「ふー、なんとかなったわね」
どこか疲れた笑顔…いや、どちらかと言うならば…こちらの出方を伺う様な顔で、華凛がこちらを見上げてそう言った。
「…結果的にはな」
華凛らしいと言えなくはないが、あまりに軽率な行動であったことは間違いない。結果こそ勝利を得られたとは言え、それは私達の力が勝ったのではなく、娘への愛情が勝っただけのことである。
「…誰に似たのやら」
「げぇー、またあのごーつく婆さんに似てるとか言わないでよね」
華凛が嫌そうな表情をしながらも、どこか嬉しそうな口調でそう聞き返した。
「いや、今回の独り言については、華凛のことではない」
そう、華凛が凛に似ていることなど、今更言わずもがなのことだった。
「それじゃあ誰のこと?」
「藤嗣のことだ。あの優しさは桜に似たのか、あの甘さは衛宮士郎に似たのか」
いずれにしても、聖杯戦争を勝ち抜くには足りない資質と言えよう。
しかし、藤嗣のことを考えると、どこかに小骨が引っかかった様な妙な違和感がある。そしてそれは、あの優しさとも甘さとも呼べるあのシーンにもっとも感じた。…故に理解した。
「親父に…切嗣に似ていたからか」
霞がかかったような記憶の奥底に眠っていながらも、忘れることのできない最期の表情、それに恐ろしいほどかぶることがあった。
…ただ勝利のために、どこまでも冷酷になったとセイバーに聞いた…
…ただ胸の内の正義のために、家族すらも捨てたとイリヤに聞いた…
…ただ逃した勝利のために、最大級の呪いで死んだと言峰に聞いた…
…ただ正義に殉ずる尊さを、限りない憧憬を以て衛宮士郎に残した…
「…血のつながりはなくとも、親子だったということか…」
思わずもらした言葉に対して、華凛も言葉をもらす。
「…そう、ね。血のつながりはなくても、どこか士郎さんに似ているとこがあるわね」
…それは、なにか決定的におかしな話だった…
「…ちょっと待て、華凛…」
混乱する頭を整理しながら、その整理のために華凛に疑問点をぶつける。
「藤嗣が衛宮士郎と間桐桜の子供ではないのだな?」
「そうよ、その二人の子供は雪芽さん、優しくてとても素敵な人だったわ。藤嗣さんはその旦那さん、婿養子になるわね」
「では、なぜ藤嗣がマスターになれる」
「えっ、そ、それは…も、ものすごい偶然で魔術師だった…とか…」
「では、偶然に二人はひかれあい、この冬木の街の衛宮の家に入ったということか」
「んー、なんか悪意のある言い方だけど…でも、もう終わったことじゃない」
華凛が非難がましい表情でこちらを見上げて言う。だが、私が奴に感じる疑問の最大級のものは、実はまだしていない、何の根拠もない、ただそう感じてしまったから…
「では、なぜ奴はあんなにも、衛宮切嗣に似ているんだ?」
「えっ? …き、きりつぐ?」
顔中にハテナマークを浮かべる華凛にかまわず、華凛を横抱きにすると元来た道を駆け戻る。
「ちょっ、ちょっと、なんなのよー!?」
「嫌な感じがする、もし私の考えが…私の勘があたっているなら、まだだ」
「何がっ!?」
「まだ終わっていないっ!!」
最大速度で駆け抜けると、塀を飛び越え、土蔵の前で急ブレーキをかける。
「きゃっ!」
かわいらしい悲鳴をあげる華凛にかまわず、ためらうことなく…
ザン、ザザン!!
鍵と鎖のかかった扉を切り開いた。
「あ、そんな勝手に…って、えっ…」
土蔵の中を…月明かりに照らされたものを…その中にあったものを…自分の目に飛び込んできたものを見て、その異様さに…華凛が言葉をつまらせる。
「おそらくは…」
セイバーは…今回のセイバー、安倍清明は確かにこう言った。
…そう言われてもね、マスターの危機と感じれば来ないわけにはいかないだろう?…
土蔵の中に転がっているのは、人形だった。
「えっ、でも、人形じゃない…」
震える声で、華凛が言葉をひねり出す。
「そう、人形だ、もう動かない…生きてはいない」
「そ、そんな、だって、人形は動かないし…生きてるも死んでるも…」
ではなぜ、そんな震えた声を出すのか…答えは簡単だ。華凛ももう気づいているからだ。
「もう一体転がっているようだな、ランサーのマスターだった奴か」
暗闇の中、もう一体の人形があるのが視認できたので、そう断言した。
「で、でも、人形…」
「そうだ、人形だ、だがわかっているだろう、華凛。ただの人形ではないことが…いや、なかったことが」
一体の人形…おそらくセイバーのマスターだったものには、まだかすかに魔力の残留を感じる。つい先ほどまで、かすかに生命の息吹があったことを感じる。
「…奥も、確認していいか?」
衝撃を受けている華凛は、顔をあげてぼんやりと何でそんなことを聞くのかという表情をする。そして…
「…あまり、楽しいものはないんですけどね」
月明かりの中に、その男は姿を現した。
先ほどまで娘と熱い抱擁をかわしていたはずの男…衛宮藤嗣は、痛ましそうな目で華凛のほうを見つめている。
「…藤…つぐ、さん?」
「…ええ、そうですよ」
華凛のあまり意味をもたないつぶやきに対して、そいつが答える。
「…お前は、なにものだ?」
「…こまり、ましたね」
私の明確な質問に対して、そいつはかすかに表情を歪めて答えに窮する。
「…聖杯を求める魔術師の一族に、覚えがある」
「………」
「…どんなことをしてでも、聖杯を求める魔術師の一族に、覚えがある」
「……」
「…その姿をした魔術師が、その一族に関わっていたことも、知っている」
「……そう、ですか」
一度顔を伏せ、上げたその表情にはもう迷いは見られなかった。
「…ご想像の通りです。私の名前は…衛宮、藤嗣…
…フォン、アインツベルン…」
「あ…アインツベルンって…」
「やはりな…」
「だったら、もうわかりますよね。アインツベルンのサーヴァントが何か…なんて…」
藤嗣はゆっくりと微笑むと言った。
「…そこ、あぶないですよ」
〜第八章〜
〜咆吼は、大巨人の雄叫び〜
「があああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」