「…アキハ…アキハは…秋葉は?」

 二言目には、その名前が登場する。

「…秋葉は、寂しがってないか?」

 何時も、何年もそのことを尋ねる。

「…そうですね…」

 女の答えは変わらない。

「いつも、お兄さんのことを気にしていますよ」

 人形のような笑顔を浮かべて、そう答える。

 

 壊れる…壊れていく…

 

 俺が…私が…自分が…

 

 

「…月が…きれいですね…」

 

 

 女の言葉は、どこか寂しげに聞こえてくる。…それは、初めてのことかもしれなかった…

 

 

 

「くく、くくくっ、ぎゃはっ…ギャハハハハハハ……」

 

 

 狂った笑い声をまき散らしながら、肉を引き裂き、血を噴き出させる。

 手に持ったナイフを振りかざしては、腕に、足に、胸に、腹に、顔に、突き立てては、引き裂き、血をまき散らす。

 そんな行為を、女は驚きもせずにただ眺めるだけ。

 

 狂っている、狂った光景だ。

 

 …自分の体を泣き笑いの表情で切り刻む男と、それを止めもせずにぼんやりと人形のように眺める女…

 

「なんだよ、だれだよ! ふざけるな!! 出てけよ、でてけよ!!」

 ザクザクと額にナイフを突き立てながら、泣き叫ぶ。

「シキ、志貴、シキ、志貴? …殺す、殺してやる!!」

 左腕をバラバラに刻みながら、怨嗟の声をあげる。

「…秋葉、アキハ、アキハ、あきは…」

 やがてナイフがボロボロになって、取り落とす頃には、壊れたラジオのようにその言葉を繰り返すだけになる。

 

 そうすると、思い出したように女も動き始める。

 規則的に男のボロボロの体に包帯を巻いていく。

 特に傷薬をぬるわけでもなく、ただ包帯を巻き付けるだけ。

 入院の必要性すら感じさせる怪我だというのに、ただ包帯を巻き付けるだけ。

 やがて、全身をミイラ男のようにすると、女はそこを後にする。

 

 広い敷地に、白い建物、この夜の闇の中、そこに存在するのは二人だけしかいないほどの、寂しい場所。

 

 

 ただ、月だけがそれを眺めていた。

 

 

「いろいろと、壊れてきたな」

 女がいなくなったことを完全に確認したのち、そうつぶやく。

 何が…というと、いろいろはいろいろだった。

「…ふむ、やはりあるか…何を考えているのやら」

 女の置いていった荷物の中に、新しいナイフを発見して、苦笑をせざるをえなかった。

 そのナイフだけを取り出すと、新しい着替えには目もくれず、部屋を後にする。

 『科学準備室』と書かれた部屋のロッカーから、白衣とズボンを取り出すと、それに着替える。

 

「…確かに、月がきれいだな」

 

 

 わき上がる笑みを抑えずに、ほぼ真円を描く月を眺めながめた。

 

 

「…出てきたらどうだ?」

 

 ごくかすかながら、隠しきれない殺意を感じて、そう声をかける。

「奇襲は、失敗しているぞ」

 

 コツコツコツ…

 

 夜の校舎に、足音がひびく。

 

「…そのようですね」

 廊下の向こうから登場したのは、予想通りの顔だった。

「くくっ、過ぎたおもちゃを持ってきているな」

 その手には、第七聖典が握られていた。

「あなたを完全に滅ぼすには、これくらいしか思い付かなかったものですからね」

 淡々とそう答える娘…そう、二人居る…二人しか存在しない私の娘。

「罪滅ぼしのつもりかな、エレイシア?」

「自分のため。それ以上のことは建前でしかないです」

 そこで会話は終わりだと言わんばかりに、第七聖典を構える。

「ふふふっ、そういえばあの後どうなったのかな?」

「………」

 何も答えないエレイシアに構わず、言葉を続ける。…この体の持ち主の影響か、饒舌になったようだ。

「そうそう先日、結構上の方が騒がしかった気がするが、君たちの仕業かな?」

 ニヤリとそう言ってやると…

 

