WHO’S 「日巫子」?

  『おろち舞』(PFコミックス『紀信』収録)には主人公・建速の姉・「日巫子」という人物がちらっと登場しますが、作品の背景から考えて、「彼女は「卑弥呼」ではないか?」 と疑問をもった方も多いと思います。しかしなぜこの作品において、彼女は「日巫子」なのでしょうか。

  卑弥呼という名が書かれているのは『魏志倭人伝』という3世紀に中国(魏)で書かれた書です。これは「三世紀の中国人が同じ三世紀の日本の状態を記した、いわば同時代資料として貴重な文献」(『日本の歴史』3巻 中央公論社)なのですが、ここに書かれている日本の人名、国名はというと、「卑弥呼」「邪馬台国」「狗奴国」「奴国」「卑奴母離」など、どうもあまりいい印象のない漢字を使ったものが多いのです。(現在も使われている「壱岐」「対馬」などもあるのですが。)そもそも日本を表す「倭」という字だって「従う、従順な」という意味で、当時日本は中国に朝貢していましたから、中国から見たら日本は属国、一段下の存在だったわけですよね。それであまりいい意味の漢字をあてていなかったのですね。 (では日本ではどう書いていたかというと、当時の日本には文字はありませんでした。漢字の伝来は3〜4世紀頃とされていますが、現存する最古の文字資料は『古事記』『万葉集』など8世紀になって完成されたもので、これらの書が実際に書かれていた正確な年代は不明です。)

  さてこのようにもともと日本独自の文字が存在しなかった時代に、当時の中国が日本語の音に当てて勝手につけたイメージの悪い漢字を、論文や随筆ではなく創作・フィクションの中でそのまま使わなくてはならないのでしょうか? 歴史上の人物と言ってもここでは愛すべき自分のキャラクターなんですから、せめて表記だけでもオリジナルにしよう、と諏訪さんは思われたのでは? 彼らは私たち日本人の祖先でもあるのだし、「卑しい」「狗」なんて呼びたくない、と。
  (『諸葛孔明 時の地平線』においても、孟獲が「十把一からげで西南夷なんて呼ぶけどなあ、ここには何千年も昔からコトバも習慣もぜんぜん違う部族が20以上も住んでんだぞ。おまけに「夷」だの「蛮」だのよくもまあ差別用語をつけてくれるもんだ」(『諸葛孔明 時の地平線』2巻 小学館)と怒っています。中華思想という言葉もありますが、当時の中原は文明的にもひじょうに進んでいましたし、自分達が世界の中心にいると思っていたんですね。「漢族の無知とジコチューには恐れ入るよ」と怒る孟獲の言葉も道理です。)

  余談ですが『うつほ草紙』の主人公・清原俊華牙(としかげ)も、原作の『宇津保物語』ではふつう「俊蔭」と表記されています。平安時代の物語文学といえば『源氏物語』のように表記はひらがなのみだし、彼は実在の人物ではないので正式な漢字表記の名前はもともとありません。だから諏訪さんは『うつほ草紙』では、自分のキャラクターには自分のイメージに合った字を使おう、と考えたのだと思います。
  


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