奴が動いた。

「むっ」

 あまりに自然に…あまりに素人くさく…

 

      オ ニ キ リ マ ル

”神魔諸共に斬滅す刀”

 

 奴の一撃を受けた干将が、音もなく切り裂かれる。

「なっ」

 返す刀を受けた莫耶も、同様だった。

「くっ」

 次の一撃をかわすために、大きく間合いをとる。そんな私をあざ笑うかのように、奴は余裕の表情で見守っている。

「その剣…」

 魔術の構成ごと切り裂かれた干将莫耶はすでに消え去っている。新たに作り直した干将莫耶を構えながらも、問わずにはいられなかった。

「…そう、魔術を切り裂く」

 奴はこっちの質問を読んでいたように、あっさりとそう答えた。

「鬼とは神秘であり、魔術でもある。

 強力な式であったり、魂が寄り集まり凝り固まったものだったり、偏屈が作り出した魔術工学物だったり、奇跡を守るための守護者だったりする。そんな鬼を斬るのには普通の得物では…普通の神秘では、傷一つ付けられない。

 耐魔を究極まで引き上げ、退魔を極限まで練り上げ、対魔を至高まで高め上げたもの…それが斬魔だ。

 その一つの結晶…」

 奴がふわっと飛び上がる。

 

            オ ニ キ リ マ ル

「それが、”神魔諸共に斬滅す刀”だ」

 

 斬り結ぶことも出来ずに、大きく飛び退く。切り裂かれた外套の一部がほどなく消滅する。

「そう、いかに強力な剣を投影しようとも、いかに強固な盾を投影しようとも、それが魔術で編み上げたものである以上、ボクの刀の前では紙の剣、紙の盾に過ぎない」

 奴はニヤリと笑うと…

「つまり、お前にとってボクは”天敵”ってやつだね」

 …そうのたまった。

「…確かに、あまり相性がいいとは言えないな…」

 

「し、士郎っ!」

 

「…そんなこと、会った瞬間からわかってたさ!」

 右手の干将を放つと、奴に向かって駆け出す。

「無駄な抵抗はやめたのかい? アサシン!!」

 明後日の方向を飛んでいる干将には目もくれず、奴もこちらへと向かう。

 

「セイバァー!」

「アサシンッ!」

 

 ゼロになった間合いの中、奴が振りかぶり、こちらも莫耶を切り上げる。同時に、干将が背後から奴を襲う。

 奴は一瞬ためらい…

 

「…ちっ」

 

 …あっさりと逃げをうった。

 

 ザシュッ!

 

 その、あまりにも予想通りの行動に、わずかにぶれた剣筋はやつの着物をかすかに切り裂いたにとどまった。

「…やってくれたな」

 憎々しげに斬られた着物を見つめると、奴が震えた声でそういった。

「…セイバーというには、あまりにお粗末な剣技だな。陰陽師殿」

 私がそう言うと、奴は一瞬ポカンとした表情を浮かべると…

「…なんだ、もうばれたか」

 …べろりと舌を出すとニヤリと笑った。

「なるほどなるほど、底がしれないなあ」

 くつくつと笑いながら、宝具を鞘へと納めた。

「…ひくのか?」

「ふっ、お互いまだ底を見せたくない時期だろう?

 せっかくのお祭りなんだ、もっともっと楽しみは引っ張っておこうじゃないか」

 それが、奴の答えだった。

「ではな、どこぞの魔術師殿」

 奴が懐から取り出した呪符は、蛇のように五芒を描くと…

 

 …カッ!!!!!!!

