Keiさんからの頂き物 香里SSです(^^
『22222HIT記念香里SS』
――部屋
「朝〜、朝だよ〜」
「朝ご飯食べて学・・・」
ピッ!
ベッドから伸びた手がぞんざいな手つきで目覚し時計を止める。そのまま壁に掛かったカレンダーに視線を移し、ぼんやりとした頭で
今日の日付を確認して行く。一連の動きは、意識してのことではない。既に条件反射の粋に達している。
「・・・今日は土曜じゃねーか。」
休日なのにいつも道理に目を覚ました、といった所だろうか。
悔しげな呟きと共にベッドから降りようとする。
が、体が揺れたかと思うとベッドへと吸い込まれてゆく。
咄嗟に手を突く事で倒れることは防げたが、体験した事の無い感覚に戸惑いは隠せない。
「風邪でも引いたかな? 栞に付き合って絵のモデルをしたからかな。」
結局、大して気にする事なく食事を求めて階下へと降りる。
いつもは秋子さんがキッチンに居て、挨拶と共に温かい食事を用意してくれる。
だが、今朝――実際はもう昼と言ってもいい時間なのだが――に限って、秋子さんの姿が見えない。
不思議に思いつつもキッチンへと向かうと食卓の上には一人分の食事が用意してあり、その傍にメモが一枚置かれていた。
それには『お母さんは同窓会、私は部活で合宿だよ』と書かれていた。
「・・・北川でもよんで宴会でもするか」
静まり返った家の様子に自分独りが取り残されたかのような感じを受ける。
春はまだ遠いとはいえ、正午を過ぎる頃ともなれば太陽がその顔を覗かせポカポカと辺りを照らす。
そんな状況では眠たくなるのが人情というものである。
それは鯛焼き食い逃げ犯であっても、縁側でお茶を啜るおばさんくさい者でも関係ない。
もちろん、暇を持て余している祐一とて例外ではない。
「ふわぁ・・・暇だ・・・」
する事は無いが眠って過ごすのは勿体無いといった結論を導くと手早く外出の準備をしていく。
小銭の入った財布をポケットに入れ、薄手のコートを羽織ると街へと繰り出していった。
――道路
学校周辺で幾つかの裏道を開拓したり、商店街で新たなメニューを試したりと有意義なのか無意味なのか判断に苦しむ事をしている間
にすっかりと日が暮れ夕闇が辺りを包み込んでいた。
夜空には欠けた月が昇り始めている。
「そろそろ帰って夕食にするか。」
水瀬家へと歩き始めた祐一に朝感じた違和感が襲ってきた。
目の前に霞が掛かり、四肢が自分の物では無いかの様に重く感じられる。
泥酔した時と同じく急速に平衡感覚が失われていく。
堪えきれずに道路へと倒れこむ。
「・・・君、相沢君っ!! 」
どこからか聞こえてくる聞き覚えのある声を耳にしながら祐一は意識を手放した。
――?
心地よい冷たさを額に感じて目を覚ますと、記憶に無い部屋が祐一の目に飛び込んで来た。
動くのが億劫なので目線だけ動かして部屋の様子を窺ってみるが、見知らぬ部屋というのを実感するだけだった。
「・・・・・・知らない天井だ」
取り敢えず常套句を口に出して此処が一体何処なのか考える。
その時、頭の上の丁度死角になっている辺りから返事が帰ってきた。
「ふざけてないで起き上がったら? 」
「その声は・・・・・香里か! 」
「そうよ」
「何がどうなってんだ?」
「40度近い体温とそれに伴う発汗、悪寒に咳――所謂、風邪と呼ばれる症状ね」
「如何して香里がいるんだ・・・」
「買い物から帰る途中で相沢君を見かけたのよ。声を掛けようとしたら、突然倒れこむんだもの驚いたわ。そのままにしておく訳にも
行かないから家に連れて来たの。ここは私の部屋。ついでに言うと今は午後7時。何か質問は? 」
「栞は?」
「両親と旅行中よ。それより名雪の家に電話しても誰も出ないのよ」
「二人とも今日は居ないしな」
「なら、泊まっていった方が良いわね」
優しく微笑みながら囁き、温くなったタオルを新しいものに交換する。
「若しかして、ずっとそうしててくれたのか? 」
「元はと言えば栞の我侭が原因だし・・・これ位はね」
そう言うと静かに部屋から出て行く。
本調子では無いのだろう――横になると直ぐに眠りに落ちていった。
――香里の部屋
カチャッ!
