ラ  イ  コ  ウ  ベ  ン

「”四界貫く神仙の雷”」

 

 

 …陣とは、固有結界のことだったのか? 平行世界などではなく…

 

 …ああ、平行世界とも言えなくもないけど、まあ固有結界の方が近いと思うよ…

 

 

 …ゆえに、こちらにはまだ、”最強の護り”が残っていた…

 

 

    ア  ヴ  ァ  ロ  ン

「”全て遠き理想郷”」

 

 

 閃光の如き雷の矛を、全てを遮断する無敵の盾で防ぐ。

「ほう」

「へえ」

 その光景を、驚きというよりはむしろ、感心した様子で見つめるライダー達。

 

 光の矛と、光の盾のぶつかりあいは、そのまま全て光にかき消されていく。

 

 

 

 

 

 

〜第十五章〜

 

〜再会は、蒼月の光の下で〜

 

 

 

 

 

 

「…そこまでだ」

 光の奔流の後、しきり直しといったところで、第三者の声がかけられた。

 

「むっ!」

「なっ!」

「ほほう」

 

 日は沈み、一番星と月がその明るさを競い出す時間、その薄暗がりの中を現れいでたのは…

 

「リーベンダーク・フォン・アインツベルン!」

 

「…ば、バカな…」

 背後の聖杯と化したそれと見合わせながら、当然のように最も動揺したのは藤嗣だった。

「ふふん、人形使いは自分だけだとでも思ったかな? 衛宮藤嗣…フォン・アインツベルン」

 ニヤリと笑ってそう言ったそいつは、まさしく写真の通りの傲慢さを感じさせる男だった。

「元から聖杯には、私がなるつもりだった…まあ、私と言ってもその人形の私だがね。アインツベルン悲願の聖杯、私の分身こそが相応しいとは思わないかね」

 とことん芝居がかった男だ。右腕で羽織ったマントを翻しながら、オーバーアクションでそう言った。

 翻ったマントの向こうに覗くのは…

 

「!!!!!!!!!」

 

「…君の望みを聞くまでは、聖杯への願いは君にあげてもいいとも思っていたのだがね。そういう訳にも行かなくなったよね」

 奴が左腕に抱いているのは…あの少女は…

 

「「モモッ!!!」」

 

 華凛と藤嗣の叫びが重なる。

   サーヴァント                              衛宮モモ

 ”切り札”のない奴がこの場に現れたのは、別の”切り札”を用意したからに他ならなかった。

「大丈夫、眠って貰っているだけさ。用がすめば返してあげるとも」

 ニヤリと笑った奴が突きつけてきた条件は、予想通りのものだった。

「ライダーの令呪を渡して貰おうか。そうすればこの子は返そう、等価交換というやつだな」

 

 ギリッッ! ギリギリギリ……

 

 藤嗣の歯がみが聞こえてきそうな苦悩の表情だった。究極の選択…選べないどちらかを選べ…否、捨てられぬどちらかを捨てろという、究極の選択を強いられていた。

「…モモに、モモに手を出したら殺します」

 そう、切り札を握っているのはリーベンダークだけではない。藤嗣のほうも握っている。

「…確かに、交渉決裂した後に私が彼女を殺してしまえば、私は死ぬしかない」

 それは奴も自覚している。藤嗣には究極の選択であっても、奴にとって少女は令呪の反対側の天秤に乗せるような存在にはない。

「…だが、私が殺そうと殺すまいと、君の聖杯への願いが叶えられたら同じではないかな?」

 …それでも、奴は余裕の笑みを崩さない。

「……死なば諸共…とでも言うつもりですか」

 藤嗣は、振り絞るようにそう言った。それに対して…

「いいえ、これは確信ですよ」

 犯人を追いつめる探偵のように、判決を告げる裁判官のように、カモを騙すペテン師のように、そして…あくまで決定事項を告げる予言者のように…

 

「君は令呪を渡す。渡さざるを得ない。

 それがどんな結末を招くことになるかわかりきっていても、この少女を見捨てる選択肢など、はじめから君には存在していない」

 

 …それは、勝利宣言に他ならなかった。

 

 余裕の笑みを浮かべたままのリーベンダークを、射殺すばかりの眼差しで睨みつけ…そのまま、ゆっくりと肩を落とした。

「…私のことなど、私以上にわかっているということですか、アインツベルンには…」

 切嗣ならば切り捨てただろう…だが、藤嗣にはできない。

「元より、モモが大事だからこそ求めた聖杯。モモを失ってしまったら、本末転倒もいいところです」

 それが、藤嗣の藤嗣たるゆえんなのだろう。

 

(…華凛)

 

「…! (…士郎、なに?)」

 この展開に息をのんで見つめていた華凛の心に、私が声をかけた。

(令呪の受け渡しには、かすかにだがタイムラグが生じる。その隙にしかけるぞ)

