「さて、指針が決まったところ悪いが」

「ん、なに?」

「アーチャー、ヘラクレスはどうする?」

「あうっ」

 どうやら、それについてはこれから考えることになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

〜第十一章〜

 

〜赤と黒、再び相まみえる〜

 

 

 

 

 

 

「士郎から見た客観的な戦力分析を聞かせてくれない? …どれだけ絶望的なものでも構わないから」

 華凛がまっすぐにこちらを見て、そう聞いてきた。

「いいだろう、前回の聖杯戦争時のものと、今回の戦闘経験から判断して答えよう。

 奴自身のパワー、タフネス、判断能力等も大きな要素ではあるが、英霊の最大の能力は宝具にこそある。そしてヘラクレスの宝具は大きく二つだ。

        ナインライブズ

 一つが”射殺す百頭”、華凛も見た様に私の放った百近い宝具の全てを迎撃しきれるほどの、強力な精度と威力を持っている。遠距離戦においての死角はほとんどないだろうな。

             ゴッド・ハンド

 もう一つが、”十二の試練”だ。確認はしていないが、前回の聖杯戦争時に持っていた物だから、今回も持っていると考えた方がいいだろう」

「どんな宝具なの?」

「一言で言うならば、命のストックだ」

「命のストック…って」

 華凛が唖然とした顔で聞き返してくる。

「死亡後即蘇生がされる。つまり奴は十二の命を持っているということだ」

「ゲームじゃないのよ、なにそれ」

 華凛が言う様に、反則としか捉えようのない宝具である。

「つまり、それって」

「ああ、接近戦においても、十二回殺される前に一回殺せば奴の勝ちだ」

「それって、死角はほとんどないって言わないの?」

「いや、接近戦のほうが死角はある。…もっとも、すぐに蘇生するがな」

 華凛が私の物言いに、ジト目で睨みつけてくる。

「殺される前に、十二回殺せる勝算は?」

「死角はあるが、奴の接近戦能力は極めて高い。普通に考えて、一回食らう前にこちらから繰り出せる攻撃も一度…せいぜいあっても二度だろう」

「はー、厳しいなあ、それ」

 溜息をつく華凛に対して、わかっているだろうことをあえて告げる。

「サーヴァントの方に死角がほとんどないということは、狙うはマスターの方になる…というのが聖杯戦争における常識だが」

「…できれば却下したい案ね。無理言ってるなあとはわかっているんだけど」

「目的の為には手段を選んでいる余裕はないんじゃないのか?」

 そう、相手はあのアインツベルンである。どんな手段を選んでくるかは予想できないのである。

「それこそね。私の目的はただ一つ、今後も明るく楽しく私らしく生きていく事よ。聖杯戦争の勝利も、その手段の一つでしかないわ。

 そのために私らしさを失ってしまうのなら、本末転倒ってやつよ」

「くくっ、よく言った。華凛」

 そう、目的を忘れてはいけない。目的を見失い、手段たるべき聖杯を目的と見誤ってはいけないのだ。

「チャンスが二回しかないのなら、一回で六回以上殺すしかないな」

 私のその言葉に華凛は唖然とした表情をした後…

「そんなことが…できるのね」

 そう質問…ではなく、確認をしてきた。

 その信頼の眼差しに対し、私はただ一言…

 

「やろうじゃないか」

 

 一撃でヘラクレスを六回以上殺せる宝具…思い当たる宝具は確かにある。そんなものを二度放てるかなんて、宝くじ並の確率であろう。

 しかし、不可能なことではありえない。

 …ならば、実行するのみだ。

「なるほど、さし当たって必要なのは、十分睡眠をとって魔力を回復させること以外にはなさそうね」

「そうだな、奴らも寝込みを襲ってくることはあるまい。いつでも勝てるという余裕が向こうにはあるからな」

「上等、たっぷり休ませて貰おうじゃない」

 

 

 

 

 明朝…というよりは、すでに昼と呼んで差し支えない時間になった。

「だるー」

 寝起きにしてもひどすぎる…百年の恋も冷める酷い表情で、ソファーの上でだらりとしている華凛。

「二日酔いでももっとしゃんとしているぞ、しっかりしないか」

 言っても詮無きこととはいえ、紅茶を入れながらそう助言をする。

「あ、ありがとー」

 今の華凛には私の助言よりも紅茶のほうが効くと言うことは、明らかだった。ぽやぽやと半分寝ているような感じで、くぴくぴと紅茶をすする様は微笑ましい様な、情けない様な。

 

 ジリリーン…ジリリリーン…

 

 ひどくレトロな音で、電話の呼び出し音が鳴り響く。

「しろー、でんわー」

「私は執事ではないぞ、自分で出ろ」

「んー」

 とてとてと電話の所まで歩いて、ふあーい…と実に情けない声で応対する。

 …が、一瞬で覚醒した様に、しっかりした声を出し始めた。ゆえにすぐに聞き耳を立てた。

『おはようございます、華凛さん』

 電話の向こう側から聞こえてくるのは、間違いなく…

「はい、おはようございます、藤嗣さん」

 …アーチャーのマスター、衛宮藤嗣だった。

『私のサーヴァントはどうでしたか?』

「なんです? 自慢ですか。ボクのサーヴァントつっよいだろーって?」

『ふふっ、まあ当たらずとも遠からずですね。どうですか、降参しませんか?』

 わざとだろうか? そんな言い方は華凛にとっては挑発以外の何物でもない。

「残念ですね、私のサーヴァントも超強いですから、ちょーですよ」

『…そうですか、では決着をつけるしかありませんね』

「今からですか?」

『早いほうがいいでしょう?』

「場所は?」

『お好きなところで』

「そうですか、ではお言葉に甘えさせていただいて…」

 ちょっとそこまで買い物に誘う気軽さで、果たし合いは決定された。

 

 …まあ、文句はないのだがな…

 

 

 

 

「…なんとも、戦闘の場所としては華やかだな」

 漆黒の巨人は、辺りを見渡しながらそう言った。人の姿がしないとは言え、花畑の中というのは奴にとっては戦場に見えないのだろう。

「あなた一人だけ? アーチャー」

 私の前でしっかりとヘラクレスを見つめる華凛が、そう確認をした。

           メイガス

「不満かな、”魔術師”よ」

 予想通り、藤嗣はこの場には現れない。ヘラクレスのみで十分と見たか、私達に狙われることを恐れたか、いずれにしても計算通りだ。

「いいえ、それにこの場所も…」

 

アンリミテッドブレイドワークス

「”無限の剣製”」

 

「…戦場としてふさわしくはないかしら?」

「いいだろう」

 ヘラクレスが構えをとり、華凛が背後へと下がる。

 

 

 

 紅の戦場で、再び相まみえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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