縦型めっき槽による鏡作り  
(オリジナル器具)


  
★観察実験には専門知識と経験が必要です。本サイトの閲覧は理科教育関係者に限らせていただきます。★

1.金属光沢と鏡

縦型めっき槽

  鏡は,金属の代表的な特長である「金属光沢」を利用しています。古墳の副葬品に多い青銅鏡(表面鏡)は,理にかなった金属の用い方といえます。それに対し,現代の鏡は銀鏡反応を利用してガラス板に銀めっきし,裏面から覗きます(裏面鏡)。高価な銀であってもめっきの薄膜なら安価であること,ガラス面によって傷や酸化も防げます。いずれにしても,古代の青銅鏡,現代のガラスの鏡ともに金属の特徴を活かしており,教材として利用できます。
  金属光沢は,金属に共通して存在する「自由電子」のはたらきです。金属が針金や薄板に加工しやすいことや電流を流しやすいことも自由電子に関係しています。

  ここでは,銀鏡反応による鏡作りを紹介しますが,大きなガラス板へのムラのない銀めっきは難しい技術とされてきました。特別な鏡用のガラス板を用いたり,ガラス板表面にスズめっきをしたり,さまざまな試薬を加えたり,温度制御をしたりと,さまざまなノウハウがあるようです。要するに,職人芸なのです。これでは,化学の教材にならないと思いました。

  そこで,試薬はシンプルな必要最小限とし,安価な普通のガラス板に確実に銀めっきする方法に取り組みました。そして「縦型めっき槽」というオリジナル器具の開発によって問題点を克服し,ほとんど失敗のない手鏡作りを可能にしました。


  この開発にかけた時間と努力は大変なものでした。ここまで拘った理由は,担当が化学分野であったことに関係しています。銀鏡反応による鏡作りは,化学反応によって直ちに実用的なものができる貴重な例であり,これを開発しないと私の存在意味がないと感じたからです。実は,学生時代から好きなテーマで,それまでにさまざまな手法で銀鏡反応を行なってきたという事情もありました。

※「鍍金(めっき)」は日本語なので,「メッキ」とカタカナ表記はしません。

2.美しい鏡づくりの工夫 (1)名人芸
  教育センターへ異動した直後に,中学生対象の銀鏡反応による鏡作り講座を担当しました。馴染みの実験で自信もあったのですが失敗続出となり,きれいな鏡が出来たのは半数にも満たないという惨憺たる結果となりました。バットの中に水平に置いたガラス板上に銀めっき液を注ぐという簡単な操作だけに,不思議でした。どうやら,私自身が気付いていない微妙なテクニックが影響しているようです。なお,ガラス板の表面状態が大きく影響することは承知しており,中性洗剤による洗浄とともに超音波処理までしてありました(スズめっきは,意図的にしませんでした。)。

  全国の理科センターの先生(化学分野)に手鏡作りを聞いてみると,「あれは,名人芸でボクには真似できないなあ」「上手にする人がいるという噂だけど,見たことないよ」「時々,きれいなのができるよ」「ブドウ糖を少し腐らせるといいそうだよ」「温度を低くするといいらしい」「何かの薬品を添加するとできるそうだよ」などという,はっきりしない返事ばかりでした。また,手鏡サイズという大きな鏡作り講座の実施例を聞きませんでした。実は,スライドグラスを用いた小さな鏡作りは比較的簡単で,勤務先でも過去に実践例があります。しかし,大きくなると急に難しくなるのです。

  文献や実践例を調べると,「銀めっき液の工夫や温度管理」がポイントでした。その通りに追試を行いましたが,意味のわからない特別な試薬の追加や温度管理は、わずらわしいものです。そして,いずれの方法でもムラは完全になくなりませんでした。また,ガラス板が大きくなると,より難しくなるのは相変わらずです。

