「…ん…」
「おーい、華琳、聞いてるかー」
「失礼ね。貴方じゃあるまいし、ちゃんと聞いてるわよ」
「…俺じゃあるまいしって、ひでえな」
私の一言に、若干傷ついたような表情を浮かべる男…北郷一刀…そう、一刀だ。
私がいるのはいつもの王の間、私が座っているのもいつもの玉座。一刀の言葉通りというのは癪だが、ちょっとぼんやりとしてしまっていたようだ。
「こらっ、ちんこ! 華琳さまにえらそうよ!」
「ちんこって、お前なあ」
「いいわよ、桂花。今更よ」
「ですが、華琳さまっ」
「それで一刀、続きを話なさいな」
桂花がまだ納得いかなさそうな顔をしているけど、放っておいたら話がまるで進まない。
まあ、一刀の横でしゅんとした顔で所在なげに立っている春蘭を見るに、なんとなく用件はわからなくもないのだけれど…
「ああ、まあ、一言でいうとだな…」
コホンと一息ついて…
「やっぱ、春蘭いらね」
…身も蓋もない言い方だった。
「こらっ! 貴様! なんだそのいいざまは!!」
「むー、ぶっちゃけすぎだったか」
「今更あれよ、猫の手も借りたいっていうから、とにかくあれよ、こっちもいらないから返すな!」
「なんだとっ! 桂花まで!!」
「いやー、借りたいのは猫の手であって、虎の手では決してなかったということだな」
「こっちだと、もっと使い道ないんだから、そっちでなんとかしなさいよ!」
「ふ…ふえぇぇぇ〜〜〜ん、華琳さま〜〜〜!!」
いらん子の押し付け合いみたいな状況に、さすがの春蘭も泣きながら私に抱きついてきた。
「よしよし。ちょっとひどいわよ、二人とも」
春蘭の頭をなでながら、たしなめるつもりで二人にそう言った。
「むー、そう言うがなあ…」
…一刀の話をまとめると、警備部に借り出された春蘭が、まあ、張り切りすぎたということみたいだ。
「ですが、お兄さん。ぶっちゃけ、予想できた展開だと思うんですけど」
風が相変わらず眠そうな顔で、ずばりそう言った。
「そーだそーだ、予想しておけ!」
へへんと調子に乗った春蘭に…
「春蘭は黙ってなさい」
「はい…ごめんなさい」
「…まあ、予想できたと言えば、予想通りとは言えるかな」
一刀がボリボリと頭をかきながら、そう言った。
「ちょっと張り切りすぎた所はありましたが、春蘭様が居られたおかげで、警備隊のみんなも普段よりしゃんとしておりました」
「そうそう、町でも『魏武の大剣』直々の警備とは頼もしい限りって、評判は上々だったよー」
「そりゃ、ちょーっとやりすぎな面はあったかもやけど、たまにはええ薬になるんやないの」
北郷隊の面々が、そう言って春蘭の擁護にまわった。
「へっへー、そうだろー!」
「…姉者」
「はい…ごめんなさい」
簡単に調子に乗る春蘭を、秋蘭がたしなめる。
「まあ、いらねというのは、実際嘘だ。反省だけはせめてして欲しいからそう言った。悪かったな、春蘭」
そう言って、一刀が春蘭に頭を下げた。
「む、こちらも、ちょっとやりすぎたと反省している」
一刀が謝ったのもあって、春蘭も素直にそう答えた。
「これからはもう大きな戦もないだろうから、春蘭にも警備を頼むことが増えると思う。少しずつでも覚えていって欲しいんだ」
一刀が真摯な眼差しでこちらを見つめて、そう言った。
「そうね、大陸も統一して…」
…ああ、そうか…
…そこで、気づく。
気づいた以上、そのありふれたいつもの光景は、もうありふれたものでは無くなってしまう。
何の特別なことでもない日常だったそれは、特別であったのだと告げるように現実味を失ってしまう。
〜真・恋姫無双〜
「ゆめ」
「…夢、か…」
気づいたからと言って醒めなくてもいいのに…そんな私の気持ちをあざ笑うかのように、天蓋に描かれた龍と目が合う。
「…塗りつぶすわよ」
八つ当たり気味にそうつぶやくと、起きあがる。眠気もすっかり覚めてしまっていたので、気分直しに窓際へと向かう。
「…夜なのに明るいと思ったら、今日は満月なのね」
夜空に煌々と輝くのは、大きくて綺麗な真円。
「…あれから、何度目の満月かしらね…」
数えていないし、数えたくはなかった。
私が主役の物語はまだまだ終わっていないし、むしろこれからの方が長いはずだ。
ただまっすぐ歩いてきた。為すべきことを為すために、成したいことを成すために、振り返ることも立ち止まることも怖れるかのように、まっすぐ駆け抜けてきた。
ただこのごろは、立ち止まることが多くなった。振り返ることが増えてきた。
「…あなたが残したのは、この満月のようなものね」
立ち止まって見上げれば、今も美しく輝く満月。
