これからの戦いの勝利を誓って、そして様々な言いようのない気持ちも込めて、握手を交わした後…

「ふー、でもさっすがにしんどいわね」

 華凛はそう言って苦笑する。それはそうだろう、サーヴァント召喚の儀式は恐ろしく魔力を吸い取られるものだ、祖母譲りの魔力があったとしてもぴんしゃんしていられるものではない。

「私は先に寝させてもらうわね」

「ああ、それがいいだろう」

 華凛の言葉に、特に深く考えもせずにそう答えた。

「じゃ、後かたづけよろしく〜」

 ニカッと笑うと、そう言ってとっとと部屋から出ていこうとするり…華凛に…

「待て、私はアサシンであって…」

「令呪つかうわよ」

「ばっ、バカか君は!! こんなくだらないことに令呪を使うマスターがどこに…」

「うるさーい、眠いんだからごちゃごちゃ言うな、とにかく掃除しておいてね〜」

「待て、おい、華凛!!」

「おやすみ〜」

 …私の当然の権利は…当然のように聞き届けてもらえず、肩をすくめるしかなかく…

 

「まったく、ほんとにアレだなあ」

 

 …衛宮士郎は、赤いあくまにはかなわないんだということを、久しぶりに痛感するのだった。

 

 

 

 

 

〜第二章〜

 

〜そして、二人は対峙する〜

 

 

 

 

 

「おー!!! すごいすごい、完璧に片づいてるじゃない!」

 どうやら華凛が起きてきたようで、居間の現状に対して素直に感嘆している。

「まったく、私はアサシンであって、掃除夫ではないのだがね」

「あ、ありがと。ん〜、いい香り」

 私がいれた紅茶がお気に召したようで、少女はすごく良い表情をする。その表情に、私はもう文句を言う気力が溶解していくのを感じる…のではあるが…

「おや、意外と素直なんだな、華凛は」

「むっ、何よそれ」

「別に、ただ思ったことを口にしただけなのだがな、気に障ったのなら謝ろう」

 …文句とからかいは別物である。こればっかりはしょうがなかろう。

「なーんか、むかつく笑い方ね。誰と比べてるのか知らないけど、素直じゃあ悪いかしら…って、まー、魔術師としてあんまり良くないんだろうけどさ」

 ぶつぶつと口にしながらも、紅茶をすするたびにそんなにいい顔をされると、こちらとしても笑いを禁じられない。

「ま、私が知っているものも、華凛に負けず劣らずに素直だったよ」

「まー、いいんだけどさ」

 納得はいってないだろうが、彼女は無理矢理納得させると…

 

 カチャン…

 

 …カップを置き、表情を真剣なものへと変えた。

「聖杯戦争、今後の指針を決めておきましょう」

「了解した」

 そう、彼女との会話を楽しむために召喚されたわけではない、聖杯戦争で戦うために召喚されたのだ。

 この世界がかつてアーチャーとして呼ばれた聖杯戦争の未来であることはすぐにわかった、時代的にも数十年後ということもわかる、問題はどのような道筋を経た未来かということだが…

「…ん? 何か聞きたいことでもある?」

「いや、街を見て回りながらでいいだろう。道すがらに疑問点は解消していく」

 …あまり多くのことを聞き、また教えることによって華凛を混乱させることもないだろう。

「じゃあ、早速出発しましょう」

 華凛はすっくと立ち上がると、あっさりとそう切り出した。

「むっ、華凛、その前にやはり聞きたいことがある」

「なーに、ちゃっちゃっとすませてよ」

 意気込みを邪魔されたのが気に入らないのか、ぞんざいに聞き返してくる。

「華凛は聖杯戦争のこと、サーヴァントのこととか、どれだけ知っているのだ?

 どうも私がこの姿を消せることは知っているようだが…」

 

 

「あっ、消せるんだ?」

 

 

 

「…どうも、華凛は意外とおおざっぱな性格をしているようだな…」

「…うるさいわね、確かに私もサーヴァントをそのまま引き連れて歩こうなんて思ってなかったわよ、着替えとかそんなものも、パパッとなんとかするのかなとか…ね」

 私のつっこみに赤面しながら華凛がそう答える。

 華凛の案内で久しぶり…そう、久しぶりの街を見て歩く。

「…なにか感想でもある?」

「…そうだな、変わっていないことに…そう、記憶がはっきりとしてくるほどに変わっていないことに、驚いている」

 進歩という名前に置き換えた変化、科学技術にのみ重点を置いた変化が、驚くほど見られなかった。

「車が空を飛んだり、ロボットが街を歩いていたりって?」

「そうだな、それだとわかりやすい未来像だな」

「過度のものなんて、人は必要としていないもの。歩ける足があるし、つかめる手もある。ううん、足があるんだから人は歩くし、手があるんだから自分の手でつかむのよ。それに…」

