「い、…いよいよだな、葵ちゃん!」

「は、はい! …いよいよです、先輩!」

 いったい何度このせりふを言い合っただろうか?

「だ、だめです先輩、…入る前から緊張しちゃってます」

「大丈夫! 葵ちゃんは強い!」

 しかし、葵ちゃんのあがり症がうつったわけでもないだろうが、俺もかなり緊張してしまっている。

 

「ついにこの日が来たな…」

 

 思わずつぶやく。

 

 そう、今日はエクストリームの予選の日なのだ。

 これまでの俺達、つまり俺…藤田浩之と、葵ちゃん…松原葵、二人の努力はまさにこの日のためにあったのだ。

 

「しかし、予選まで日武でやるか…」

 日本武道館…コンサートなんかでは来たことはあるのだが、その名の示す通りの武道のために来たことは、もちろん初めてだった。

 それも、出るほうなんて去年までは考えたこともなかった。

 そんなわけで俺達は日本武道館を前にして、さっきのようなやり取りを繰り返しているというわけだ。

「とにかく入ろーぜ、いつまでもここに居てもはじまんねーし」

「はい。…そうですね」

 そう答えつつも、葵ちゃんは日本武道館の大きさに圧倒されていた。

 まあ、わからなくもない。コンサートの時は気にもしなかったが、いざ自分がその舞台に立つと思うと…この大きさ、そしてその名前は強力な威圧感がある。

 けっこう図太い方だと思う俺でさえ、かなり緊張しているのだから、あがり症の葵ちゃんにしてみれば、…言うまでもないだろう。

「気楽にやればいいさ。初出場なわけだしな」

「そ、そーですよね」

「外から見るから威圧感を感じるんだ、中に入りゃあ…」

 

 ………

 …

 …さらに感じるな、こりゃ。

 

 これが入ってからの第一印象だった。

 となりでは葵ちゃんがもう泣きそうな顔になっている。

「しかし、ずいぶんたくさん来てるんだなー」

 会場にはそれぞれの道着に身を包んだ、強そうな連中がごろごろいた。  

 

「そりゃそうよ、なんといっても最強を決める大会ですもの」

 

「えっ!?」

「あ、綾香さん!」

 振りかえると、そこには綾香が居た。

「はーい、葵! …調子はどうかしら?」

 来須川綾香…前大会の覇者、エクストリームの美しき女王、その立ち居振舞いの一つ一つからまでも王者の風格をかもし出していた。

「やーねえ、照れるじゃない」

 

 …お前はエスパーか、…琴音ちゃんじゃあるまいし(まあ、琴音ちゃんのは念動力だけど…)

 

「じっと見つめちゃってさ。…葵の前であたしを口説く気かしら?」

「ばっ、馬鹿言え!!」

 …からかいやがって、たくっ…

「しっかし、お前はずいぶん余裕だな。普段と全然かわんないでやんの」

「当たり前じゃない、出ないんだもん」

 

「な、なにいいぃーーー!!!」

 

「別にそんなに驚くことないじゃない」

「だって、お前が葵ちゃんを誘ったんだろ、…なのに…」

 なのにこいつときたら、はあぁーー、わかってないなぁーー…なんて顔しやがって。

「浩之、勘違いしてるわよ。あたしはエクストリームに出ないとは言ってないわ、今日は出ないってだけよ」

「綾香さんは今日の予選、フリーパスなんですよ」

 葵ちゃんが横から教えてくれた。

「…そーなのか…」

 まー、そうだよな、前大会覇者が予選から出るわきゃないか。

「じゃあ何しに来たんだ?」

「開会のあいさつに呼ばれたの、あとは…」

 綾香はそこで一旦言葉を止めると、葵ちゃんと視線を合わせる。

「…もちろん、あなた達を見にね」

「あ、綾香さん…」

「…つまんないところでこけないでよね」

 綾香が真剣なのは端から見ている俺からもよくわかった。…しかし…

「じゃあそろそろ行くわね。本選でまってるわ」

 綾香はそう捨てゼリフを残すと、会場の中央へと消えていった。

 俺はちらりと横にいる葵ちゃんを見る。

 

 …やっぱりだ。

 

 予想通り葵ちゃんはがちがちに震えていた。もちろん、綾香のセリフがプレッシャーになったのだ。

 …綾香のやつもそれくらいわかれよなー、ったく。言いたいこと言いやがって。しっかし…

 

 ……綾香って、ほんと週刊少年誌向けの性格してっからなあ…

 

 …言わずにはいられないんだろうな。

「大丈夫、葵ちゃん?」

「だ、だだ、…大丈夫です」

 …どこが?