こんなに大きく、こんなに鮮やかに見えるのに、どれだけ手をのばしても届かない満月。
「あーあ、独り寝はダメね。つまらないことばかり考えるから」
自嘲気味につぶやく。一刀が残してくれたものは…大切なものは、全て形のないものばかりだ。
「魏の種馬が、聞いてあきれるわよ」
あのバカは、ずいぶん仕込んだくせに…結果として、誰も当たりはしなかった。
桂花あたりが当たったら面白いわねとか、冗談交じりに話せていたころが懐かしい。誰かが残してくれるだろうと期待していた忘れ形見が、残されることがなかったことを知ったとき、夢が幻想(ゆめ)になった。
彼の忘れ形見を次の魏の王にする…そんな夢をいつの間にか見ていたことを、その時知った。
誰あろう、一刀と私の子を立派に育てる…そんなことを根拠もなく信じていたと、その時に知らされた。
覇道の次に目指したものが、そのような微笑ましいものだったことを知ったときが、夢が終わった時だった。
王の夢を果たした後に見た、少女の夢は、あっけなく消えた。
「…ホント、憎らしいくらいに綺麗な満月…」
「…ふぁ…」
「…華琳さま」
「ゴメン、何だったかしら秋蘭」
昨日はあのままぼんやりと満月を見て夜更かしをするという、無駄としかいいようのない夜を過ごしてしまった。ホントに、憎たらしい。
「いえ、特に華琳さまの手をわずらわせなければならないほどの案件は、ほとんどございません。あるにしても、早急に決めなければならない類の物はありません。
…ですので、本日はここまででもかまいませんが」
今日の私は目に見えて腑抜けているらしい。そんな秋蘭の言葉に、それならと思ってしまっているのだから。
「…それじゃあ申し訳ないけど、あと一件だけ聞いた後は休ませてもらうことにするわ」
「それがよろしいかと」
秋蘭はそう言ってうなずくと、稟に目配せをする。
「わかりました。それではこの案件を…」
以前なら、こんなときにはキャンキャンとかわいらしく噛みついてきていた稟も、しょうがないと言わんばかりに案件を読み上げる。
「…倭からの、使節団…ねえ」
「小さな島国ですから、華琳さまの魏の後ろ盾を得て、その地盤をしっかりとさせたいというわけでしょう」
桂花が鼻も高々に、そう言った。
「…正直、こちらとしてはあまり得にはなりませんが、命がけでやってきた朝貢団ですから」
「…とりあえず、もらうものもらって、なんかそれっぽいものと言葉をあげればいいんじゃないですかー」
稟の言葉に、風が身も蓋もないことを言う。
「まあ、そうね。追い返す意味もないし、歓迎の用意をして出迎えるとしましょう。いつくらいにこっちに来るのかしら?」
「それでは、街道警護と港までの見回りも兼ねて、凪に向かわせましょう。数日中にはこちらに到着するでしょう」
「じゃあ、それでお願いするわ」
それで、今日の議はおしまい。
乱世のみならず治世においてもやることは山積のはずなのだが、私の決定がなければまるで動かないような魏ではない。
治世の能臣、乱世の奸雄と言われた私だったが、臣でなく王となった私に治世ではやることはないということなのか、整然と国は育ち、粛々と歴史は進んでいく。
その日は、なんだか朝からバタバタしていた。
「…なにごと?」
ドタバタとしているくせに、誰も呼びに来ないのでこちらから顔を出す。
「ああ、華琳さま、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
私に最初に気づいた秋蘭が朝のあいさつをしたところで、その場にいた全員が頭を下げてきた。
「おはよう、みんな。…それで、何をバタバタとしているの?」
「はい、華琳さま。前に議題に出ました倭の使節団が、まもなく到着するとのことで」
私の質問に、稟がそう答えた。
「あら? 早いわね、もう着くの」
あれから二日と経っていない。
「真桜ちゃんじゃないのに、突貫で往復しちゃったみたいですねー」
街道の見回りも兼ねていたはずなのに、凪にしては珍しい。何を焦っているのか。
「命がけで海を越えてきたというのに、陸路でも楽をさせてあげないというのは、ちょっとひどい話ね」
使節団をねぎらった後は、ちょっと叱っておかなければならないだろう。
「…まったく、そんなに慌てる必要なんて、どこにも無いというのに」
桂花が納得がいかないような…怒っているような…なんとも言えない表情をしていた。
「まあ、気持ちはわからんでもないしなー」
「あら、霞までいるの? ここで見るのは久しぶりね」
「えっ、ええっと、…そりゃ、あれや。わざわざ海まで渡ってきたって連中、見てみたいやんか。好奇心ってやつやね、うん」
