために」と正確に突いているのは流石です。
劉備は「民の命を第一に考えて事を決めてるぜ」と言ってますが、それは翻ってみると、士元は「民のため」ではなく「周瑜の遺志のため」もしくは「孔明が思う存分腕を振るえるように」策を練っているということなんでしょう。(このあたりはまだはっきりわからないのですが。)
でもそれは「統治者のため」の政治で「民のため」の政治ではない。そうすることが結局は民のためという側面はあるだろうけれど。
劉備の考え方はどちらかというと「為政者は公僕」すなわち「主権在民」という考えに近いものなのかもしれません。それはこの時代にしてみるとものすごく斬新な考え方ですね。

ちょっと話がそれますが、『十二国記』シリーズ(小野不由美さん)の読者の方は思い当たっていただけるでしょうが、あの世界でも実は王(支配者、為政者)というものは決して皆が思うほどいいものではなくて、どちらかというと「縁の下の力持ち」的なところがあります。またそれを自覚している王でないと国を維持して行けません。よい王は皆「こんなの割に合わない仕事だよ…。でも誰かがやらなきゃならないし、それが私だというならやるしかない」と思っている。
だいたい、王になった時点で「ろくな死に方はできない」とわかっているというのもすごいと思いませんか。

・後半は馬超、馬謖と若者にスポットが当たっています。
いやー馬超いいですね! あの強気のところがなんとも。
2人とも若さゆえの無謀さや自信(実際の自分よりも過大評価の)が際立っているような。それが必ずしも悪いわけではないのですが。孔明も馬謖を見て、まだまだ若いなと苦笑している感じがします。(子竜は振り回されてますが。)
ただちょっと気になったのは、馬謖に意見を言わせた孔明のやりかた。馬謖の過剰な自信を逆手にとって「分析できないなら それならそれで」いい、となかば挑発して意見を聞きだす、悪い言葉でいうと試しているような印象を受けました。
こういう方法はその場限りでしかないんじゃないのかなあ。彼を側近にしたいなら、時間をかけても本当に信頼で結ばれた間柄にならないと、いざというときに大きな落とし穴があるような気がします。(あ、それが例の「山に登る」エピソードにつながってくるのでしょうか?)

・そういえば今回は曹操の護衛・許チョが登場しました。なんだかいかにも〜な「武道一辺倒の無骨な武人」という描かれ方で、今後もあまり重要な役割を果たすわけではなさそうな…。
北方謙三さんの『三国志』では非常に魅力的に描かれていたのですが。ちょっと残念。


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