つくしの小道10万HIT記念 Kanon SS
それは星の綺麗な夜の事。
眠っている真琴に誰かが囁きかけている。
「ねぇさん、ねぇさん、起きてや。起きてや」
今まで聞いたこともない声。それでもどこか知っているようにも思えた。
それと何か柔らかなものを押しつけられているかのような感触。その感触が気持ち良かったりする。
「起きてや。ごっつ困るんや。起きてや〜」
情けない声が耳元で聞こえてくる。
夢と現実の狭間で目をこすって真琴が見たモノ。
「ピロ!?」
「いや、やっと起きてくださりました」
真琴の目の前の物体は器用に笑顔を作る。猫でも笑えるものらしい。意外だが。
「夢ね。ピロが喋る訳ないし」
「あーねぇさん、勘弁したってやー。これマジのホンマモンでっせ」
再度布団を被り直そうとしたが、ピロに阻止された。布団の端を口にくわえて離さない。
「真琴でもピロは喋らない猫だって知ってるから。夢なら黙って」
「うわっ。冷たっ」
「いいから布団返して」
「いや、だからホンマモンなんですって! ねぇさん。話聞いてや〜。この通りでっせ〜」
器用に前足の肉球と肉球を合わせて、拝んでいるような格好をしているピロを半眼で眺める。
「真琴は眠いの」
「これから凄い事話すんですわ、ちゃんと起きてや。ねぇさん」
「うるさいなぁもぉ」
耳元で喚かれて眠っていられるほど神経は太くないらしい。
真琴は不機嫌そうな表情のままピロを見る。その視線は柔らかいモノではなかった。むしろパチモノブランド品を見る消費者のような目だ。
「そんな表情せんといて下さい。やりにくいやないですか」
「だって喋るだけでも怪しいのに、喋り方まで怪しいんだから仕方ないでしょ!」
「あーそうですかー。こりゃ1本取られましたわー。スマセン。わて、その小綺麗な関西弁は苦手ですねん」
照れるように、頭を掻く仕草をするピロ。
見れば見るほど人間くさい。怪しげである。
「で? そのピロが喋ってるといい、どうしたの?」
「よくぞ聞いてくれました! ねぇさん、喜んで下さい。ねぇさんに魔法が使えるように今からしますさかい」
「は?」
「良くあるでっしゃろ? ほら、突然可愛らしいマスコットキャラが魔法のステッキ持ってきて、ヒロインを魔法少女にって話」
確かに良くあるパターンである。
言動を無視すれば、ピロも『可愛らしいマスコットキャラ』で間違いはない。
「でも、どうして? 真琴が?」
「まーどうでもいいやないですか」
「納得できない」
不審者を見るような視線を送る真琴。その視線がいやなのか、ピロは目を泳がせている。
「納得できない!」
「あーそのー、あ! そうや! わての声が聞こえるなんて! ねぇさんはきっと心が優しい人に違いない! そんな優しい人には魔法を使えるようにしてあげましょ! という事で」
「あうー」
明らかに怪しい展開。そして、今ピロが喋った台詞は、昨日読んだ漫画の1台詞なのを真琴は理解していた。そのキャラの台詞はもっと可愛らしい語調だった覚えもある。
「でも、こういうときは、まず、なんでも願いを聞いてくれるって展開が」
「あーそれは別の人がちゃんとしたシナリオでやってるから、わてらとは畑違いってヤツですわ。3つの願いってやろ? そんな人真似、わて嫌いや」
「あうー」
何を言って良いのか、真琴は分からなくなっていた。呆れて反論する気力もない。
それを知ってか知らずか、ピロは胸を張って堂々とした構え。自分が正しいといわんばかり。
「でや! ねぇさんにはこの魔法のステッキっちゅーもんで、変身するのが王道やね。ほい、持ってや」
「う、うん」
いつの間にか流されている事に気付く間もなく、真琴はどこから出てきたのか分からないステッキを握らされる。
「それから、次からは、マジカル電話にマジカルコンタクト、マジカルヘアピンとマジックアイテムが登場しますさかい、使いこなしてもらいまっせ」
