「…さすがに、もう”まさか”っていうよりは”またか”っていう感じですね」

 藤嗣を前にして、華凛がゆっくりとそう口を開いた。

「…でしょうね、私としてもまたこうしてこんな風に会うことになるとは思っていませんでした」

 藤嗣も微苦笑を浮かべて、そう答えた。

「前に大聖杯、後ろに聖杯を置いて、何を願うつもりなのかしら」

 藤嗣の前に突き刺されている宝石剣模造品を”大聖杯”、後ろに佇んでいるリーベンダーク・フォン・アインツベルンを”聖杯”と、華凛は断じた。

「セイバー、アーチャー、ライダー、そしておそらくはランサーもアインツベルンのサーヴァントだったわけね」

 確認するように、華凛が言葉を紡ぐ。

「藤嗣さん、あなたの目的は聞いた。経緯はずいぶんとすっ飛ばしてくれていたようですけどね。

 遠坂の前当主を殺し、遠坂の秘宝を奪い、聖杯戦争を引き起こし、計算通り勝ち進むというわけですか」

 腕組みをし、不敵に藤嗣を睨みつける。

「事の次第、是非あなたの口からお聞きしたいですね」

 そう言う華凛に対して、藤嗣はこちらをチラリと見て…

「また時間かせぎですか? …アサシンの固有結界が発動するまでの」

 …前回の反省をふまえてか、こちらを警戒する答えを返す。

 その答えに、華凛は組んでいた腕を外して、髪をかき上げる。

「…藤嗣さん、私はあなたを殺したくない。それはモモが悲しむ顔を見たくないから…そんな、ずいぶんと人間らしい理由から。

 そして、そんな私らしい理由からです」

 かき上げた腕を、そのままゆっくりと藤嗣に向ける。

「…ですが、前当主を殺された上で奪われた遠坂の秘中の秘宝を、むざむざと目の前で使わせるわけにはいかない。

 なにをしてでも、どんなことをしてでも…たとえあなたを殺すことになってでも、取り返さなくてはならない。これはこの魔術刻印への誓いです。

 私はあなたを殺すしかない。それは魔術師としての絶対の理由から」

 

「…そして、これも私らしい理由からです」

 

 ガント撃ちの構えをまっすぐに藤嗣に向けて、そう告げた。

「答えてください、藤嗣さん…いいえ」

 

 

「答えなさい! 衛宮藤嗣、フォン、アインツベルン!!!!」

 

 

 それは、最後通牒に他ならなかった。

「…確かに、答えるべき…いいえ、答えなければいけないことですね」

 藤嗣が、ゆっくりと口を開いた。

「華凛さんが言った様に、彼らがここへ来た目的は聖杯戦争に勝つ為…そして、その為の準備の為です。

 もちろん、それにははじめからこの宝石剣模造品の奪取も含まれていました」

 ピクリと動いた華凛の手は、ガンドを撃とうとした為か、あるいは撃とうとしたのをやめた為か。

「彼らが三人でやってきたのも…それもアインツベルン選りすぐりの武闘派で来たのも、聖杯戦争をより優位に戦っていく為、そしてそれ以上に凛さんからこの剣を奪取する為だったに他なりません」

 華凛の手に集まっている魔力は、もはや一撃必殺のレベルにまで達している。それを前にしておきながら、藤嗣は恐れることなく言葉を続ける。

「”魔法使いに最も近い魔術師”の力をもってしても、一人を返り討ちにし、一人の片腕と片足を吹き飛ばす所まで…そう、結果は見ての通りです」

 自分の前に突き刺さっている宝石剣模造品に目をやって、藤嗣がそう言った。

「ですが、彼らの戦力が半減されたのも事実。聖杯戦争を引き起こすことはできても、勝ち残れなければ意味がない。そこで彼らは思いだした。

 

 うち捨てていた、失敗作を」

 

