「お父さんを…たすける!」

 それが、少女の願いだった。

 止めるでなく、助ける。

 本当にこの少女は全てをわかっていたのだと、知らされた。

「モモ…」

 全てを知られていたことに、沈痛な表情を浮かべる藤嗣。

「藤嗣さん、もうやめましょう」

「…やめる?」

「ええ、モモも望んでいないことはハッキリしました。”ここ”でやめましょう」

 華凛がそう言って、藤嗣を説得する。今しかないと思ってのことかもしれないが…

「ふふふ、やめる…ね。もう無理ですよ、”ここ”まで来てしまった以上、やるしかないんですよ!」

 そう、もう遅いのだ。

「既にアインツベルン本家には伝わっているはずだ。私の裏切りも、我々がここまで辿り着いたことも!

 モモが望んでいないことは百も承知の上です。それでもなお! 私はこの願いを叶えてみせる!!」

 かの妄執の一族が裏切り者をどうするかなど、聞かずとも想像は容易だ。

 藤嗣はもう引き返せない所まで来てしまっている。もはや”アインツベルンの呪い”にどっぷりと浸かってしまっているのだ。

 

 だからこそ…

 

「お父さんを…たすける!」

 

 少女の願いはあまりに気高く、少女の想いはあまりに尊く…

 

 

「了解だ。マイマスター!」

 

 

 ゆえにこそ、セイバーの心に、強く響いたのだろう。

 

 

 

 

 

 

〜第十六章〜

 

〜父と娘、それぞれの願い〜

 

 

 

 

 

 

「…しょうがないわね、まずは藤嗣さんを止める。後のことはそれから考える!」

 華凛のらしい発言に、苦笑を浮かべながらもセイバーの隣に並び立つ。

 ライダーは強い。だが、我々二人がかりならば…

 

「アー…サシン、せっかくですが、助太刀は無用です」

 

 セイバーはゆっくりと…しかしながら、ハッキリと首を横にふった。

「な、なんでよ!」

 共闘する気満々だった華凛が、そのセイバーの態度に憤慨する。

「彼の想いは純粋だ、無論、私のマスターの想いもです。共に互いを想い、互いの為に願い、そして残念ながら…まっこうから対立することになりました」

 そのセイバーの言葉には、苦渋の響きがあった。互いを思っていながらも、対立するしかない苦渋の選択…

「だからこそ、他者の介在は無用…いいえ、あってはならないのです」

 過去の記憶に触れる…後悔の琴線に触れる、対立の図…

 

「親子の諍いに他者が介入するのは…そう、無粋と言うものですよ」

 

 セイバーはそう言って、キッパリと我々の助力を断った。

「お前にそう言われてしまっては、引っ込むしかないな」

 一言では言えないであろう想いを、葛藤を、一言に込めたのだ。受け取るしかないじゃないか。

 

「…大丈夫、今回は魔力も十分補充されていますから」

「…ぬかせ」

 

 

 

「…もういいかな?」

「…ええ、待たせましたね」

 正面から相対するセイバーとライダー、宙を自在に駆けることのできるライダーが大地に足をつけているのは、余裕なのか、油断なのか…はたまた、馬鹿にしているのだろうか…

 

「行くぞ!」

 

 小細工なしに、セイバーが駆ける。

 セイバーは文字通り剣士だ。間合いを詰めて、剣を叩きつける、シンプルにそれを行うべく、行うべきことを行うのみ。

 

「まるで猪だ」

 

 黒点虎の嘲笑の声が、嘲りの眼差しとともにセイバーへと放たれる。

 地に足をつけていたのも、馬鹿にしていたあらわれだったようだ。どこにいようと当たるわけがないという自信のあらわれ…

 

「はぁっ!!」

「無駄だよ」

 セイバーの一撃を躱すと言うよりも、瞬間移動して背後をとった黒点虎が嘲りの言葉を…

 

 ザシュッ!!