うつらうつらとしていた意識が覚醒へと向かう。
香里が手に何かを抱えて此方へと歩いてくる。
「何だ? 」
「あら、起きてたの・・・残念ね」
「どういう意味だ」
「お粥を作ってきたんだけど食べられるかしら? 」
会話しながら茶碗や蓮華を準備する姿が『若奥様』という単語を連想させる。
いいかげん空腹が限界に来ていたので、蓮華を手にして食べようとしする――と、香里が蓮華を奪いお粥をすくう。
訳の解らない行動に祐一が声を上げようとして香里の方に目を向ける。
すると、蓮華を自分の口元に持って行き食べている。
改めてお粥をすくうと今度は「ふー、ふー」と息を吹きかけて冷ましてから祐一の方へと運んでくる。
「はい、あ〜ん」
優しげな声と共に左手を添え、慎重な手つきで祐一の口元へと運ぶ。
「か、か、かお、香里ぃ!? 」
「えっ・・・あっ!! 」
自分のしている事に気付いたのか慌てて離れる。
その顔は熟れたトマトもかくや、というぐらい真っ赤になっていた。
一方、祐一は先程から香里の意外な行動に翻弄されっぱなしである。
香里に対して抱いていた『冷静沈着なクールビューティー』というイメージが音を立てて崩れていく。
「か、勘違いしないでよ! い、いつも栞にして上げてたから、ついしちゃったのよ・・・食べましょ。はい、『あ〜ん』して」
祐一の指摘に開き直ったのか、依然として赤い顔のまま迫ってくる。
「あ、あ〜ん」
「もうっ、もっと大きく口を開けないと溢しちゃうでしょ。はい、あ〜ん」
「あ〜ん」
「しっかり声も出して」
「あ〜ん」
こうして、同じ鍋から同じ蓮華で同じお粥を交互に食べ続ける。
『これって間接キス・・・もとい、風邪が移るんじゃないのか』そう考えた瞬間。
「熱で滅菌されているから大丈夫よ」
そんな物なのか?
ていうか、何で考えてることが解ったんだ?
「口から出てたのよ。勿論、今のもね」
癖――無意識の内に出て来る物――なのだが、風邪が直ったら本気で直す努力が要るだろう。
このままでは、いつなんどき墓穴を掘るか解ったもんじゃない。
これからの自分について取り止めも無く考えていると香里が覗き込んでいる事に気付く。
と、おもむろに自分の額と祐一の額を重ね合わせてくる。
「っ!!」
「黙って。静かにして」
傍から見れば恋人同士がキスをしているように見える。
もしも、この場に栞や名雪が居たとすれば半狂乱になって騒ぐだろう事は想像に難くない。
『そんな事するお姉ちゃんなんて大っ嫌いです』
『香里、私もう笑えないよ』
『うぐぅ』
『あうー』
そんな声が何処からか聞こえて来そうだ。
ボカッ
・・・突っ込みすら入ってきた気がするぞ。
「・・・まだ少し熱っぽいわね」
独り言なのか、それ以上答える事なく黙々と後片付けをこなしていく。
慣れているであろうその動きは滑らかで、見ていて飽きることが無い。
全て終えたのか香里が戻っ・・・。
ネグリジェ――しかも、シースルーの黒。
その手に抱えている布団と枕で寝床を整えている。
もしかしなくてもこの部屋で眠るつもりなのだろう。
「拙くないか? 」
「だって、貴方がベッド使ってるじゃない。それに――熱の時って誰かが居てくれないと寂しいものなのよ。それとも、いっしょに眠
った方が良いのかしら? 」
悪戯っぽい笑みを浮かべて話し掛けてくる。
こう言われてしまうと、反論できない。
それどころか香里の方すら向く事が出来ない。
それすらも見越して話しているのだろう。
このままでは負けっぱなしじゃないか。面白くない。
「いい匂いがするな。・・・ふんわりしてて甘い香りだ。」
独りごちて寝返りを打ち、枕と布団に神経を集中させる。
教室では感じたことの無い柔らかな匂いが枕とベッドから漂ってくる。
「・・・香里っていい匂いしてるんだな」
「な、なにしてるのよっ! 」
「香里の匂いを堪能してるんだけど? 」
まさか仕返しにこう来るとは思っても見なかったのだろう。
真っ赤になって詰め寄ってくる。
「相沢君、三途の河を渡る覚悟は出来てる? それともケルベロスへの挨拶の方をご希望かしら」
「じょ、冗談だよ、冗談」
そう呟いたとたん、睡魔が襲い掛かってきた。
思っていたよりも体は休息を必要としていたのかもしれない。
香里の声を子守唄代わりにして眠りに落ちていった。
――深夜
そっと髪を撫でる影が見える。何度も何度も優しく繰り返す。
その表情は見えないが口元が柔らかく綻んでいる。
「寝顔は可愛いんだけど・・・」
ポツリと呟き微かに触れるだけのキスを交わす。
その後、小さな声でなにかを語りかけている。
夜空に輝く星々と、影を優しく照らし出す月だけがその内容を知っている。