「おっと、そちらも手出し無用ですよ」

 リーベンダークがそう釘をさすように、モモの顔の側にナイフを近づけた。

「やめろっ!」

 それにあわてる藤嗣を視線だけで封じると、念を押すように続ける。

「受け渡しのタイムラグを狙っているのかもしれませんが、それよりもこのナイフが少女の命を奪う方が早い。そう肝に銘じて置いて欲しいですね」

「くっ」

 打ち手を封じられた華凛が、舌打ちをする。

(…いや、こちらの方が早い。その前にやつを討つことは可能だ)

 

「〜〜〜〜!!」

 

 事は一刻を争う。だからこそ必要な決断であり、だからこそ…どこまでも遠坂な華凛は、意を決し損ねた…

 

「さあ、令呪を…」

 リーベンダークが左腕にモモを抱えたまま、忠誠の口づけを求めるように右手を差し出す。

 

 その右手に藤嗣がその腕を伸ばそうとした瞬間…

 

 

「だめえぇぇっっ!!!」

 

 

 言葉は…そして、光は奴の左腕からあふれ出した。

 

 

「なっ!」

「むっ!」

「ほほう」

 

 あふれ出した光の後には、風が巻き起こる。

 

「がっ!!」

 

 

 

 その突風は、奴をあっさりと壁へと叩きつけ…否、叩き斬った!

 

 

 

 風を纏わすその身は青と白銀…

 

「……っ」

 

 かすかに揺れるその金色の髪…

 

「…くっ」

 

 凛とした眼差しはかつてのまま…手に握るは不可視の聖剣…

 

「…なんだ、それは…」

 

 わき起こる感情は、まさに嵐のようだった。喜び、驚き、怒り、苛立ち、とても一言では言い表せない、百言を以てしても表現しきれない。

 そんな複雑な感情に、かける言葉すらない私に対して、彼女はしごくあっさりとこちらに眼差しを向けると、ゆっくりと笑顔を浮かべた。

 

 

「また会いましたね。アーチャー」

 

 

 不意の再会に驚きつつも喜ぶ、そんな同窓生のようなその態度に、あまりに自然な彼女の言葉に、まとめるつもりもないまま言葉を発する。

「また会いましたねどころじゃない! お前はまだこんなことを…いや、そもそも…くっ…とりあえず、今の私はアーチャーではない、アサシンだ」

 私の言葉に、彼女はキョトンとした表情をする。

「あなたがアサシン…むむっ、まるで正反対のようであり、ぴったりなのやもしれませんね」

 そんな感想はどうでもいい。

「私のことはどうだっていい。そういうお前も、セイバーではないだろう、セイバー!!」

 まとめぬまま発したためか、自分でもおかしな事を口走る。

「とにかく、そんなことよりも…」

                                            セイバー

「何を言いますかっ! この身がここに召喚された以上、”剣の英霊”以外にはありえない!」

「セイバーは既に召喚されている、残るはバーサーカー以外にありえない! …いや、そもそもそんなことよりも…」

 

「なっ! なななっっ!! 何を言いますかっ!!!!

      バ ー サ ー カ ー

 誰が”腹ぺこ狂戦士”ですかっ!! そもそもちゃんと言ったはずです! 私が召喚されるクラスは、セイバー以外にありえないと!!」

 

 怒りがあった、苛立ちがあった。それでも、こうして再び会ってしまうと、喜びを感じてしまう私がいる。こうして会話をしていると懐かしさと楽しさを感じずにはいられない。

「…いや、確かに言っていたが、一つのクラスに一人しか召喚されない以上…いや、そんなことより…」

 いや、そんなことも、もはやどうでも良くなってきている。

「ならば話は簡単です。セイバーを名乗ったそいつが偽物だったということです」

 自信満々に語る彼女の様子と、その内容には、脱力せざるをえなかった。

「安倍清明がバーサーカーだって…」

 華凛も思わず頭を抱える。

「なにそれ、…狂いっぷりのベクトルが違いすぎでしょう」

 

「ほ、ほえぇ…」

 

 一人、状況がまったくわかっていない少女が、驚きの声をあげるのも無理からぬ事だろう。

「アーチャー、積もる話はありますが、後にしておきましょう」

 セイバーはチラリと上空のライダーを見上げ、そしてゆっくりと膝をついて少女と目線の高さをあわせた。

「あなたが私のマスターですね。名前を教えてくれますか?」

「え、えっと、モモ…衛宮モモ」

「モモ…良い名前ですね」

 ニッコリと笑ってそう言った。

「モモ…状況は、わかってますね?」

 そのセイバーの問いかけに、少女は幼いながらも真剣な表情をうかべて、しっかりとうなずいた。

「うん、聞こえてた。わかってるよ」

 

「ではモモ、教えてください。”あなたの願いは何ですか?”」

 

 そのセイバーの質問に、少女はしっかりと答えた。

 

 

「お父さんを…たすける!」

 

 

 

「了解だ。マイマスター!」

 

 

 

 

 

 

 


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