平成18年6月6日 6月の東下り3 新作名刀展

 鍛冶屋の工房で一日中仕事をしているとほとんど言葉を発しない。しかしお江戸に出て来て仲間と会うと、お酒のせいもありついつい沢山しゃべってしまう。結局、明くる日は喉が痛くてまともに声も出ない.....いつもの通りです。昨日のお酒もまだ少し残っていてあまり気分も良く有りません。

 でも今日はゆっくりはしていられません。朝からミズゴリをして気分を引き締め、朝食もそこそこに8時過ぎには宿を出ます。9時過ぎには今度の個展の会場を貸して頂く藤代先生のお宅に寄せて頂き個展の話をして、出来たての案内状を見てもらい少し置かせてもらいました。そして10時過ぎには新宿の刀剣博物館へ行き入賞作品を見学です。

 今年も先ず最初に特選の第一席に入っている松田さんの作品に驚かされました。以前から松田さんの作品は他の作品と異なり異彩を放っていましたが、今年の作品は更に進歩して乱れ映りが見え、もう現代刀の域を超えてしまった感がします。こうなると参りましたと言うしかありません。同じ仕事をしていてこれはかなりの屈辱なのですが、現実は認めるしかありません。

 次の特選第二席の久保さんの太刀にもまた驚かされました。こちらも松田さんの作品に負けず劣らず良い出来です。どちらも古備前や長光系統の作品を狙っているようですが、以前の展覧会では全体に地味なせいか、あまり評価が高くなかった方向の作品です。でもそれは現代刀の技術で作っていたからで、これらの作品は地鉄も焼きも良く研究されていて、古刀に迫る内容が有り、そこが評価されたのだと思います。特に久保さんは自家製鋼のケラでこの作品を作ったと言っていました。この様な作品が出品されるに至り現代刀も世代交代の時が来た様に思いました。

 特選第三席の古川さんは私より少し上の世代で、宮入一門に有って最もインテリの鍛冶屋さんです。大切先で南北朝時代の相州伝の作品で、地刃共に変化に富み、さすがに良く考えて作ってあると思いました。でも最近、無理な運動をしていてアキレス腱を切ってしまったとかで、授賞式にはおいでになれなかった様です。もうそろそろご自分のお身体の事も考えて下さいね。

 特選第4席の松葉さんの作品は相伝備前狙いでしょうか、長大な太刀で大迫力の刃文と地鉄からは武道に長じた作者の豪快な雰囲気が伝わってきました。若い時から苦労しながら心身共に修行を積まれたようで、お話はあちらこちらから聞いていたのですが、ここに来て一度にその苦労が開花したのでしょうか? 私も肝臓の鍛錬ばかりでなく心身の鍛錬もやり直さなければ、時代に取り残されそうな強迫観念にかられてきました。

 それからもう一人、私が個人的に好きな杉田さんの作品が今年は努力賞に入っていました。作品として良くまとまっていて、映りもきれいに出ていて、去年の太刀より良いと思ったのですが、展覧会で上位へ行くのは難しいものなのですね。その他にも会場には沢山の作品が並べてありますが、全て書く事は出来ません。興味のある人は会場の方へ足を運んで実物を見て下さい。展覧会情報はこのサイトの「掲示板」に出ています。

 更に会場では作品を見るだけでなく、多くの刀鍛冶や色々な人にお会いして勉強になるお話を沢山聞かせて頂きました。ここに来られる方々は刀鍛冶に限らずお客様を含めて、本気で物事に取り組んでおられる人が多いと感じました。田舎で一人黙々と仕事をするのも良いのですが、やはり年に一度くらいはこう云った所で刺激を受けないと、私など軟弱な人間はタガが緩んでしまいそうですからね。

 そんなこんなでお昼過ぎに刀剣博物館を後にして、昨日し残した営業活動の続きをしにお江戸の街に出て行きました。鴬谷の平成名刀会を皮切りにお付き合いの有る刀剣商を回るのです。私の様な刀鍛冶は偉い先生方とは違い、座っていれば向こうからお客様がやってくる訳ではありません。刀を売る事は作るより遥かに難しいのです。特に私は展覧会には出品しませんから、一般に作品が展示される事は少なく図録に載る事もありません。その分お江戸に出てくれば、時間が許す限り営業活動を自前でやらなければならないのです。これも自分で選んだ道ですから、弱音を吐く訳にはいきませんがね。

 最後に大きな本屋さんへ行き、古い時代の鉄に関する書籍を何冊か購入。勉強をする資料を手に入れるにも、お江戸に出て来て出来る事で、田舎に居てはなかなか出来ません。なんだかんだと慌ただしい一日になりましたが、帰路についたのは午後6時過ぎで、我が家に帰り着くのは日付の変わる頃になりますか.....。お江戸への出張は工房で仕事をしているより遥かにくたびれますが、常にそれだけの値打ちの有るものにしたいですね。

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