「セイバー!!」
「安倍清明…」
華凛を背後にかばいつつ、突如現れたセイバーに向き直る。
「唐突な登場だな、私たちを追ってきたのか?」
干将莫耶を構えながら、じりじりと間合いを取る。
「質問をしているのはボクなんだけどね」
奴はこちらの動きを目で追うだけで、特に行動を起こす感じは見られない。
「私たちを追ってきた訳ではない…となると、残る理由は限られてくるが…」
その場にやってくる新たな存在を感じ取りながら、そう口にする。
「…まさか、そんな…」
華凛もその理由に思い当たり、かすかな驚きの声をあげる。
「ここには来ないように言っておいたはずですが」
その場に現れた新たな人物が、静かに口を開いた。
「そう言われてもね、マスターの危機と感じれば来ないわけにはいかないだろう?」
安倍清明は、例の飄々とした顔に歪んだ笑いをひっつけてそう答えた。
「つまり…」
「…そういうこと?」
華凛はゆっくりと背後を振り返り、この家の主へとそう問いかけた。
「…そういうこと…になりますね」
微苦笑を浮かべて、そいつ…衛宮藤嗣はそう答えた。
〜第七章〜
〜其処が、百鬼夜行の果て〜
「…今更と思われるかもしれませんが、華凛さん…あなたとは戦いたくありません」
清明を背後に従えて、藤嗣がそう言った。
「…それは私も同意見ですね」
華凛も、私の前に出て彼らに相対した。
「あなたの安全は保証します、令呪を…アサシンを送り返してもらえませんか…」
あまりにも甘い申し出を、真剣な眼差しで語る。
「…モモのためにも」
最後の一言に、華凛の肩がふるえる。
「…そうね…」
華凛がこれから何を言うかなんて、もう予想できる。会って間もない、…にもかかわらず、はっきりとわかる。華凛であるならば、必ずだ。
「あなた達の安全は保証します、令呪を…セイバーを送り返してください…」
「…モモのために」
こちらからは見えないが、華凛の眼差しも負けずに真剣なものであるはずだ。
長い数秒間の沈黙の後…
「…交渉…」
「…決裂、ですね」
「あとは任せます、くれぐれもマスターには手を出さないように」
藤嗣が下がりながら、そう清明に声をかける。
「任せたわよ、士郎」
華凛も私の後ろに下がりながら、いろんな意味を含んだ短い言葉をかけてきた。
「まあ、できるだけな」
そして次の瞬間…
ヒ ャ ッ キ ヤ コ ウ
「…
”其れは、楽しき地獄絵図”」
…サーヴァントとして、甘すぎたことに気づかざるを得なかった。
「体は剣でできている」
周囲を食らっているが如く、奴の影が猛烈な勢いで広がっていく。
「血潮は鉄で、心は硝子」
光を内包する闇…その混沌は衛宮邸の空気を一瞬で変える。何も変わらない…何かが変わった…何もかもが変わった…渦巻く気配と陰気、あっさりと衛宮邸は魔界へと転じてしまった。
「幾たびの戦場を越えて不敗…」
「…最後まで唱えさせるわけないね…」
「ぐっ!!」
私の影から突如現れた何かからの一撃を、かろうじて干将莫耶で受ける。
「百鬼夜行の丑三つ時は〜物陰には気を付けろ〜何がいるかは〜」
奴のふざけた歌にあわせたように、続けて現れ出る何かの攻撃をかわして一撃、さらに現れる何かを切り払う。
「見ての、お楽しみ♪」
全部で9体…餓鬼やら天狗やら河童やら…日本の妖怪図鑑に載っているようなものばかりがズラリと並ぶ。
「…これはこれは、なかなか壮観だな」
干将莫耶を構えつつ、背中に冷たいものが流れるのを感じずにはいられなかった。
こいつらから感じる力は、式神、使い魔などという言葉で言い表すには役不足…あえて表すとするならば…
「…サーヴァント…嘘でしょ…」
華凛がふるえる声でそうつぶやいた。
「おっと、お姉ちゃん、それ以上近づいちゃあダメだよ」
清明の言葉に、華凛がびくっと立ち止まる。
「そこから先はボクの世界だ。鬼の渦巻く世界、喰われても保証しないから」
首のない鎧武者の刀を干将で受け、カラス天狗の刀を莫耶で流す。
「…なるほど、呼ぶだけ呼んで、後は放置ってことか」
お互いを喰らいあう餓鬼共、天狗と河童の死闘…そんな地獄絵図が、すべてを物語っていた。
「あたり〜。けけけ、これだけの鬼共、御せるわけないだろ」
共食い、相打ちと一方で数を減らしながらも、建物の影、岩の影、果ては石の影からでも鬼共は次々と現れて、確実に数を増やしていく。
「くっ」
全てが襲ってくるわけでも、連携をとってくるわけでもないが、片手間でさばけるほど弱くはない。
「おーおー、がんばるねー」
防戦一方の私をあざ笑うかの様…いや、確実にあざ笑いながら、奴がこちらに無造作に近づいてくる。
奴は奴の世界の中心にいながら、奴自身の世界には存在しない。