 

「ギャオオオォォッ!!」

 

 …凍らせ、悲鳴を叫んだ。

 一回転して後方にまで放たれたセイバーの剣が、黒点虎の足を大きく斬りつけた。

 

「…フェイント!? 読んでいたの?」

「……違うな」

 華凛の至極当たり前な感想に、キッパリ否定の言葉をつげる。

 

「はぁっっ!!」

 痛みに動きの止まったライダーを、さらに追い打つ。

「くそぅっ!」

 獣の叫びをあげさせられたことがプライドに触ったのか、連続的に縮地を行い、四方八方でたらめに移動するライダー達。

 そして…

 

「…直感…だよ」

 

 …正確に、確実に、ライダーを捉えるセイバーの不可視の一撃…

 

 焦りの色を滲ませる黒点虎と、面白そうに瞳を輝かせながらセイバーの一撃を雷公鞭で受ける申公豹。

 

「仙界最速の名の通り、ライダーの動きは”速い”、速いという意味ではこれ以上ない速さだ」

 

 ランダムに、手当たり次第、その圧倒的な速さをもって、セイバーの死角死角へと移動するライダー達…

 

「だが、セイバーの方が”早い”」

 

 …その全てを、予めわかっていたと言わんばかりに迎撃するセイバー。

 

「どこに移動するか…いや、どこにいるのかを、予め知っているかの如きあの直感の前では、どれだけ速くても関係ない。セイバーの”早さ”が、ライダーの”速さ”を超えているんだ」

 

 

「くく、聖杯戦争もなかなか楽しめますね!」

 

 一転、セイバーの剣が届くことのない高みに、ライダー達はその姿を移した。

「……」

 セイバーは降りてこいとは言わない。届かないなら届くところまで行くだけだと言わんばかりに両足に魔力を込める。そのジャンプは跳躍というよりは飛翔と呼ぶべきものだろう、込められた魔力を見れば一目瞭然だった。

 

 …確実に、届く…

 

「楽しいのですが、もう一勝負残っていますので…」

 

 パチ…パチパチ…

 

「ここらでしまいとさせてもらいましょう」

 雷を纏う雷公鞭をふりかざして、申公豹がつげる。

「………」

 それを見て、セイバーが構えを変える。

           ラ イ コ ウ ベ ン

 ライダーの”四界貫く神仙の雷”は強力だ。その攻撃力、貫通力は、宝具でも最強の部類に属するだろう。だが、セイバーの”聖剣”もまた別格だ。

 

 果たして、どちらが上か。

 

 

  ラ  イ  コ  ウ  ベ  ン

「”四界貫く神仙の雷”」

 

 

 放たれる、ライダー最大の一撃。

 

 

 

 迎え撃つは…

 

 

 

 

      ア  ヴ  ァ  ロ  ン

「”全て遠き理想郷”」

 

 

 

 

 セイバーが右手にかざしたものは…その”宝具”は…

 

「…なんだって…」

 

 驚愕に捕らわれた私の眼前で、それは起こる。

「あれって、さっき士郎が使ったのと同じ…」

 時間が巻き戻ったように、さっきと同じ光景が広がる。ただ異なるのは、使用者が私ではなく、セイバーだということ。

 そしてそれは…

 

「…華凛…」

 

 ”最強の護り”ではなく、”聖剣の鞘”へと大きく意味を変えるのだ。

 

「…ここまでの敵は、難敵、強敵、一筋縄ではいかない奴らばっかりだったな…」

 

 否! ”最強の護り”なのは同じ、それを同じくしながらそれだけではなくなるのだ。そう、”最強の護り”でありながら、それでもなお、””にすぎないのだ。

 

「…それでも、それでもだ…」

 

 セイバーが、一歩を踏み出す。そうして踏み出された一歩は、そのままセイバーの身を駆け抜けさせる力となる。

 最強の宝具同士がぶつかりあった中を、その光の道を、駆け抜けるようにセイバーがその身を飛翔させる。

 

「うわぁっ!!」

 

 驚愕…あるいは、恐怖で黒点虎が叫び声をあげる。

 

「…なんと…」

 

 驚愕…あるいは、憧憬で申公豹がセイバーの姿をその眼差しに入れる。

 

「…っっ!!!」

 

                                       インビジブル・エア

 ライダー達をその眼前に捉えたセイバーは、もう一つの鞘”風王結界”を解き放つ。

 

 そして、繰り出すのは必殺の一撃!!

 

 

      カ   リ

「”勝利すべき…”」

 

 

 

 ゾクリ!!

 

 

 

 不可視の鞘から抜き放たれた剣は…黄金…

 

 

           バ   ー   ン

「”…黄金の剣”」

 

 

 その一撃は、まさに必殺。ライダー達をあとかたもなく吹き飛ばす。

 

 

「…今度の相手は…」

 

 

 

 すっくと舞い降りたセイバーは、ゆっくりと眼差しをこちらへと向ける。

 

 

 

 

「…最強だ」

 

 

 

 

 

 

 


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