交差する鉄と火花。

 絶え間ない剣戟に気合いを乗せ、二つの刃が高く遠く響き合う。

 

 激突する赤と銀の騎兵。

 繰り出される神速の一刺、防ぎ切る太極の双剣。

 放たれる一撃は人の目で追えるモノではなく、見る者の心さえ穿つようだ。

 

 両者の戦いは際限なく激しさを増していく。

 既に苛烈としか表現しえぬ剣舞に、だが限界はない。

 人の域を逸脱する戦いは、それでも足りぬとばかりに速く重く尚迅く、不可視の領域へ踏み込んでいく。

 

 既に百撃。

 二百合を越える鬩ぎ合いは、魔術師の眼をもってさえ理解できぬ鬼神の技だ。

 

 無人の花畑…なかなかにシュールだ…で打ち合うのは二体のサーヴァント。

 ほんの数分前に出会い、ほんの数秒前に始まったこの戦いでさえ、わたしには止める事が出来ない。

 

「……………これが、サーヴァントの戦い」

 

 魔術師たちが人智を超えた存在であるのなら、

 魔術の理解を超える彼らをなんと評すべきなのか。

 

 加速する殺気と剣気。

 風切りは真空となり互いの体に牙を剥く。

 刃を振るう両者は、人間ならばとうに百殺されているだろう。

 凄絶な剣戟は鬩ぎ合う二人だけでなく、わたしの心さえ震わせる。

 

「…………士郎」

 

 けど、それは決して戦慄からじゃない。

 人智を超えた戦いは恐ろしく、それ故に、魂を奪われるほど美しい。

 

 …………戦いの終わりが近い。

 わたしのサーヴァントが敗北すれば、次の瞬間、わたしの命はなくなっている。

 

「…………士郎が負ければ、わたしも死ぬ」

 

 けれど、その結末に恐れはない。

 目前の敵を倒す昂ぶりも今は皆無。

 胸を支配するのは、この展開を招きいれた経緯、この二日間の選択が正しかったか否かだけ。

 

「…………当然よ。覚悟なんて、二日前についてたんだから」

 

 ……それに、そう。

 正直、私は見惚れていた。

 これがサーヴァントの戦い。

 魔術師では手の届かない最高ランクの使い魔…英霊を使役する、聖杯戦争そのものなのだと。

 

 

 

 

 

〜第三章〜

 

〜全ては、我れの思うまま〜

 

 

 

 

 

「やるな、かなり名のある武人と見受けたが」

 ランサーが矛を下段にひいて、賛辞を送ってくる。

「いや、名も残してなければ、武人ですらないが」

 干将莫耶を構えたまま、それに応じる。

「そちらは名のある武人のようだがね。まあ、とりあえずのアタリではあるが」

「ほう?」

「丈八の蛇矛に、古代中華風の甲冑…梁山泊の将軍とお見受けするが」

 こちらの問いかけに、ランサーはニヤリと笑うと…

 

「いかにも、我が名は梁山泊が五虎将、豹子頭林冲なり」

  ひょうしとうりんちゅう

 ”豹子頭林冲”…宋の時代の中国が舞台の小説、水滸伝の主役の一人である。諸国に散った百八の英雄が梁山泊に終結し、国家権力や悪党と戦うというのが内容であり、林冲はその中の一人、五虎将に数えられている。

「なるほど、やはりな」

 物語中、一騎打ちにて不敗、それこそが林冲である。

 一騎打ちとは、互いがすべてを背負っての戦いである。そこでは常勝よりも不敗こそが求められる。破れれば全ては地に堕ちるからだ。

 梁山泊の名を背負った以上、林冲に負けはなかった。

「サーヴァントとなっても、なお梁山泊を背負うか、林冲」

 かつてのランサーとの戦い…否、それ以上のものを感じて問いかける。

「仕方あるまい、ただの林冲ではない、梁山泊の林冲としてこその英霊だからな」

 不敗は常勝、必勝とは戦闘自体が異なるものである。

 勝利の目を見つけても、そこに敗北の危険性が孕んでいるならば、あえてつかない。前回のクーフーリンとの初めての戦いよりも、もっと明らかな引き分け狙い…戦闘中に感じたものはそれだった。

「負けないことは大事だろうが、勝たなくては意味がないのが聖杯戦争ではないのか」

 既に戦闘続行の意欲を薄れさせているランサーに対して、あえてそう言った。

「負けなければ、いずれ勝つものだ」

 正体を知られたというのに、戦闘続行に意欲を持っていないのは、林冲に明らかな弱点が設定されていないからゆえだろう。

「まあこちらとしても、無理に戦闘を続けたいとも思っていないから構わないがね」

 そう答えると、一応の警戒をしつつも華凛のもとへと歩み寄る。

「…お、終わったの?」

 釈然としない口調で、華凛がそう聞いてくる。

 気持ちはわからなくもない。生きるか死ぬかの戦闘であると思われたものが、このような形で終結したのだから。

「続けても良いが、勝ちを得るのはなかなか難しいと思うがね」

 私の言い分が気にくわないのか、華凛がムッとした表情を浮かべる。そんな華凛を…

 

 

 …強く抱きしめ、私の外套内へと引っ張り込む…

 

 

「…なっ…なーーーーっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 激しく動揺している華凛に構わず、そのまま木陰へと身を隠す。

 

 

「…ふむ、エサにくいついているな」

 

 

 

 その言葉と共に、第三のサーヴァントが現れた。

 

 

 