(2)「縦型銀めっき槽」
  文献通りに行って成果が得られなかったので,銀めっき液ではなくめっき槽の構造に着目しました。こう書くと簡単に気づいたようですが,追い込まれて苦しみ,ダメモトのコロンブスの卵でした。結果,シンプルな銀めっき液の処方とともに温度管理も不要となり,価値ある教材化に成功した考えています。実際に多くの方に体験していただきましたが,対象年齢にかかわらず失敗がほとんどありません。また,B5版という大きな鏡もムラなく出来ることがわかりました。

  めっき槽の構造に着目したきっかけは,試験管やビーカー側面にできる銀めっきが美しいことに気付いたこと,水平に置いたガラス板の裏面にきれいな銀めっきができたこと(銀めっき液が下に回り込んだ)などによります。つまり,銀めっきは銀粒子がガラス板に沈殿する反応ではなく,ガラス表面と銀めっき液の界面の反応によると考えられます。また,褐色の沈殿物(酸化銀?)が多く,それを排除しないとむらは解消できないと感じました。つまり,沈殿物で覆われる底にガラス板を置くべきではないという考えです。

  そこで,ガラス板を縦に保持して銀めっきを行ってみました。すると,むらのない美しい銀めっきとなり,驚かされました。講座が迫っており,追い込まれてのぎりぎりの開発でした。

  それから,さまざまな対象者に対し何度も講座を実施し,ほとんど失敗なしで500枚以上の手鏡ができました。時々,小さなムラ模様が出ますが,その理由はすべて明らかにできました(後述)。
透明ラッカーをスプレーした銀めっき面
こちらが鏡の裏面になります
(右端にタイムテープが貼り付けてある)
完成した鏡
タイムテープを貼った左端が素通しになっている
自作の枠に入れた手鏡

3.準備

(1)縦型めっき槽
「2枚用の構造」
  講座までの時間がなく,同時に2枚のめっきができる構造の縦型水槽を大急ぎで作りました。水槽の数を半分にして製作の手間を減らしたのです。もちろん,1つの水槽で2人が協力して実験できるよさも意識しました。ところが,この手抜き構造が問題点の把握にも役立つことがわかりました(後述)。

(1)ガラス板を12×15cmとしたのは,顔のほとんどが写る最小のサイズであることによる。
(2)ガラス板はトレーに乗せてめっき槽に出し入れするので,簡単で安全に作業できる。なお,作業中にガラス板がトレーから落ちることはない。濡れていて,トレーと強く貼り付いているからである。
(3)トレーに乗せた2枚のガラス板がめっき液中で倒れないように,V字型の斜め構造とした。左右にそれぞれ10度ほど傾けたが,高価なめっき液量を減らすため間隔はできるだけ狭くした。
(4)液はロートを利用した注ぎ口からシリコンチューブを通って下部より穏やかにめっき槽に流入する。これは,水平にしたガラス板に銀めっき液を注ぎ込む例で,滴下位置にムラ模様が発生しやすかったことによる。
(5)2枚向い合っているため,発生したムラの原因究明に役立った。2枚の対称位置にムラが発生した場合は「銀めっき液」に,片方なら「ガラス板」に原因のある疑いが高い。
2枚同時めっき型「縦型めっき槽」
(手にしているのが,ガラス板をのせたトレー)
1枚めっき型「縦型めっき槽」
(黒枠の透明アクリル板がガラス板をのせたトレー)

「1枚用の構造」
  2枚同時めっきタイプは,手間が省けるだけでなく,問題点の把握にも役立った。しかし,液量の関係もあって,いつも2枚作らねばならない。そこで,基本と考えられる1枚めっきタイプも作ってみた。
(1)写真の例では,収納に便利なように「ガラス板トレー」と「水槽」と「台座」の3分割構造とした。
(2)ロートを挟む目玉クリップと水槽に引っ掛けるフックを一体化した。
    シリコンチューブを水槽から外すと4分割になり,更に収納が楽になる。
(3)めっき槽:170×125×10mm(内のり),トレー:165×135mm,傾斜角:20度

