クラス編成の弾力的運用はできるか
 『40人学級、巨大の認識乏しく』 

  

滋賀県立大学教授 大谷泰照

※朝日新聞(大阪本社版・1998年8月7日)より転載

  中央教育審議会の地方教育行政小委員会が五日、小中学校の学級人数などについて、編成基準の40人にとらわれず、教育委員会の判断で弾力化することで合意したという。だが教員の増員は認められておらず、本当に実現できるのだろうか。これまでを振り返り、この問題について考えてみたい。

新たに10万人教師採用

  クリントン米大統領は今年1月の一般教書演説で、情報の時代とは教育の時代であり、その意味で教育は、今日のアメリカにとってはもっとも優先順位の高い問題であるとの考え方を、あらためて鮮明に打ち出した。そして、教育改革のカギは、良い教師が小人数クラスで教えることであるとして、新たに10万人の教師を採用し、全米の小学校低学年のクラス規模を、現在の22人から18人にまで削減して、生徒指導を徹底させるという思い切った提案を行った。

  ちょうど同じ頃、わが国では中学生による殺傷事件が相次いで起こり、世間の大きな話題を呼んでいた。学校教育は危機的状況とまでいわれながら、しかし結局は、「生徒一人ひとりについての観察と指導を一層きめ細かくすることが肝要である」などの指示が出された以外は、とくにそのための教育条件の具体的な改善は、ほとんど何も行われて来なかったといってよい。

  わが国の公立小・中学校の学級編成基準の上限である40人についても、これが教育的には、いかに巨大クラスであるかという認識さえも、われわれ日本人の間には乏しい。

  しかし欧米では、日本の義務教育の学級編成基準が40人であると説明しても、容易には信じてもらえない。イギリスでは、40人(forty)と聞いて、それは14人(fourteen)の間違いではないのかという質問さえ大まじめに出てくる始末である。彼らにとっては、40人クラスとは、とても普通では考えられないunmanageable(「手に余る」)なクラス規模なのである。

  教育実態の国際的な比較研究で知られる国際教育到達度評価学会(IEA)の調査によれば、1964年当時、欧米諸国の中学校の大半がすでに20人台のクラス規模を達成していたが、なお30人台の国も残っていた(たとえばフィンランド36人。日本は41人)。ところが80年になると、欧米では30人を超えるクラスをもつ国はただの一国も見当たらない(最大はスコットランドの28人。フィンランドは22人。日本は39人)。

  実は欧米では、過去90年以上にもわたって、クラス規模と教育効果の関係については、おびただしい研究が行われてきた。中でも、特によく知られているのがアメリカ教育研究学会元会長のグラス教授グループの研究である。その研究は、90万人の生徒を被験者として、 (一)クラス規模は小さくなるほど教育効果が上がること、(二)特に、クラス規模が20人を下回ると教育効果が一層顕著であることを明らかにして、クラス規模と教育効果の相関関係の大きさを指摘している。

EUは12人上限を勧告

  それによれば、40人クラスで一般教科の学力テストに50%段階(中位)の成績をあげた平均的生徒を、20人クラスに移してみると、100時間の授業が終わった段階では、元の40人クラスの60%の生徒より高い成績をあげるという。もし同じ生徒を5人クラスに移して100時間の授業を受けさせれば、元の40人クラスの80%の生徒を上回る高い成績をあげるという結果を報告している。これは、少人数クラスになると、生徒指導がいかに行き届くかを明瞭に示すものである。

  このような研究成果をもつ欧米では、教育を軽視しない国ならば当然、義務教育段階で30人を超える大クラスは一般には考えられない。欧州連合(EU)は加盟各国に対して、義務教育のクラス規模の上限を12人にする勧告を行っているほどである。クラス規模は、いまや欧米では、その国や学校の教育的熱意のバロメーターとさえみなされている。

  ところがわが国では、クラス規模と教育効果の関係について組織的研究は、まことに不思議なことに、国や地方自治体レベルでも、また大学においてさえ、これまでほとんど全くといってよいほどなされてこなかった。それでいて、欧米の研究成果に学ぼうとする姿勢もまた希薄である。教育条件の改善は棚上げにして、かっての「足りぬは、足りぬは、工夫が足りぬ」の精神主義的スローガンそのままに、今ももっぱら教師の意欲と熱意だけが問われ続ける。

敗戦直後の目標未達成

  確かに、敗戦直後の焦土のなかで出来上がった『学習指導要領』(昭和22年)では、特に外国語クラスについては、文部省は自ら「1学級の生徒数が30名以上になることは望ましくない」(第五章)とうたい上げていた。しかし、世界の経済大国といわれるまでになった今日のわが国でも、この目標はいまだに達成されないままである。

  そこで、クラス規模では、すでに平均10人台を達成しているロシアが、いまだに40人の大クラスを組んでいる日本に対して、独・米に次ぐ大型経済援助を求めるという、まことに不可思議なことにもなる。わが国は、国内総生産(GDP)では日本の十分の一にも満たない欧米各国に比べても、教育的にみると、はるかに「後進国」であるという自覚が、いま必要であると思われる。


※赤字の強調は,SUGIHARAによる。