「相手って…セイバーのこと!?」

 華凛が言わずもがなのことを問いかける。

「なんでよ、戦う意味がないわ」

「それは、向こうに言ってくれ」

 華凛に答えつつ、セイバーのもとへと歩み寄る。

 セイバーは構えを崩さぬまま、不敵な微笑を浮かべる。

 そのセイバーに答えるように、干将莫耶を投影する。

「待ちなさいよ!」

「待って、セイバー!」

 マスターの思惑に反した行動をとるサーヴァントに対して、華凛とモモ両方からストップがかかる。

「サーヴァントも聖杯を求めているのは知っているわ。でも、この聖杯ではあなたの望みを叶えることはできないわ」

 セイバーの望みも知らないまま、華凛がセイバーを止める為にそう言った。

「だめだよセイバー、だめだよ」

 泣きそうになりながら、モモがセイバーを止める。

 令呪が残り一回な華凛はともかく…否、そんなこと問題とせずに華凛も使用に躊躇しないだろう。

 ことここに至って、ようやくセイバーが口を開いた。

「ええ、わかっています。この聖杯が歪んでいることは」

 セイバーがこちらを見据えたまま、たんたんと言葉をつむぐ。

「もとより、聖杯に願うべきことはない。ただあるとしたら、今この時、この勝負のみです」

「でもっ!!」

 反論をしようとするモモをさえぎるように、セイバーが続ける。

「モモ、お願いですから令呪は使わないで欲しい。意味がないことはわかっています。それでも、この勝負だけは邪魔しないで欲しい」

 勝った方が、聖杯を破壊する。結果が同じならば、そこに意味はないだろう。

 だが、理解は出来る。納得できる。同意できる。聖杯に願うべきものがない、叶えるべきものがない、それこそがセイバーの望みなのだから。

 

「思えば、このために私はここにいるのかもしれない。

 望むべき願いもなければ、聖杯など望むはずもない。

 それでも、この地に召喚された。こうして再びあなたと向き合った。

 全ては、ただ、この時のために、この勝負のためだけに!」

 

 

「だって…」

 

 

 

 

 

 

〜第十七章〜

 

〜これは、夢の続きだから〜

 

 

 

 

 

 

「…くくっ、そう言われてはどうしようもないな」

 両手の干将莫耶を構えると、セイバーの前に立つ。

「感謝します、アーチャー」

 華凛とモモが納得したわけではないのは、見て取れた。それでも、この勝負を止めるような無粋なマネはしないと思う。

 私もセイバーもわかっている。

 いずれが勝っても、結果は同じ。

 ならば、その勝利に価値はなく、その敗北に後悔はない。

 ゆえに、その決着に意味はない。

 それでも、私達には…俺たちには十分だった。

 

「この勝負には、それら全てがあるからな」

 

 突然の俺のその言葉にも、不思議な顔一つせずにセイバーはゆっくりと微笑んだ。

 

「勝負だ、セイバー!」

「勝負です、シロウ!」

 

 初手はセイバー。

 中段の構えから繰り出されるのは、速く、重く、鋭い、面への一撃。

 まっすぐ、お手本のような…そんなわかりやすい一撃を、干将莫耶で真正面から受け止める。

 衝撃も、魔力も、両の足から地面へと流しながら、ただ気持ちだけはまっすぐに受け取る。

 クスリと笑みを浮かべて、セイバーがゆっくりと離れる。

 

 これは通過儀礼だ。話し合いも何もなかったが、ただ互いにそうしよう…そう決めたものだ。

 

「こうして剣を交えるのは、あの稽古の時以来でしょうか。私にとっては、ついこの間のはずなのに、ずいぶんと久しぶりな気がします」

「そうだな、そうなるな。俺にとっては、遙か記憶の霞みの彼方になる。それなのに、ついこの間のような、昨日もやった日課のような気がするな」

 

 互いに、一撃にこめた感慨を、そう感想する。

 

「あれからどれだけ腕を上げたか見せて貰います、シロウ!」

「どこまで近づいたのかを確かめさせて貰うぞ、セイバー!」

 

 二手目もセイバー。

 構えぬまま…否、自然体の構えから振るう、速く、重く、鋭く、そして強い一撃、二撃、三撃、四撃…荒れ狂う暴風雨の如き、すさまじい連撃。

 これがセイバーの剣。

 あくまで自然体で、真っ正面から、真っ向から、自らの全てを以て、相手を叩き伏せる王者の剣。

 