「縦型めっき槽」1枚めっき型 フックを外し,ロートから液を排出 分離して収納可能

(2)銀めっき液
  試薬は,最小限必要な「硝酸銀・アンモニア水・ブドウ糖・水酸化ナトリウム」の4種だけとしました。これは,教材としてわかりやすさを意識したからです。

  反応は, [Ag(NH3)2]+ の含まれている液に,ブドウ糖を加えて還元し(ブドウ糖は,わずかにアルデヒド基を有するため還元作用がある。そのため,還元糖とも呼ばれている。),ガラス板に銀めっきをするという基本的な方法です。
  水酸化ナトリウムのOH-基によって(ウ)の反応を左に傾け,その時に不安定になった [Ag(NH3)2]+ を,ブドウ糖で還元するという反応機構だと思います。
  還元反応は形式上(エ)式としましたが(ブドウ糖のアルデヒド基-CHOの還元作用によって銀を析出し,自身は酸化して-COOHになる。),このようにAgOの還元によって銀めっきされるわけではありません。

  ここで興味深いのは,水酸化ナトリウム水溶液の添加量を変えると反応速度を制御できることです。そのため,季節による液温の影響を排除でき,液温調節が不要になりました。
  
(ア)  AgNO3 + NH4OH → AgOH + NH4NO3

(イ)  2AgOH → H2O + Ag2O↓    (褐色沈殿)

(ウ)  Ag2O↓ + 4NH4OH → 2[Ag(NH3)2]+ + 2OH- + 3H2O     (無色)

(エ)   Ag2O + -CHO → 2Ag + -COOH     (銀めっき)

(3)ガラス板表面の研磨と洗浄
  きれいな鏡ができやすくなりましたが,やはり,時々ムラがでます。しかし,縦型めっき槽のおかげで,ムラのできる原因がわかりやすくなりました。どうやら最大の問題は,ガラス板表面にありそうです。工業的には,スズめっきなどが行われているようですが,そういった余計な行程は教材には不向きと考えました。そこで,とにかく丁寧は洗浄作業をしました。結果,液状クレンザーとスポンジによる研磨洗浄が効果的なことがわかりました。
  液状クレンザーは,花王の「ホーミングクレンザー」をお勧めします。これは,50%の研磨剤と界面活性剤が含まれ,研磨洗浄に適しています。研磨剤は炭酸カルシウムで,磨くに従って次第に粒子が壊れて小さくなり,なめらかな表面仕上げが期待できます。他の商品で石英系の研磨剤の入ったものがありますが,ガラス板に傷がつく可能性があり,お勧めできません。

4.実験

(1)ガラス板の準備処理

ガラス板の洗浄・研磨

ア,ガラス板を磨く
  新聞紙の上にガラス板を置き,ホーミングクレンザーを滴下してスポンジで隅々まで丁寧に磨く。
  注1:途中でクレンザーを追加しない。
    (新しいクレンザーは研磨粒子が粗く,新たなキズが付く)。
  注2:ナイロンタワシは絶対に使用しない(ガラス板にキズが付く)。
  注3:ガラス板の角で怪我をしないように注意。

イ,石けんで手をよく洗う(重要)。

ウ,ガラス板を,水道水,次にイオン交換水で洗浄する。
  この時,ガラス板の下を持って(手も含めて)洗浄し,手の油汚れがガラス板に流れていかないように注意する。

エ,ガラス板をトレーにのせ,「縦型めっき槽」へセットする。

※一連の作業は手早く行い,ガラス板を乾燥させないこと。
※ガラス板の一端にタイムテープを貼り付け,そこを手で持つようにすると作業が楽になる。鉛筆で名前を書いておくと他と間違わないよさもある。当然,その部分は鏡面にならず素通しとなる。しかし,その部分の裏に名前などのシールを貼り,自作を主張することができる。