「…それに?」

「私には魔術だってあるしね」

「なるほど、まったくその通りだな」

 あのころと変わらぬ街を、あのころのように一緒に歩く。まるで自分がタイムスリップしたように感じるのは、英霊としておかしすぎる感覚だろうな。

「そう言えば華凛、他のマスターに心当たりとかはないのか?」

 戦場は変わらない、変わるのは相手である。

「まあ、いろいろ調査はしているんだけど、心当たりと言われてもね」

「遠坂の家は冬木の管理者だろう、街にいる魔術師はあたってみたのか?」

 あの当時、冬木の町に住む魔術師の家系は三つあった。遠坂家、間桐家、そして、衛宮の家系…

「街にいる魔術師と言われてもね、この冬木の街に魔術師の家系は遠坂の家しかないし…」

 華凛はあっさりとそう言った。

「…そうなのか?」

「そうなのかと言われても、実際そうなんだからしょうがないでしょ。他に魔術師の家系があれば、いの一番に調べるわよ」

「…そうか…」

「どうかしたの、士郎?」

「いや…」

 …時が流れたのを、ようやく感じることが出来た…否応なく感じさせられた話題だった。

 

 

 華凛の案内で、どこか懐かしくも微妙に異なる場所を見て回る。

 見たことのある知っている場所、それがかすかに変わっていることでよりハッキリと時代の流れを感じる。

 そしてそれは…

 

「…驚いたな…」

 

 …この場所を眼にして、最も感じたことだった。

 

「…すごいでしょう」

 華凛のどこか自慢げな口調もわかるような気がする。

 そこは一面の花畑だった。

 咲き誇る花々の間を蝶が飛び交い、リスやウサギの姿まで見られる。童話から抜け出たような花畑だった。

「…公園として作られたんだけど、ほとんど誰の世話もなかったというのに…ううん、だからこそかな…もはや森になってるでしょ、しかもその中にはこんな素敵な花畑をもってる」

 

 そう、ここは…

 

「…まるで固有結界だな…」

「ええ、ほんとそうでしょ。こんな素敵な場所だというのに、ほとんど誰も足を踏み入れない。ある種の結界のようね」

 

 …変わり果てたあの場所だった。

 

「…本当に、変わるものなんだな…」

 そんな感傷を受けずにはいられない、ある種の問いかけさえも感じずには得られない…それでも…

 

「華凛おねーちゃーん!!」

 

 そんな物思いも、そこに響き渡ったかわいらしい声でうち砕かれた。

「モモ、元気にしてる」

 トタトタと走り寄ってきたその少女に対し、華凛も優しげな表情で迎えいれる。

「うん、モモは元気だよー」

 その…おそらくはモモという名前の…少女は、見るもの全てを幸せにするような笑顔でそう答えた。

「またここで昼寝でもしてたんでしょ」

「ちがうもん! めーそーってやつだもん!」

 からかうような華凛の問いかけに、少女はほっぺたを膨らませてかわいらしく反論する。見た目から判断するに、小学校低学年…多く見積もっても中学まではいかないだろう。

「モモのまほーのためには、ここが一番最適なめーそーの場所なんだよ」

「はいはい、わかったわかった」

 胸を張ってそう言う少女をあやすように、華凛がその頭をなでる。

「そろそろ藤嗣さんも帰ってるだろうし、お師匠さんが連れて行ってあげよう」

「うん」

 

 そんな会話を、なにかしらの違和感…あるいは疎外感…なんとも言い表せないような感情で呆然と聞き流すしかできなかった。

 

 

 

 …そして、その正体の答えも、すぐに出るのであった…

 

 

 

 ……………

 ……

「じゃあ、ごちそうさまでした、藤嗣さん」

「いいえ、どういたしまして」

 優しげな表情で、その三十過ぎの男が返した。

「またねー、華凛おねーちゃん」

「うん、またね、モモ」

 ブンブンと大きく手を振りながら別れの挨拶をするさっきの少女に、華凛がやさしく返す。

 そうして私と私のマスターである華凛とは、そのものすごく懐かしい場所を後にするのだった。

 

「華凛、嘘をつくことは感心しないな」

 