見た限りでは奴を中心とした周囲数十メートル…あくまで周囲…それが、やつの固有結界…”其れは、楽しき地獄絵図”の範囲なのだろう。
ゆえに奴は周囲の地獄絵図にトンと注意を払うことなく、ああしてケラケラと笑いながら無造作に歩いていられるのだろう。
小石の影から現れた、身の丈3メートルを超える大ザルに干将莫耶をつかまれる。
「こいつっ」
刃が確実に食い込んでいくのも構わず、放す気配はない。それを勝機と見たか…
オ ニ キ リ マ ル
「
”神魔諸共に斬滅す刀”」
奴のもう一つの宝具が、干将莫耶を握ったままの大ザルを紙の様に切り裂いた。
「…お構いなしってことか」
数歩下がった私は、新たに作り出した干将莫耶を構える。
「ちぇっ。…まー、機会はいくらでもできるだろうけど」
奴はそう言い残すと、再び私から距離をとる。代わりに現れるのは中華風の甲冑をつけた鎧武者に、額に札を貼ったキョンシー…鬼も多種多様になってきており…つまり、更に数を増やしているということだ。
悔しいが、奴の言うとおりであることを認めざるえない。
ほとんどが私そっちのけで暴れているとはいえ、相手をしなければならない鬼の数は確実に増えてきた。
「時間の問題だね」
うるさい、わかっている。
薙ぎ、払い、防ぎ、止め、突き、貫き、避け、受け、食らい、かわし…
「負けはわかってるんだから、諦めればいいのに」
わかっている、わかっているさ。
薙ぎ、払い、防ぎ、止め、突き、貫き、避け、受け、食らい、かわし、傷つき、傷つけ、斬り、切られ、蹴り、蹴られ、殴り、殴られ、吹っ飛ばし、吹っ飛び…
「マスターへの義理立て? 心配しなくてもボクは手を出せないんだから。…ほーんと、残念ながらね」
薙ぎ、払い、防ぎ、止め、突き、貫き、避け、受け、食らい、かわし、傷つき、傷つけ、斬り、切られ、蹴り、蹴られ、殴り、殴られ、吹っ飛ばし、吹っ飛び、はじき、はじかれ、ぶつかり、ぶつけられ、当たり、当てられ、当てられ、当てられ…
「…そろそろ、かな」
当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ、当たり、当てられ、当てられ、当てられ、当てられ…
遠のきそうな意識の向こうで…
いくわよ! 1番、 2番、 3番、 4番、 5番、 6番!
「
Ready? Set! Jan, Feb, Mar, Apr, May, Jun!」
…凛とした声が呪をつむぐ…
点火 発射! 攻撃!!
「
Fire. Fire! Fire!!」
…強烈な魔法の一撃が、私の右側面の鬼共をなぎ払い…
オ ニ キ リ マ ル
「
”神魔諸共に斬滅す刀”」
「ちっ」
…清明の眼前で鬼切丸になぎ払われて、消えた。
トレース・オン
「投影開始」
かすかに空いた一瞬の空隙をついて、まわりの鬼を一掃する。
「かりっ…」
「しゃべってる暇はないわよ、士郎!」
横に並んだ華凛に一言ぶつけようとしたところに、そう言われて口ごもる。
確かに、後から後からわき出てくる鬼達に対して、言葉をかわす余裕は一瞬たりともなかった。
「あ〜あ、しゃしゃりでてきてくれちゃって…」
清明は頭をカシカシと掻くと…
「…こりゃあ、しょうがないよね」
…嬉しそうにニヤ〜と顔をゆがめた。
「セイバー!」
「あっちが邪魔をするんだ、しょうがない、しょうがないよね」
藤嗣の言葉もどこ吹く風、清明は性根同様に歪んだ笑顔のまま、こちらを見据える。
マスターの言葉では止まらない、令呪でも使えば別かもしれないが、そこまで望むのは無理があるだろう…となると…
「士郎!」
なんとか華凛だけでも救う方法を模索しようとしていた私に対して…
「私は勝つためにあんたを呼んだ。あんたも勝つためにここにいる! 余計なことを考えるのは心の贅肉よ!!」
…ほんとに…
「私は全額あんたに張ったんだ! 覚悟なんてとっくにできてるわよ!!」
……しょうが、ないな…
しきり直し…その刹那…
カタ…
「…はぇ…?」
遠くで聞こえた物音と、戸惑いの声…
「あ〜あ、しょーがないよね、これは〜」
驚喜…狂気…にふるえる声…
「…モモッ!!!」
そして…
「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
全てが…世界が…奴が…止まり…
トレース・オン
「…投影…開始」
……………
……
「…あ〜あ、つまんない幕引きだ…」
全身串刺しになった奴は、そう言い残して消滅した。
後に残されるのは…
「…行くわよ、士郎」
「…ああ、わかった」
不思議そうな表情の少女を抱きしめる、安堵した表情の父親だけだった。