(2)銀めっき液の調整
「A液」の調整
  5%硝酸銀水溶液70mlをマグネチックスターラーで撹拌しながら5%アンモニア水7mlを入れると,褐色沈殿( Ag2O )ができる。更に,5%アンモニア水を滴下して褐色沈殿の消えた( [Ag(NH3)2]+の生成 )ところで止める。
  注:市販のアンモニア水の濃度は安定せず,この通りの量にはなりにくい。

「B液」の調整
  10%ブドウ糖70mlに4%(1mol/l)水酸化ナトリウム水溶液を入れる。4%水酸化ナトリウム水溶液は,温度によって5〜20滴ほどで加減する。温度が低いほど量を増やす。

(3)銀めっきの手順
ア,「A液」「B液」を混ぜあわせた後,5秒してからロート部分よりめっき槽に注ぎ込む。   注:反応に問題がない場合,この5秒で,薄い黒褐色の液になる。

イ,15〜30分程してから,ロートより銀めっき液を排出する。

ウ,洗浄のため,イオン交換水をロートより注ぎ込み排出する。(2回)

エ,めっき槽よりトレーを取り出し,鏡となったガラス板を新聞紙の上に移す。   注:トレーを少しねじるようにするとガラス板が浮き,外しやすい。

(4)仕上げ
ア,ヘアドライヤーで熱風乾燥後,透明ラッカースプレーを吹き付ける。黒スプレーの方が優れているが,まわりを汚すと目立つので避ける。

イ,ラッカーが乾いた後,銀めっきされてない方の汚れをソフトキッチンクレンザーとスポンジで磨いて落とす。

ウ,水洗した鏡を自作の額縁にはめ込むと手鏡の完成。

5.より大きな(B5サイズ)鏡作り

  B5サイズの「縦型めっき槽」を製作し,より大きな鏡作りもしました。このような大きな鏡をたくさん製作する機会は少ないので,1枚めっきタイプとしました。手鏡と同様にガラス板はトレーで出し入れします。
  鏡を作ると,やはりムラがほとんどなく,同じ考え方で大型化できることが証明できました。ここまで大きくなると見事なものです。

B5サイズ用「縦型めっき槽」 完成したB5サイズの鏡

6.備考

  「縦型めっき槽」でできた鏡は,ムラがほとんどない美しい仕上りとなります。めっき槽の上下で銀めっき膜の厚さに違いができそうに思いますが,ほとんどわかりません。液の濃度や量を変えてもムラの発生はほとんどなく,逆に最適濃度を選びにくい程です。極端に条件を変えると輝きを失った白っぽいめっきとなりますが,それでもムラは発生しません。

  ガラス板の端から流れたような模様が発生することがあります。これは,手の油が流れ出た跡です。よく手を洗うことと,(1)ウ,の手順を厳守することで解決できます。

  尾を引いたような1cm程度の真っ直ぐな細い模様がいくつか出たことがあります。ガラス業者に聞いたところ,ガラス原料の石英砂がよく融解していない部分であるということです。鏡専用の高価なガラス板を用いれば解決できようですが,特別な素材は用いたくないと考えています。そのため,この実験で用いたガラス板は,窓用の普通のものです。

  このように,「縦型銀めっき槽」によって試薬のシンプルな処方を実現するとともに,「ガラス表面の研磨・洗浄」が大切であることがわかりました。結果として銀めっきが固体のガラス板と液体の銀イオンとの界面での反応であることが予想できます。証明するには不十分ですが,実験を工夫する中で反応機構を考えさせられました。

  市販の鏡は,銀めっきに銅めっきを重ね,さらに塗装をして飛躍的に寿命を延ばしています。これは商品としての技術であり,そこまで徹底するつもりはありません。そのため,保存状態によっては数年後に銀めっき膜が酸化したりはがれたりするかもしれません。残念ですが,それも興味深い化学変化です。
 
自由利用マーク  
《SUGIHARA  KAZUO》