 そのあまりに懐かしい家が見えなくなったところで、私は閉ざしていた口を開いた。…いや、もし姿を見せていたとするならば、ずっとポカンとバカみたいに開けっぱなしだったかもしれないが。

「えー、私は嘘なんてついていないわよ」

「いいや、華凛。君は確かに私に言ったはずだ。”この町には遠坂以外には魔術師の家系はいない”と」

 そして、その魔術の波動も感じられた。藤嗣という名の男からはしなかったが、モモという名前の少女からはっきりと。

「うん、モモにはマスターになる可能性はあるわね、昨日の段階ではどこにも令呪は確認できなかったけど」

「そうだろう、なぜ私に嘘をつくのだ」

「だから私は嘘はついてないわよ。確かにこの町には遠坂以外に魔術師の家系はないもの」

「なら…」

「モモは魔術師じゃなく、魔術使いだからね」

 いけしゃーしゃーと、この赤いあくまはしてやったりの表情をうかべてそういいやがりましたよ。

「それで、感想とかありますかね、衛宮くん」

 なんというか、その表情、口調は、激しくアレを感じずにはいられない。

「別に、マスターのつまらんいたづらには、今更何を言っても無駄だろうなとしか感じないがね」

「んー、自分の孫娘を前にして、感想はそれだけなんですかねえ」

「それはあくまで可能性にすぎない。まー、幸せそうだったことに対してケチを付ける気もないがね」

 衛宮邸にてあった出来事も、とっくに整理はついていた。

 そこの仏壇にて、華凛がかつての自分だったかもしれないものに対して手を合わせていたことも、そんなものかとしか感じなかった。

 ただ、この世界の自分が桜を選び、そして救ったと言うことに対して、思うところも少しだけあった。そして、不可解な点も感じずにはいられないのだが…

「…まあ、おいおい求めるうちにわかることだろう」

「んー? なんのこと?」

「いや、あそこで感じた違和感も、なんとなく答えが出たということだ」

 考えていたこととはわずかにずれたことを華凛に返す。

「違和感って、どこで感じたものなの?」

「ああ、あの花畑で感じたものだ。かすかに魔力を感じた気がしたのだが、あのモモという少女のものだったのだろう」

 その私の答えに、華凛は真剣な表情で考え込む。

「…そうなのかしら、本当に?

 私たちは確かにいつもあそこで修行と称するものを行っているけど、それはいずれも魔力の残留を残すほどの事じゃない。

 …だって、彼女のしようとしていることは一度たりとも成功していなく…何も残すことはできていないのだから!」

 彼女はしゃべりながらも考えをまとめると、すぐさま行動へとうつす。

 それにあわてることなく、自分も続く。なぜなら、そんなことは慣れたものなのだから。

 

 

 

「…言われてみれば、かすかに感じる」

 かつて大災害の起こった場所、そして現在は花畑へと姿を変えた場所、しかしながら、今でも人を遠ざける何かを持ったままの場所…そこへ私たちは舞い戻ってきた。

「この場所にある何かにごまかされて見落としていたけど、ほんのかすかだけど確かに感じるわ」

 目をつむって大地に手をあてたまま、華凛がそう告げる。

「でも、何の目的で? なんらかのためのものであることは間違いないんだろうけど、意図がつかめない」

 誰が?…とは問わない。そんなことは言うまでもない…今回の聖杯戦争に関わるマスターかサーヴァント以外にはありえない。

「吸収でもなければ、排除でもない、というよりも、結界にすらなっていないな」

「そうね、これは閉じていないもの。ただ何かを施しているだけ…起点…くさびでしかないわね」

 

 

「…なんだ、お前さんらが施したものではないのか?」

 

 

 そこに、第三者からの声がかかる。

「誰っ!?」

 誰何の声をあげる華凛を背後にかばい、両手になじんだ刀を握る。

「ということは、君の仕業でもないということかな、ランサー?」

「いかにも、そう問う君はセイバー…という感じでもないな、アーチャーかね?」

 そう言って現れたのは、長柄の槍…いや、矛を持った武人だった。

 それだけで何物かを誰何するのは極めて困難ではあるが、およそ中国の武人であったと類推するに誤りはないだろう。

「一騎打ちを望む。さあ、自分の武具を出すがいい」

「…………」

 それには答えず、ただ両手の干将莫耶を構えるのみ。

 戦闘の始まることを理解して、華凛がゆっくりと背後へと下がる。

 

 

「いいだろう、では、参る!」

 

 

 

 

 こうして、今回の聖杯戦争がはじまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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