 自らを称して、そう言った。

「後は前回話した通りです。モモをたてに私に協力を強要してきました」

「そして、逆に返り討ちにし、武闘派一人を人形に封じてその令呪を奪い、リーダー格は令呪を奪った上で聖杯に仕立て上げたってわけですか」

 自分は手伝わされただけだと言う様な、奴の卑怯な言い方を皮肉るように、華凛がそう口を挟んだ。

「…最初はそんなつもりなかった。実際、私にはなんのサーヴァントも召喚することはできなかったのですから」

「えっ…」

 嘘を言っている様には見えない…だからこそ、華凛もその言葉に驚きを浮かべた。

「私の魔力はあまりにつたなく、中途半端でしたから、彼らのもってきた縁をもってしても何のサーヴァントも召喚できなかった。

 彼らにしても拍子抜けだったでしょう。リーベンダークはアーチャー・ヘラクレスを、シュナイハはランサー・林冲を召喚しただけで、今回の聖杯戦争は幕を開けました」

 既にもう倒したサーヴァント二体の名前が挙がった。衛宮邸で交えたセイバー・安倍清明も、現在ただいま上空で面白そうにこちらを眺めているライダー・申公豹の名前もまだ登場してはいなかった。

「そのときは、本当に私にとって聖杯戦争を勝ち抜くつもりはサラサラなかった。

 ただ彼らアインツベルンが勝てばいい。そうすればアインツベルンは聖杯の呪いから解き放たれるだろう…今後の私達には何の危難ももたらさないだろう…ただ、そう考えていました」

 そこまで語って、藤嗣はゆっくりと背後に佇む…いや、磔にした男へと視線をやった。

 

「…そう、彼らがモモを聖杯にしようなどと、考えていなければね」

 

 その眼差しには、邪眼もかくやといわんばかりの殺気が込められていた。

「それを知ったとき、頭が真っ白になりました、経緯を知りながらも、あなたへの助力を求めようとも考えました…」

 そういいつつも、すぐさまかぶりを振って否定した。

「…いいえ、嘘ですね。そんな冷静な判断はできなかった。ただ怒り…そう、焼き尽くすような怒りで頭は真っ白になりはてていた。ただ、ただなんとかしようと思った。なんとかしてやろうと…」

 今度は上空を振り仰ぐと、言葉を続けた。

「…そんなときですよ、声がしたのです。”手を貸してやろうか?”という声がね」

 申公豹が”得たり”というように、微笑みを浮かべた。

「後は、先ほど華凛さんがおっしゃったような顛末ですよ」

 藤嗣はそう言うと、暗い微笑でこちらを見つめる。

「ここまでやった以上、もう後戻りはできない。勝つしかないんですよ」

「…そう、わかったわ」

 華凛はゆっくりと目をつぶり…

 

「士郎っ!!」

 

 カッと目を見開いて、私へ命じた…そう、戦闘の開始を告げたのだった。

 

 アンリミテッドブレイドワークス

「”無限の剣製”」

 

 当然、詠唱は既に終わっている。夕日で紅に染まっていた大地を、更なる赤で染め上げる。

 

「ライダー、よろしくお願いします」

 

「ふむっ、任された」

 藤嗣の言葉に、黒点虎にまたがったままの申公豹がゆっくりと私達の眼前へと舞い降りた。

「”無限の剣製”ね。少しばかり興味のあった””…ああ、君たちの言うところの”固有結界”ってやつね」

「なに?」

 戦闘開始は告げられているのに、物珍しげに辺りを見回していた申公豹がそんなことを言った。

          ほうしんせんそう         じゅうぜつじん

「そうだね。”封神戦争”の時に見た”十絶陣”以来だね。聖杯戦争もなかなか面白いね、申公豹」

               まんとうじん

「うん、言うなれば”万刀陣”ってところかな。なかなかに面白い世界だ」

 黒点虎の軽口を、申公豹がそう補足した。

「陣とは、固有結界のことだったのか? 平行世界などではなく」

「ああ、平行世界とも言えなくもないけど、まあ固有結界の方が近いと思うよ」

 私の質問にも、あっさりとそう答えた。

「…くく、そうか…」

「なにか、面白いことを言ったかな?」

 私が浮かべた笑みに対して、申公豹がそう聞いてきたが…

 

「ああ、だが、もう関係のないことだがね」

 

 …四方八方、立方六十四方から、申公豹達をぐるりと宝具で取り囲む。

「こいつはすごいね。本当にどれも力のある宝具みたいだ。一撃でも受けるとかなり痛そうだね」

「うん、すごく痛そうだね、針虎になっちゃうよ」

 数十を軽く超える宝具にぐるりと取り囲まれながらも、まだ軽口をたたき合う二人に向けて…

 

 

 ドン…ドドドン…ドドドドドドドドドン!!!!

