水の加熱還元  
オリジナル実験


  
★観察実験には専門知識と経験が必要です。本サイトの閲覧は理科教育関係者に限らせていただきます。★

1.目的    理科で水の還元実験というと,電気分解に決まっている。準備が簡単であるとともに,水素と酸素が2:1の体積比で得られるよさがある。しかし,用いる水には電解質として水酸化ナトリウムを加えることになっており,「本当に水の電気分解?」という素朴な疑問も出てくる。また,その濃度が1mol/l程度ということもあり,細心の注意が必要になる。
   結果,取り扱いやすい実験器具の工夫や改良が広く行われてきたが,複雑化して返ってわかりにくくなっている場合も多い。そこで,水を金属で還元して水素を得る実験を工夫をした。

   これは,フランスのラボアジェが200年前に行った有名な実験で,加熱した「銃身」に水蒸気を通して「水素」を得た。水から燃える気体「水素」を得たのは,当時としては驚きの結果だった。彼の気体の化学の研究は,当時のフロギストン説(熱素説)の誤りを次第に明らかにし,化学の近代化につながった。この有名な実験を現代に蘇らせようと考えた。。


2.概要    ラボアジェの方法を「水道鉄管」で代用したが,確認できる程の水素は得られなかった。そこで,「銅網」→「銅線」→「鉄粉」→「スチールウール」などの入手しやすい金属を途中に詰め,その部分をガスバーナー加熱することにした。なお,この段階から鉄管である必要がなくなったので,中が見える「石英ガラス管」に替えた。加熱はガスバーナー1台とし,水蒸気は小型の電熱器加熱によって発生させ,生成した水素は水上置換法で捕集した。

  結果,鉄粉とスチールウールの性能がよかったが,どちらも驚くほどの量の発生があるわけではない。電気分解の場合では,1Aの電流を10分間流して理論上70cm3の水素が得られるが,それとよく似た量である。また,鉄粉は石英ガラス管に詰めにくく,また,スチールウールと違って反応前後の色変化もわかりにくく,以後の研究対象から除外した。

   こうして「スチールウール」を選び,その用い方を工夫して,驚くほど多量の水素が急速に発生する条件を見つけた。
水蒸気の還元装置
図1 水蒸気の還元装置


3.実験器具の工夫

(1)銅めっきスチールウール
銅めっきスチールウール
図2 スチールウール(左)と
丸めた銅めっきスチールウール

「物理的工夫」
   スチールウールは,最も繊維の細いもの(例:ボンスター0000)を用いる。多く詰めるほど表面積が広くなり還元に有利と考えられるが,水蒸気の通過に障害となるだけでなく,実験後に取り出せなくなる。ガスバーナーの炎の幅も考え,長さ約60mmで3g程度を用いる。

「化学的工夫」
   この実験はスチールウールと水蒸気との酸化還元反応であり,電子を受け渡しやすい条件を作れば迅速に反応が進むはずである。そこで,鉄よりイオン化系向の小さい金属をめっきし,局部電池を形成することにした。
   スチールウールは,よりイオン化傾向の小さな金属イオンを含む水溶液に浸けるだけで簡単にめっきされる。そこで,[銅めっき][ニッケルめっき][銀めっき][鉛めっき]などを行って性能を比べると,いずれも水素の発生速度が数倍になり驚かされた。特に,銅めっきとニッケルめっきと銀めっきは優れていた。
   銅めっきは茶色っぽい色変化でめっきを確認しやすく,ニッケルめっきは銀白色の金属光沢を示す。授業効果を考えてどちらかを選択すればよいが,めっきしたことを確認しやすい銅めっきとした。反応後は,スチールウールは真っ黒になり,酸化されたことがよくわかる。 なお,銀めっきは,用いた硝酸銀水溶液は高価であると共に危険(劇物指定)なので除外した。
   銅めっきが進みすぎるとスチールウールが銅に置き換わってぼろぼろになるので,用いる水溶液の濃度と量を設定した。1%硫酸銅水溶液なら10cm3の量に10秒程度浸けるだけでよい。

(2)石英ガラス管
   ガラス管は強熱によって融ける可能性が高い。また,ガラス管内部に結露した水や操作ミスで内部に引き込んだ水上置換用の水などが高温部に接触し,ガラス管が破損する可能性もある。そこで,反応容器に石英ガラス管(内径10.0×外径12.5×長さ300mm)を用いた。石英ガラスは高温や急激な温度変化に耐えるだけでなく,熱の伝導もよい。ただ,石英ガラスは汚れ易く汚れが取れにくいという欠点があり,早目の洗浄が欠かせない。また,かなり高価である。