「ステッキ1本で十分だと思う……」
「あかん! あかんのや! こっちのスポンサーってのがおりましてな。使いこなせな、わてらクビでっせ! クビ。アイテム色々出した後に、玩具になって利権が……」
「スポンサー?」
「あーいや、こっちの話ですわ。それに魔法少女には小物が付き物でっしゃろ? それにもし挿絵とか入る場合、小物とかあった方が絵描きさんも描きやすいはずや、という心遣いもあるんですわ。これが」
「あうー。挿絵が描かれるかどうか分からない前にそういう事しても無駄だと思う」
「ぐっ」
真琴の説得力ある言葉に詰まりながらも、ピロは踏みとどまった。ピロもピロなりの苦労があるのであろう。
「まぁ、挿絵はこうご期待という事にしておいてや、変身の魔法の言葉を教えるさかいに覚えてや」
「うん」
咳払いをする格好をして一息置いてから、ピロは声を張り上げた。
「”ピロピロカワイイキュートデプリティアーモウドウニデモシテー”や!」
「え?」
真琴の額から汗が一筋流れる。
言葉が言葉なのに、更に腰をくねらせているピロの姿がどうしても悶絶しているようにしか見えない。
「だから”ピロピロカワイイキュートデプリティアーモウドウニデモシテー”や!」
魔法の言葉を言うたびに、ピロは腰をくねらせ、やはり傍目から見ると悶絶している姿にしか見えないが、ピロなりの魅惑のポーズなのかもしれない。
この先の不安を感じずにはいられない光景であった。
「ねぇさん! さぁ!」
「えっと、ぴ、ぴ、ピロピロ…カワイイ……キ、キュートデプ…リティアーモウドウ…ニデモシテー」
先ほどの光景を真似しようと努力するものの、理性がそれを止める。人としてやってはいけない行為だと、頭のどこかで警鐘が鳴り続けていた。
「もっと腰をくねらせてセクシーに! ねぇさん、もっと色気出してや」
色気。
あの姿からはどう見ても、色気というよりも、悶絶という言葉がぴったりするのだが。
猫と人間では感性が違うのかも知れない。
「ぴ、ピロピロカワイイキュートデ……って本当にこんなの魔法の言葉なの?」
「うそや」
「このステッキ、殴るのにちょうどよさそう」
微笑みを讃えながら、真琴はステッキを振り上げる。口元は微笑みを讃えているのに、目は笑っていない。
ピロの背中にイヤな汗が流れる。逃げたくても足が動いてくれない。
頭の中にはこれまでの出来事が走馬燈のように……
「堪忍してやー。か、軽いアメリカンパーティジョークやないですか」
「真琴はアメリカ嫌いなの」
「ホンマは”クラナドクラナドイツニナッタラハツバイスルノトイウカハツバイスルノコノヤロー”ですわ」
「あ、あうー……」
別の意味で凶悪だった。
「真琴、それは言っちゃいけない言葉だと思う」
「なにがやー! 待ってるユーザーの身にしてみれば、18禁じゃ無いという噂がある上に発売延期やでー!? しかも発売日未定!」
「でも、でも真琴はおとーさんやおかーさんの悪口は言えない〜〜〜」
走り出す真琴。なぜか背景は夕日の海だったりする。
「うをっ!? いつの間にか背景変わってるしってそうやない! ねぇさん! ねぇさん! 待ってや! おとーさん、おかーさんって誰やねん!」
慌てて真琴を追うピロだが、人間の走る速度に猫が追いつける訳もない。
あれよあれよという間に真琴の姿を見失う。
「ど、どないすればええんや……スポンサーのスポンサーのお偉いさんがぁぁぁぁ! 魔法少女がぁぁぁぁぁ!」
その場に崩れ落ちるピロ。が、覆い被さるように人影がピロを優しく包む。
「あははー。魔法少女ですかー。それ、やってみたかったんですよー」
「嬢さん……」
これが、突然真琴がいなくなった理由と、ある人が魔法少女になった理由である。
が、その真実を知る人はそんなにはいなかった。