 

 

 …迷うことなく全てを撃ち出した。

 

 避けようはない、かわしようはない、そのネズミすら通さぬほどの宝具の雨霰の中…

 

「なっ!」

 

「…さっきのは見たことあるね、天竺のほうの武器だったよ」

「…うん、その前のも見たことあるよ、蓬莱のほうの奴だよ」

 

 …奴らは世間話するように、飛来する宝具についてしゃべりあっていた。

 

「なによ、それっ…」

 華凛が絶句するのも無理はない。私自身目を疑いたくなる光景だった。

 超高速で飛び交う宝具の中、奴らはその場から動いていない…それなのに、宝具は当たらない…いや、すり抜けている。

 

「…”すり抜けている”とか、思っちゃいましたか?」

 

 次の瞬間、背後からかかった声に、思わず干将莫耶を振り抜くが…

「残念、外れですね」

 …いつの間にそこにいたのか…移動したのか、黒点虎にまたがった申公豹が楽しそうにこちらを見ていた。

「バカな…」

「…くくくっ、バカなのはそっちの方だよ」

 黒点虎がいやらしく虎の口で笑みを浮かべた。

「申公豹は何のサーヴァントで召喚されたと思ってるの? ライダーだよ。くくくっ、仙界最速の称号をなんだと思ったわけ?」

「……………」

 確かに、速いと言えば速すぎる。始点から終点へ、その間をすっ飛ばすかのような移動方法…これ以上ないという速度と言えるかもしれない…

    しゅくち

「…”縮地”か」

「ご名答」

 よくできましたと言わんばかりの笑顔で…その上、拍手もしている。

「…そんな…」

 強大な敵であるとはわかっていた…わかっていたつもりだった…それにしても…

「…なんて、デタラメ…」

 これまでも恐るべき速度の敵と戦った。

 肉食獣もかくやという速度のランサー、爆風のごとき剣を操ったセイバー、同時に三つの軌跡を描く奇跡の剣を振るったアサシン、その速度は破壊力と化して敵を消し去るライダー…だが、そのいずれとも異なる速さだった。

 

「じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」

 

 次の瞬間には、再び上空へとその位置を変えていたライダーが、ゆっくりと鞭を振り上げた。

 

「…そういえば、まだ答えていなかった質問がありましたね」

 

 藤嗣が、世間話の途中で思い出したというように、そう口を開いた。

「聖杯に、何を願うのか? …でしたっけ」

 藤嗣は、ゆっくりと微笑を浮かべて言った。

「その通りよ! この聖杯は、全て破壊でしか叶えられない。そんな汚れた聖杯に、何を願うと言うのよ!!」

 華凛が怒鳴りつけるように、そう聞いた。

「…心配いりませんよ。私の願いも、そう、ただの破壊ですから…」

 笑顔のまま、続けた。

 

 

「…”私とモモを除く、全てのアインツベルンの消去”…」

 

 

「はっ…」

「へっ…」

 

 

 

 

 

 

〜第十四章〜

 

〜それが、聖杯へのねがい〜

 

 

 

 

 

 

「…そんな…」

 聖杯に、そんなピンポイントでもたらすような破壊はできない…ありえない。アインツベルンの一族が、世界中のどれだけの地に広がっているのかわからない…定かではない。

「…それって…」

 つまりは…そう、つまりは、全世界を巻き込んだ恐るべき規模の大破壊…それを願うと言っているのだ。

 

 

「じゃあ、ね」

 

 

 既に打ちのめされている中、上空からの声は更なる追い打ちだった。

 

 

 

 

  ラ  イ  コ  ウ  ベ  ン

「”四界貫く神仙の雷”」

 

 

 

 

 

 

 


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