Keiさんからの頂き物 バレンタインSSです(^^

『チョコと想いと』



最早、名物とかしている気がしないでもないマラソン登校をしながら、二人の男女が雪の残る歩道を全速力で駆けて行く。

「名雪、HRに間に合いそうか? 」
「う〜ん、もう歩いても大丈夫だと思うよ。」
「やれやれ、今日も遅刻しないで済みそうだな。・・・にしても、なんで今朝は目覚まし時計が鳴らなかったんだ? 」

そう、今朝に限って目覚し時計――聞いていると眠たくなるという世にも珍しい一品――が鳴らず、おかげで普段以上に
慌ただしい朝を過ごす羽目になってしまったのだ。

「祐一が昨日かけ忘れたんじゃないの?」
「スイッチは入れっぱなしだからそれは無いな。後有りそうなのは・・・真琴っ!そうだ真琴のいたずらに違いない。
 最近大人しくしているから奇妙だと思ってたら案の定だ。帰ったら仕返ししてやらないとな。」

名雪が何か言っているがそれを適当に聞き逃しながら、真琴に対する効果的な仕返し方法を考えていると不意に後ろから
声がかけられる。

「名雪、おはよう。それから相沢君も」
「おはよう、香里」
「オマケみたいに挨拶しないでくれ、香里」
「あら、相沢君は名雪のオマケみたいなものでしょ」
「それを言うなら、名雪がだろ」
「ふふっ、そうね」
「祐一〜、私はオマケじゃないよ〜」
「そう言う事は一人で起きられるようになってから言え」
「きちんと起きてるよ、私」
「なら明日から起こさなくても良いんだな? 」
「う〜」
「はいはい、そのくらいにしとかないと本気で遅刻するわよ」

遅刻しないで済んだというのにこんな事で遅刻しては馬鹿馬鹿しいので途中で切り上げ、教室へと向かう。
と、校内の様子がどこかいつもと異なっていることに気が付く。
教室内もそれは同じで男子はちらちらと女子の方に目をやり、そわそわとして落ち着きがない。
女子は女子で幾人かで集まり小声で会話を交わしている。
「なんかあったかな」などと学校行事について思いを巡らしていると北川が声をかけてくる。

「緊張するな〜、相沢」
「なにが? 」
「何がって、今日はバレンタインだろうがバレンタイン。」
「あ〜、そういやそんなもんもあったな」
「貰えるのが確定してるからって余裕だな・・・俺なんて美坂にチョコ貰えるか判んないってのに」

バレンタイン――日本の菓子業界が売上を伸ばすためにでっち上げた行事――おかげで、一部の人間にとって最悪となった日である。
それでも世の中の男に取っては人生で4番目ぐらいにドキドキする日である事は間違いない。
学生も社会人も女性の動きにに一喜一憂し、夕方にはその殆どが人生の悲哀を垣間見る。

「ちょっと、来て。相沢君」

そう言うや否や祐一の手を取り教室の隅へと引っ張っていく。
そして、鞄の中から一抱えはある巨大な包みを取り出すと祐一に向けて差し出す香里。
突然の香里の行動に教室内のざわめきが止んで、皆の視線が教室の隅の香里と祐一に集中する。

「はい、相沢君」
「か、かおり〜」
「み、美坂・・・それって若しかしてチョコレートか? 」
「若しかしなくともそうよ。大体、バレンタインに渡すのにそれ以外の物がある?あったら教えてほしいんだけど、名雪に北川君 」

顔面を蒼白にした名雪と北川が香里に対して詰め寄る。
一方の祐一の方を見ると、思ってもみなかった行動にどう反応して良いか判らず呆然と立ち尽くしている。

「誤解しないでね相沢君、それは栞からよ」
「し、栞ちゃんの?」
「ええ、風邪を拗らせて今日これなくなったから預かってきたの」
「驚かせるなよ――ところで美坂、俺のはないのか?」
「私が義理チョコを配らない主義なのは二人とも知ってるでしょ」

香里の言葉に再起動を果たす名雪と再びフリーズする北川。
丁度その時、石橋が教室内に入ってきて点呼を始める。
結局、どこか釈然としないままにうやむやなまま会話は打ち切られた。

その後、普段と同じく午後の授業も眠って過ごした祐一は秋子さんの待つ家への家路を急いでいる。
と、家の前に立つ人影が目に飛び込んでくる。

「祐一さ〜ん」

祐一の姿を認めるとブンブンと手を振りながら嬉しそうに走り寄って来る。

「おう、祐一さんだぞ」
「えへへ〜、来ちゃいました」

祐一の顔を見上げて嬉しそうに微笑む。
そして、ゆっくりとした深呼吸を幾度か繰り返す。
呼吸を整えると言うよりも、気持ちを抑える意味合いの方が強いのかも知れない。

「はい、バレンタインのチョコレートです。」

そう言うとスカートのポケットから普通の大きさの包みを取り出した。
巨大な物が出て来ると思っていた祐一は驚きも顕わである。
それが不満なのか頬を膨らませながら詰め寄る。

「どうしてそこで驚くんです」
「いや、風邪で来られないからって、香里にチョコレートを頼んだんじゃなかったのか?」
「え、そんな事頼んでませんよ」
「でもチョコレートも貰ったけど」

だが、栞の言動から判断すると朝のチョコレートは栞が頼んだ物では無いらしい。
と言う事はあのチョコレートって、まさか・・・

「若しかして・・・でも・・・そんな、お姉ちゃんが・・・」

こちらでは栞が祐一の言葉になにやら思案を始めて時折、小声で呟いている。
かと思うと祐一の方を振り向いて話し掛ける。

「祐一さん、御免なさい。急用が出来ちゃいました。」

一方的に言い放つと家へと駆け出す栞。
暫くして、祐一の方を振り返ると「私、まけませんから〜」と叫び再び駆けて行く。

自分の考えが正しいのかを確認するために急いで自分の部屋へと駆け上がる。
鞄を投げ捨て、ベッドの中に潜り込む。
そして問題のチョコレートの包みを開ける
とそこには一枚のカードが挟まれており、表面には流麗な文字が刻まれている。

「・・・」

カードを読み終えると放心したように黙り込む祐一。
どの位そうしていたのか窓の外は既に暗くなっている。

「甘さ控えめ――か、全く香里らしいよな」

                                          

keiさんよりバレンタインデー記念SSを頂きました!!
ステキな作品ありがとうございました(^^
今後の香里と祐一の関係は・・・
気になります。

今回のSSの題名はKeiさんのご依頼を受けて
私がつけさせていただきました(^^;