「あ、綾香さんも期待してくれてますし…」

 葵ちゃんはそう言うと、今にも泣きそうな表情で笑った。

「………ったく、綾香のやつ…」

 

「………」

 

「えっ、綾香がどーしましたかって?

 あの馬鹿が…って、

 

 ええぇっ! …先輩なんでここに?」

 

 俺の後ろで、ぼぉーと突っ立ってたのは誰あろう芹香先輩だった。

 

 …しっかし、バックを取られたことにまったく気づかなかった。

 

「………」

「そうか、綾香に聞いてて知ってたのか」

 …コクコク

「で、今日は俺達の応援に来てくれたってわけか」

 …コクコク

「サンキュー、先輩の応援がありゃあ百人力だぜ」

 ……ポッ

 先輩がぽっ…と顔を赤らめる。ちっきしょー、かーいいぜ。

「あれ、そー言えば…」

 俺はきょろきょろと辺りを見回す。

「どうかしましたか、先輩?」

「………?」

 葵ちゃんと先輩がどうしたのか聞いてきた。

「いや、いつもならここらで…」

 

「かあああぁぁぁーーーーーーーっっつ!!!!!」

 

「……ってくるのにと思ったら、きやがったか…」

 もちろん、言うまでもなくその場に現れたのはセバスチャンだった。

「お嬢様、遅くなりまして申し訳ございません」

 …ふるふる

「さすがはお嬢様、なんとおやさしい!」

「………」

「ええ、滞りなく済ませてまいりました」

「なにを済ませてきたんだ、便所か?」

 

「かあああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーっっっつ!!!!!」

 

「うわっ! でけえ声出すな!」

「下品ですぞ、藤田様! …お嬢様のまえでまったく…」

 セバスチャンがぶつぶつと言う。

「…じゃあ、何を済ませたんだよ?」

「いや、なーに…。

 …久しぶりにこーいうところへ来たもので、血が騒いでしまってな…」

「………」

「えっ、じーさんも今日出るって?」

 …コクコク

「確か、藤田様も参加するのでしたな、お手柔らかに頼みますぞ!

 かあぁーーかっかっか!!」

 そう言うと、セバスチャンは高笑いした。

 しかし、その目は

 

 …小僧になんぞ負けんわい…

 

 と如実に物語っていた。

「………」

「えっ、そろそろ綾香の所へ行く時間だって」

「………」

「いいって、そういう約束なんだろ」

「………」

「サンキュー! …先輩のためにもがんばるぜ!」

 ……ポッ

 

 ちっきしょー、ほんっきで、かーいいぜ!!

 

 先輩の後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えていた俺に葵ちゃんが話し掛けてきた。

「…きれいですよね…」

「だろー! やっぱ先輩きれいだよなー! …それにかわいーし」

 つい相づちを打ってしまった。

「綾香さんも芹香さんも、ほんとにきれいで、素敵ですよね…」

 予想通り、葵ちゃんはさびしそうな顔をしてそう呟いた。

「葵ちゃん…」

「…それにくらべてわたしなんか…」

「葵ちゃん!」

 俺が大きな声を出すと、葵ちゃんはびくっとしてうつむいてしまう。

 

 ……どうしてこの子はこんなに自分に自信が持てないんだろう?

 

「葵ちゃん、今なにを考えてる?」

「…ごめんなさい。…くらべても仕方ないのに」

「そう、仕方ないことだ。…葵ちゃん、俺は…」

 

「あっ! 浩之ちゃああぁぁーーーーーん!!!」

 

「……俺は…」

 

「浩之ちゃんてばあぁぁーーーーーー!!!」

 

「えーーーい!! ちゃんづけで呼ぶなって言ってっだろ! あかり!!」

 トテトテとこっちの方にやってきたあかりに、俺が言った。

「ひっ! …ごめんなさい」

「こらこらヒロ、あんまりあかりをいじめるんじゃない」

 まったく、どこからわいてきたのやら、志保のやつもいやがる。

「あによ、その目は。…なんか文句でもあんの」

「べっつにー」

「その言い方むかつくわねー! ヒロの分際で!」

「そっちこぞ、志保のくせに生意気だぞ」

「ま、まあまあ、…浩之ちゃんも志保も、押さえて押さえて」

 いつものように口喧嘩をはじめた俺達を、これまたいつものようにあかりがなだめた。

「それより、どーして知ってんだ? 俺教えた覚えねーけど」

「ちっちっちっ! …志保ちゃん情報を甘く見ないで欲しいわね」

 

 …甘く見たことはないつもりだが。……ひでーめにあったこともあるし。

 