珍しく公務に出てきたと思ったら、なかなか挙動不審な霞だった。
「そうそう、好奇心ですよ、華琳さま! 別に何もほん…モガモガ」
「…何をやっているの、あなた達は?」
「えっ、えーと、そう! 春蘭さまに、ボクのとっておきの饅頭を食べさせたくなったんですよ…うう、とっておきだったのに…」
春蘭の口の中に、季衣が饅頭を放り込んだみたいだ。自分でやっておきながら泣きそうになっているのは、よくわからない。
「ほら、あとで作ってあげるから」
そんな季衣を、流琉がなぐさめているのをぼんやりと眺めながら、なんとなく感じる。
どことなく祭りの前の気配。魏の主要人物がここに一堂に会して、何かをそわそわと待っているような感じ。
「これで真桜と沙和がいたら、ほぼ全員そろうことになるわね」
そう、ほぼ全員。…夢を見ていた頃の、夢の中にいた頃の、”ほぼ”全員がそろうことになる。
「あの二人も途中から迎えに行ってますから、一緒に参りますよ」
秋蘭がどこか楽しそうに、そう教えてくれた。
「そうなの? ふふっ、それはすごいわね。魏の主要人物総動員でお出迎えとは、これだけでも十分に海を越えてきた価値はあるんじゃないかしら?」
そう私がおどけて言ったところで、表が騒がしくなってきたのが聞こえてきた。どうやら、賓客の登場のようだ。
「戻りました!」
「ただいまです!!」
「…お連れいたしました!!」
三者三様、何か興奮しているのだけは通じた。
「そ、そう、ご苦労様」
一言もの申す予定だったのに、なんだか気圧される。
…何に? なんだかわからないけど、何かが動いている。何とは言えないけど、何かを感じる。
「…華琳さま」
秋蘭が、確認するように求めてきたので、頷いて返す。
…何故か、周りの興奮が伝染してきたように、頷き返すだけで精一杯だった。何かが起こる。その何かなんてわからないのに、確信している。確信してしまっている。
「…手順としては逆なんですけどね」
ボソリとつぶやかれた言葉に、それを発した本人を見たら…
「…ではでは、魏王のお許しが出ましたので、入ってきてください!」
…しれっとした顔で風がそう言って、外で待機している倭の使節団をうながした。
総勢で十人といない、かの国からの使節団が入場してくる。
…ただ、その中に一人…
「…あー、おほん、えふん、魏の王におかれましては、なんだ、ご機嫌麗しゅう…」
…代表なのか、似合わない挨拶をして…
「我らが、王…えっ、女王? 無茶苦茶書いてやがるな、あのじじい…」
…手元の手紙を、つっかえつっかえ読みながらも、こちらをチラチラと伺うのは…
「…って、もういいや。…あー、うん、なんだ…」
…視界に入るのは、唯一人…
「…ただいま、華琳」
…夢に見た…夢でしか見えないと思っていた…懐かしい、笑顔だった…
「…かずとーーーーー!!!!!」
…後のことは、あんまり覚えていない。…というか、忘れたい。
…嘘。忘れたくはない。あったかくて、なつかしくて、やさしい匂いに、久しぶりに包まれた記憶は、恥ずかしいけど、大事なものだ。
あとはわちゃくちゃ。みんなが集まってきて、私まで巻き込まれて、一刀と一緒にわやくちゃにされた。
「…えー、我らが魏王におかれましては、あなた方の献上物を大層お気に召しました。
返礼は期待してくれてかまわないぜーっていうか、私もそろそろアレに混ざりたいので、あんた達はどっかの客室に引っ込んでいてくださいな」
…また一緒。今度は私の少女の夢を、側で見ていなさいよ、一刀!
後書き
ずいぶん久しぶりとなります。今回書いたSSは「真・恋姫無双」です。
話の位置づけとしては、魏エンド後のお話って感じですね。
「恋姫無双」から「真・恋姫無双」へのパワーアップで、一番魅力が増したのは魏の連中だと言っても過言ではないのではなかろうか?(反語w)
やっぱ、曹操というか、華琳さまは勝って勝って勝ちまくって、フフンとしているのが似合ってるからw
ぶっちゃけると「恋姫無双」時代は、あまり魏って印象に残ってないのよねえ。なんというか、通過点というか、あまり脚光をあびていなかった感じがします。
それが「真・恋姫無双」ではメインヒロインの一人ですからね、一番出世した感じです。
それと、一番主人公の扱いがひどかったのも、魏でしたなw
後は、一番エンド後がしんみりさせられたのも、印象強いですな。
今作でもっともツンデレだった華琳さまが、これからデレるというのに!w
まあ、このSSでも、これからデレるというところで終わってますがw
ではでは、感想なんかをいただけると非常に嬉しいです♪