「もう少しいたような気もしたが、君だけかな」

 悠然とマスターを引き連れたままで、そのサーヴァントはランサーにそう問いかけた。

「エサっていうのはこの結界もどきのことかな」

 あえて言う必要もないと感じたのか、ランサーは私たちのことは言わずにそう聞き返した。

「…もう結界となっているのだが…ふむ、その通りだと言っておきましょう」

 そのサーヴァントは豊かなヒゲを撫でながら、自信満々にそう答えた。

「…あいつ、キャスターのサーヴァントかしら」

 私の胸の辺りから、もごもごと華凛がそうつぶやいた。

 アサシンというクラスに振り分けられた能力…穏行は、私自身の気配を消しその姿を見つけにくくするものである。華凛ごと穏形するために緊急措置的にしたことなのだが…そう照れないで欲しいものだ。

「セイバーではないだろうし、アーチャーにも見えない、ライダーとも思えないし、バーサーカーとも考えづらい…というよりも、キャスター以外の何物にも見えないが…」

 ランサー林冲が警戒しながら、新たに現れたサーヴァントを見つめる。

「いかにも、我はキャスターのサーヴァントなり」

 林冲の蛇矛の間合いにいるというのに、そいつは自信満々にキャスターと名乗った。

「…ほう」

 林冲がおろしていた蛇矛をゆっくり構え、じわじわと殺気と敵意を滲ませ始める。

「たかだかキャスターの分際で、ランサーの槍の間合いにのこのこと踏み込んで来たというわけか」

「ふむ、その間合いが君の世界ということかね。…だがね」

 キャスターは鷹揚に笑みを浮かべると、言った。

 

「既にここは私の世界なのだよ」

 

 キャスターの言葉と共に、世界は変わった…

 

 

 …そう、代わったのだ…

 

 

「これは?」

 林冲は一面の荒野を前に、かすかに驚きの表情を浮かべる。

「結界を、解いたのだよ」

 キャスターは相変わらずの余裕の表情で、そう答える。

「結界とは、文字通り世界を結び閉ざしているものだ。まあほとんどの魔術師は限定した空間内で自分の力を増大させるために利用しているのだが、私は少々違うぞ」

 髭を撫でながら、嬉しげにおしゃべりをする。

「さっきまでの結界は、私の世界が広がるのを、閉じこめていただけにすぎない。そう! 私の世界は無限だ!! この世界全てが私の世界なのだ!!」

「…ふん、妖術師の言うことは相変わらずよくわからんな」

 意気揚々と語るキャスターを、つまらなげに見つめていた林冲がボソリと言った。

「…これって…」

 そんな中、華凛がボソリとつぶやいた。

 

「…固有結界…」

 

 どちらのことを言っているかは定かでないが…

「…そうだ、魔術師が至る自分の世界…固有結界だ」

 …そう、固有結界…先ほどまでの花畑を浸食したこの一面の荒野…記憶の底にある光景そのもの…この世界こそが、偽りの世界、個人特有の心象風景…

 

「ようこそ、”私の世界”へ!」

 

 キャスターが林冲に向かって両腕を広げてそう言った。

「…………」

 林冲は無言のまま肩をならすと…

「…少々違和感は感じるが、戦場としては別に見慣れたもんだ」

 …そう言って放った一撃…否、七撃は…キャスターの帽子、髭、右の袖、左の袖、ローブの胸のあたり、左足のズボン、右足のズボン、同時に七カ所を切り裂いた。

「…で、どうなるんだって?」

 飄々と、林冲はそう聞いた。

「ふむ、いやいや、実に結構」

 キャスターは、一瞬…撫でようとした髭がないことで…表情を変えたが、すぐにさっきまでの余裕の表情に戻す。

「全て、私の思った通りだよ」

 それはハッタリか、負け惜しみか、あるいはそれ以外の何かか、キャスターはそう言い切った。

「…ほう…」

 林冲の殺気はふくれあがる。

「預言しよう。君は私の前で。為すすべもなく。敗れ去るだろう」

 

「!!!」

 

 ふくれあがった殺気がはじける瞬間…その前に…

 

 

 

      ア ン ゴ ル モ ア

「”恐怖の大王”」

 

 

 

 …宝具は解き放たれた。

 

 

 

 

「…なるほどな」

「……えっ?」

「通りで見覚えがあるような気がしたわけだ」

 華凛の声に答えずに、眼前に広がる荒野を…焼け野原となり、何もなくなってしまった荒野を…見つめてただ口にした。

 

「1999年…7月の姿ってわけか」

 

 私と華凛の見つめる先、荒野に立つのは二人の男。

 一人のマスターと、そのキャスターのサーヴァント…ノストラダムス、その二つの姿だけだった。

 ランサー…林冲の姿はもう完全にない。消滅した。あの一瞬で目に見えたものをそのまま言葉にするならば…

 

 …なにか巨大なものに押しつぶされて、ひしゃげ消えた…

 

「…これが…宝具…」

 華凛が呆然とした口調でつぶやく。

 今日はこんな華凛をよく目にする。…いや、目にするようになったのはほんの数十分前くらいからだったろう。

「…で、どうする?」

「…どうするって…」

 オウムのように聞き返してくる華凛に、私は溜息混じりに答えてやる。

「決まってるだろう、華凛。

 敵のサーヴァントとマスターを前にして、サーヴァントがマスターに聞くことなんて一つしかない」

 まだキョトンとしている華凛に、皮肉げに唇をゆがめて聞く。

 

 

「…倒すか? それとも、見逃してやるのか?」

 

 

 私の言葉に、華凛は一度大きく目を見開く…そして…わかったというようにうなずくと…

 

 

「冗談、ここは私の弟子の工房よ。勝手に使った使用料はキッチリ払ってもらわないとね」

 

 

 

「了解だ、マスター」

 

 

 

 

 

 

 


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