(3)水蒸気発生装置
   水蒸気の発生速度と量は,還元反応と密接な関係がある。そこで,100cm3の三角フラスコに水と沸騰石を入れ,いくつかの種類の加熱器具で加熱して調べた。結果,200Wの小型電熱器が最適で,パワーコントロールの必要も特に感じなかった。しかし,もう少しよい加熱器具と加熱条件が探せるかもしれない。

(4)安全装置
   実験装置全体は細長いチューブ構造で,どこかが詰ると圧力が高まって危険である。そこで,水蒸気を発生させる三角フラスコのゴム栓に滴瓶用の小型ガラススポイトを挿し,ゴムキャップの代りに縁日で見かけるヨーヨー風船を取り付けた。実験中に風船が膨らみ始めれば内部の圧力が高まった証拠で危険信号となる。その場合,放置してもゴム風船が自然に外れるが,ハサミで切ってもよい。ヨーヨー風船は安全装置として確実に機能するだけでなく,安価で何度も使える。
   実験が終わって加熱を止めると内部の圧力が下がり,水上置換用の水を引き込んでしまう。そこで,加熱を止める前にヨーヨー風船を外しておく。ヨーヨー風船は手で簡単に外せるが,ハサミで切ってもよい。

(5)水上置換器具
   水素の出る口先部分をアクリル板によって固定し,水面へ延びるガイド棒をつけた。これによって,発生した水素を捕集容器(大型試験管)へ簡単に導ける。捕集容器は水を満たし,ティシュペーパーで口を覆ってから逆さまにしてビーカーの水に立てるとよい。

(6)その他
   石英ガラス管と水蒸気発生装置(または,水上置換器具)との接続は,[シリコンゴム栓(0AL)・なまし銅パイプ(外径4mm厚さ0.5mm)・シリコンチューブ(内径3×外径5mm)]の順で行った。1年間使用しても熱による破損はなかった。

装置1
  図3 ヨーヨー風船の安全装置をつけた水蒸気発生装置
装置2
  図4 ビーカーから取り出した水上置換器具


4.実験方法
水素の発生量
図5 水素の発生量


(1)銅めっきスチールウールの作成
※1%硫酸銅水溶液10cm3に,長さ60mmで3g程度のスチールウールを10秒浸ける。
  (スチールウールの一部が茶色っぽくなり,銅めっきを確認できる。)
  この処方は一例であり,必ずしも最適とはいえないであろう。更なる工夫を期待する。

(2)銅めっきスチールウールを詰める
  銅めっきスチールウールの水分を絞り,繊維に沿ってしっかり丸めて束にする。木の棒で,石英ガラス管の中央付近に押し込む。

(3)水蒸気の流入
  水蒸気を発生させ,水上置換器具から出るアワを観察する。ほとんどのアワが水中で消えるようになれば,石英ガラス管内部が水蒸気でほぼ満たされたことがわかる。

(4)加熱
  ガスバーナーの炎を最も強くして加熱を始めると,スチールウールが真っ赤になった頃から水素が吹き出すようになる。トーチバーナーを用いると発生はもっと激しくなる。

(5)発生した水素の確認
  水上置換器具で捕集して点火すると,ポッという音と共に水素が燃える。大型試験管に水素を約2/7程度捕集してから水面に引き上げると,残りの部分に空気が入る。これで,ちょうど水素と酸素が2:1比になり,点火すると大きな音がしてわかりやすい確認ができる。

(6)酸化したスチールウールの確認
  冷えてからスチールウールを取り出すと,炎の当っていた部分が真っ黒になっている。これによって,スチールウールが酸素を奪い(酸化し),水が水素になった(還元された)ことが理解できる。

※図5で用いたスチールウールの処理方法(上記とは少し違った処方である)
  「ボンスタースチールウール000,長さ50mm,重さ1.5g,1%硫酸銅水溶液10cm3に10秒浸漬後水洗」


5.備考

   [石英ガラス管]は,「諏訪工房(Tel.06-6783-1082)」の松岡秀起氏に加工を依頼しました。
   石英ガラス管が必要な場合はご相談ください。

    この実験は,「平成9年度東レ理科教育賞(第29回)」を受賞しました。
自由利用マーク  
《SUGIHARA  KAZUO》