 

 …強烈な光とともに、奴とともに姿を消していた。

「…転移術…」

 戦いが終わったことを悟った華凛が、側に来てそうつぶやいた。

「…のようだな」

「……はぁ」

 華凛が大きく一つ溜息をついた。

「どうした、疲れたか華凛?」

 私がそう聞くと…

「んー、それもあるけど…」

 …華凛はそこで言葉を区切って、辺りを見渡す。

「………モモが見たら、泣くだろうなあ」

 踏み荒らされ、無惨に散った花畑がそこには広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

〜第五章〜

 

〜姉と妹、そんな師弟関係〜

 

 

 

 

 

 

「ばたんきゅー」

 なかなかに楽しげな擬音を口に出して、華凛がソファーへと身を投げ出した。

「なかなかにハードな一日だったな」

 そのまま寝てしまいそうな華凛に、私がそう声をかけた。

「うー、ほんっとにきつかった。…というか、なによこれ、このペースだと三日で聖杯戦争終わっちゃうじゃない」

 確かに、今日わずか一日でランサーとキャスター、二人のサーヴァントが消えた。このペースだと華凛の言うように三日で終わってしまうことになる。

「それになに、あのセイバー、バカにしてるわけ?」

「ほう」

 どうやら華凛もあのセイバーの正体に察しが付いたようである。

「あれだけの符術、陰陽術にたけた日本の英霊となると、そうはいないだろうしな」

「それにあの五芒の陣、かの魔法陣を日本に広げた魔人となると…」

 

                 あべのせいめい

「平安の魔人、陰陽師”安倍清明”

 

「それがなんで、桃太郎なわけ、時代考証めちゃめちゃじゃないのよ」

 平安の魔人と、室町の正義の味方、三百年はずれている。

「そのへんはさっぱりだな。時代がずれていたのか、奴が数百年生きたのか定かではないが、だが現にこうして現界している以上、受け入れるしかないだろう」

「大体、なんで安倍清明がセイバーで召喚されちゃうわけよ」

「それは簡単なことだ。キャスターのクラスが既に埋まっていたからだろう。

 おそらく召喚者は安倍清明を召喚するための縁を用意しており、事実安倍清明は召喚できた。しかしながらキャスターには既にノストラダムスが召喚されていたため、空いておりなおかつ安倍清明のなれるクラスとして、セイバーが残っていたということだろう」

「じゃあ、士郎のクラスがアーチャーじゃなかったのも?」

「既にアーチャーのクラスで別の英霊が召喚されていたからだと考えられるな」

 よっこらしょと華凛は身を起こすと、ふむと腕を組んだ。

「じゃあ、整理してみましょう。

 セイバーは桃太郎…こと、安倍清明。マスターは不明。

 ランサーは林冲、既に消滅。マスターは不明。

 アーチャーはマスター共々不明。

 ライダーも同様。

 キャスターはノストラダムス、マスター共々既に消滅。

 そして、バーサーカーもまったく仔細わからずと」

 華凛が指折り数えながら、確認する。

「それにしても、今日出会ったサーヴァント三人のうち、二人はもう消えてしまうなんて」

「それだけ、英霊の正体、宝具の正体、情報が命ということだ」

 私がそう言うと、華凛はむーと考え込む。

「そうよね、だから士郎はなるだけ情報を得ようと身を隠した。それに比べて、あまりにランサー林冲は無防備だった」

 そう、一騎打ち不敗の自信があったにしても、ランサーの行動には不可解さが残る。そしてそれは、あまりに前回のランサーにかぶるものがある。

「そして、ノストラダムスのことを…いえ、私たちがあそこに隠れていたことすら知っていた、セイバー安倍清明のこと」

 どのように情報を得ていたのか、ランサーのことといい、前回の聖杯戦争もあり、安易につなげてしまいそうになる。

「とにかく、士郎の言っていた通りね。情報が足りない。仮定を立てるにしても、その土台自体まで仮定になっちゃうわ」

 お手上げという感じに、華凛が両手をあげる。

「とりあえず、私に今できることは…」

 すっくと華凛は立ち上がると…

「お風呂に入って寝るわ」

 …そう告げると、すたすたと歩いて出ていこうとし…

 

「…覗くなよ」

 