「黙りなさい!!」

 

 第七聖典の裏にしこんでいた黒鍵を3本放つと、こちらに一直線に突っ込んでくる。

 最小限の動作で2本をかわし、1本を左手で受ける…黒鍵にしこまれた手甲作用の衝撃を受け流しつつ、右手のナイフで迎撃の体勢をとる。

 懐に飛び込んできたエレイシアの…更に懐に飛び込むと…

 

「…ここが、お前の死だ」

 

 

 胸に深々とナイフを突き立てた。

 

 

「〜〜〜〜!!!!」

 

 ガクリとよろめく体を無理矢理ひっぺがすように、エレイシアが離れる。

「不死身の死、なかなかいい感じだろう」

 よろよろと後ずさるエレイシアに、そうにこやかに告げる。

 

 はじめはワケがわからなかった。目が壊れたのかと思った。

 

「くくく、素晴らしいとは思わないかね」

 

 共融の能力からわかった、この目の力…神話にしか存在しない『バロールの魔眼』…死を直視する恐るべき能力。

 

「エレイシア、お前にも死があったんだなあ」

 

 これほどの興奮は久しぶりだった。

 

「セブン!!」

 

 ドウン!!!

 

「くっ!」

 狙いもつけずに、いきなり第七聖典からの一撃をくらわせてきた。

 正確ではないために、ほとんど避ける必要はなかったが、正確ではなかったために、予測もできなかった。

 視界の端で、エレイシアが窓から飛び降り…落ちたのをとらえる。

「ふっ、逃げたか」

 追いかけようかとも考えたが、面倒だし、追いつくかも微妙だったのでやめることにする。

「できそこないながら、戦闘者としてはなかなか優秀だからな」

 大事の前に、あまり小事にこだわりたくもない。

 

 

「さあ、月の姫よ!! ダンスを舞おう!!」

 

 

 

 明日は、満月だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Masqurade.

Blue Blue Glass Moon, Under the Crimson Air.

night closed night.

other night, night pain, night sink.

is NIGHT / STAY NIGHT.

 

 

 

Shall we Dance?

Please dance with...under the Moon.

 

 

Kill me.

Kill you.

 

 

 

 

 

 

Lunatick...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なっ…ななななななっっっっ!!!!!!!!!」

 

 何が起こった…何があった…何をされた…

 

「し、ししししし…」

 

 わからない…まったくなにも、わからない…

 

「…しししししし……」

 

 奴が消える…奴が消えた…奴に殺された…奴も殺された…

 

 

「しぃぃぃきぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 わからない、何もわからないが、絶対に許さない!

 

「しぃきぃ!!」

 

 下半身がない、胸にナイフがささっている! …知るかよっ!!

 

「しぃぃきぃぃ!!!」

 

 血を固めて下半身を捨てる、ナイフはそのまま放置する、両手を使って、奴へと駆け寄る!

 

「しぃぃぃきぃぃぃ!!!!」

 

 

 殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…殺す…殺された…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…コロス…コロサレタ…

 

 

「殺してやるぞぉぉ!!! 志貴ぃぃぃ!!!!!!」

 

 

 

 ドンッッッ!!!!

 

 

 あたま…あたまに…

 

「へっ…」

 

 あたまに…なにか…くろい…

 

 

 パァァアアァァァンッッッッッ!!!!

 

 

 蒼い月と…紅い瞳…

 

 

 

「お待たせ、志貴くん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

 再会…

 

 少女と少年が…

 吸血鬼と人が…

 

 死神と死神が…

 

 

…それは、何を呼ぶのか…

 

 

 

                                    次回、「吸血鬼 皐月」

〜影の章〜

 

 

 

 


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