 そんなセイバーの荒れ狂う龍の如き連撃を、はじき、いなし、かわし、受け流す。

 最初のように真っ正面から、真っ向からは受け止めない。

 これがアーチャーの剣。

 斜に構えて、強力な一撃、連撃をも受け流す、相手の全力を受け流し、自分の全力を叩きつける無骨な戦士の剣。

 

 先手先手を取り、あくまで押しまくる、セイバー。

 

 後の先を取り、あくまで食らいつく、どこまでも。

 

 閃きを生かし、直感に従って、一撃一撃を繰り出していくセイバー。

 

 読みを生かし、経験に基づき、一撃一撃をなんとか受け流していく。

 

 

 

 …いつしか、わからなくなってくる。

 

 

 セイバーのような直感はない、閃きよりも無骨に組み上げ、積み上げた先にある読みのはずなのに…考えることなく体が動く、剣が振るえる。

 セイバーの剣がわかる、そんな錯覚をするほど、先のことがわかる…知っている。

 思考がまじりあったかのような、能力をかすめ取ったのかのような、そんな感覚。

 

 

 

 …否。

 

 

 これは閃きではない。これは直感などではない。

 これはあくまで読み。これはあくまでも経験だ。

 閃きであるかのように錯覚するほど、この攻撃を読んでいた。

 直感であるかのように錯覚するほど、こんな読みを繰り返してきた。

 

 

 

 …風が流れたような気がした。

 

 

 雲を吹き払うような風だった。全てをわかった気がした。

 

 これは、この剣は、アーチャーの剣は、衛宮士郎が無骨に積み上げ、練り上げたこの剣は…

 

 

 

 …ただ、セイバーの剣に対抗するためだけに、編み出された剣だった…

 

 

 

 アーチャーには、セイバーのような魔力はない。全力の一撃は受け止めきれない、流すしかない。

 アーチャーには、セイバーのような直感はない。動作所作に至って布石を打ち、読んでいくしかない。

 アーチャーには、セイバーのような王者の剣は振るえない。無骨に積み重ね、練り上げる戦士の剣しか振るえない。

 

 かつて、セイバーが皮肉混じりに言った言葉を思い出す…

 

 …シロウは私ではなく、アーチャーの真似をするのですね。まあ、シロウにはその方があっているかもしれませんが…

 

 そう、セイバー自身でないかぎり、セイバーの真似ではセイバーに対抗できない。

 衛宮士郎がセイバーに対抗する為だけに編み出した…否、積み上げ、練り上げていったものは、唯一この剣。

 汎用性にこそ富んでいるが、あくまでも、セイバーに対抗するため、それに特化した剣。

 

 

 それこそが、アーチャーの剣…衛宮士郎の目指さんとした剣…

 

 

 

 …目の前には、いつもあの背中があった。

 同じ道を辿り、同じ方向を向いているはずなのに、見えるのは、ただ、あの背中だった。

 

 …ついてこれるか? と問いかける背中…

 

 どこまで進んでも、同じ果てに辿り着いても、見えるのは背中だけだった。

 何を目指したのか、何を求めたのか、その先は、あの背中の向こうは、見据える先は何だったのか…

 

 

 

 

 

 …それが、見えた気がした。

 

 

 

 

 

「ああ、なんだろう」

 セイバーが剣を止め、静かに口を開いた。

「その方がシロウには合っていると言いました。でも、師匠としては…そう自負していたからには、やはり悔しかったんでしょう、きっと、うらやましかったんでしょうね」

 

 剣をまじえたからわかった。俺にわかったことだ。セイバーもわかったんだろう…いや、わからないはずがない。

 

「シロウの剣はアーチャーの剣だ、私の剣はないんだと思っていました」

 

 

 …あの背中の主が、まっすぐ見つめていた先…その先にはずっと…

 

 

 

「シロウの剣にも私はいた。確かにいます。はっきりと感じました」

 

 

 

 

 ……かすかに微笑を浮かべて、まっすぐに剣を構える…

 

 

 

 

 

「…嬉しいです。涙が出るほどに…」

 

 

 

 

 

 ……セイバーが立っていたんだ……

 

 

 

 

 

 

 


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