 …扉の向こうから、そんなことをぬかしてこちらを覗いている。

「…さっさといけ」

 しっしっと追い払う。

「なによ、私は犬じゃないわよ」

 そんな図太いところも、アレだったりする。

 

 

 

 

「…あちゃー、もう来てたか」

 朝九時の公園に独りたたずむ少女を見つけて、華凛はそうつぶやいた。

「華凛がもう少し早く起きていれば問題なかったんじゃないのか?」

「昨日大変だったし、それに夏休み中に早起きできたことない」

 例に及ばず、朝は弱いらしい。

「…で、どうするんだ?」

「放っておくわけにもいかないし、それに…ここはもう危険だからね。しばらくは来ないように言っておかないと」

 華凛はそう答えると、少女のもとへと歩み寄った。

「…モモ」

「…華凛おねーちゃん」

 振り返った少女の目は、少し赤かった。

「ひどいよね、みんながんばって生きてたのにね」

「うん、ひどいよね」

 華凛は視線の高さをあわせるようにしゃがみこむと、モモの頭をゆっくり撫でながら言葉を続ける。

「ここで争いがあったの、そして残念なことに今後も…明日、もしかしたら今晩にも、またここで争いが起こるかもしれない」

「…あらそい?」

「そう、モモにはもちろん、私にだってどうしようもできないような争いよ。だからね…」

「…だったら、お花さんたちは…」

「……そうね…」

 少女の優しさは間違いなく美徳である。少女の気持ちを思うと、ここでの争いはもうしたくないが…

「…モモがなんとかする! モモのまほーで!!」

「……モモ…」

 華凛が少女の目をじっと見つめる。

「モモがやろうとしている魔法はね、正直いって不可能に近い…いいえ、絶対にできない神の領域にあるものなのよ」

 キョトンとしている少女に、華凛はなおも言葉を続ける。

「…どれだけ修行しても、その投影は…」

 辛そうな…表情には出さないが…華凛に対して、少女はにっこりと笑って…

 

「…絶対、だいじょうぶだよ」

 

 …そう言い切ったのだった。

 その少女の何の気負いもない笑顔と、思いのしっかりこもったその言葉に、ただ唖然としてしまった。

「…そうか、絶対大丈夫か」

「うん!」

 にっこり笑顔の少女に、華凛はもはや言う言葉を失ってしまったのか、幾分かの苦笑混じりの笑顔を返すのみだった。

「…でも、独りできちゃダメよ、ちゃーんと私と一緒に来ること、いいわね!」

 おでこをツンとつつくと、ウィンクを一つして華凛がそう言って立ち上がった。

「うん、一緒だね、華凛おねーちゃん」

 差し出された華凛の手をしっかりとつないで、少女が笑顔で答えた。

 

「…やれやれ、敵のでないことを願うばかりだな」

 

「…うるさいわね、皮肉はいいわよ」

「……?」

 いいところを邪魔されたのが気に入らないのか、華凛がむすっと私の独り言に反論した。

 皮肉げに聞こえてしまったのはしょうがないが、本当にそう願ったのは事実なんだけどな…と、そんなことを思ってしまう自分に対して、苦笑せざるをえなかった。

「じゃ、今日は帰るわよ」

「えー、修行は?」

「モモは魔力とかをあんまり感じないからわからないかもしれないけど、今は…そして特にこの辺りは魔力が満ちていて、不安定になっているの。

 だから私が言うまではしばらく修行は中止。わかった?」

「…むー…わかった」

 華凛の説明に不満そうな表情をしながらも、しっかりとうなずく。

 頑固そうではあるが、嘘をつく子には見えない、だから大丈夫だろう…などと会って数日の私が言うのも変ではあるが、そう思った。

「…士郎」

「ん?」

 華凛がモモをあやしながら、私に念話を送ってきた。

「昨日、三日で終わってしまうって、言ったわね」

「ああ、確かにそういう話も出たな」

 華凛がニッと笑って言い切った。

 

「じゃ、三日で終わらせようじゃない。…当然、勝って終わらせるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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