「ヒロがエクストリーム同好会に入ったという事実から、今日の予選大会に出場するであろうことは簡単に推測できるわ」

 まあ、そうだよな。名前からしてそのものズバリだ。

「でも、よく今日ここで予選があるって知ってたな」

「うっ! ……そ、それくらい常識よ」

 …葵ちゃんや綾香あたりには常識かもしれないが、普通の女の子には常識じゃないだろ。

 俺がそんな風に考えていると、

「くすくす、志保は浩之ちゃんがエクストリーム同好会に入ったって聞いてから、そういう雑誌もチェックしだしたんだよね」

「あかり! …余計なことは言わなくていいの」

 志保が真っ赤になって、そう言った。

「ほーー」

「ふ、ふん! …ヒロがぼろ負けするのを見るためよ」

 相変わらず、憎まれ口をたたくやつだ。まあ、しかし…

「まっ、なんにしろ応援に来てくれたんだろ。サンキュな、二人とも」

「うん!」

「………ふん! 松原さんの応援に来たのよ」

 志保はぷいっと目をそらすとそう言った。

「あ、ありがとうございます」

 そんな志保に対して、葵ちゃんがぺこっと頭をさげた。

「浩之ちゃんも松原さんも、がんばってね!」

 あかりが元気よく言った。

「おう!」

「は、はい。ありがとうございます」

「でも、…けがには気をつけてね」

 俺達の返事のあと、あかりが心配そうにそう付け加えた。

「まあ、きーつけるにはつけるんだが、そればっかはやってみねーと」

「……そだよね」

 あかりが不安げに言った。

「あはは、心配ないってあかり。ヒロのことだから、怪我するまもなく負けちゃうって」

 志保の奴がけらけら笑いながらそんなことを言いやがった。

「志保てめー、俺だって結構がんばったんだぜ。負けるって決め付けんなよな!」

「なーに、負けないって、あんた優勝するつもりなの?」

「やるからにはもちろん狙うぞ」

 俺がそう言うと…

「すっ、すごいです! さすが先輩です!!」

 葵ちゃんがそんけーのまなざしでそう言った。

「うん、浩之ちゃんならきっとできるよ!」

 あかりが無責任な根拠レスの発言をする。

 

 ……いや、そこまで期待されても…

 

「ふふん、口だけ口だけ」

 志保の奴が馬鹿にしたように言った。

「やってみねーとわかんねーぞ」

 つい売り言葉に買い言葉で言ってしまった。

「ふーー、しょーがないわね。それじゃあヒロにとっておきの志保ちゃん情報を提供してあげるか」

 志保がやれやれといった感じで言った。

 

 ……ちっ、言いたかったくせに…

 

「なーに、ヒロ! その目は」

「べーつに、ありがたく聞かせてもらいましょ」

「なーんかむかつくわね」

 そう言いつつ、志保がポケットからメモ帳を取り出す。

 …どーせ志保ちゃんメモとか言うんだろーな…

「じゃーーん! 志保ちゃんメモーー!!」

 …わかりやすすぎるぞ、志保…

「……えーとね、関係者筋によると、今年の優勝も前回と同じだろうというのが大勢をしめてるわね。

 つまり、女性のほうは来栖川綾香さんで、男性は……」

 そこで志保はちょっともったいつける。

「いいからとっとと言えよ」

「…つまんない奴ね。……えーとね、熊山龍彦っていう人よ」

「ふーーん、…どんなやつ?」

 なにげに俺が聞くと…

「あんた、自分の出る大会の優勝候補くらい知っときなさいよ!

 えーと……年齢は24歳で、熊山道場ってとこの師範をやってるそうよ」

 ……本職かい…

「が、がんばれば勝てるよ!」

 …あかり、その根拠はなんだ?

「……ふふん。…まあ、ここまでは私でなくてもすぐに手に入る情報なんだけどね…」

 志保がもったいつける。

「……ここからは、この志保ちゃんならではのとれたてピチピチの情報よ!」

 

 ……つまり、ここからあやしくなるんだな…

 

「なんでもね……」

 志保が声をひそめて真剣な顔をする。

 葵ちゃんも思わず真剣な顔で聞き入る。…素直だね。

 あかりもどきどきしながら聞き入っている。……あかり、お前もそろそろ疑え。

「…本当についさっきゲットした情報なんだけど……」

 そう言って、みんなの顔を見回す。

 俺以外は真剣だ。

「…結構な老人らしいんだけど、すごい達人が参加することになったんだって…」

 

 ……セバスチャンのことか?

 …珍しく当たってるじゃないか、志保ちゃん情報…

 

「なんでも、外人らしいんだけど…」

 

 …まあ、セバスチャンなんて日本人がいるとは思わないだろうな…

 

「…熊はおろか、軍事用ロボットにだって素手で勝つらしいのよ…」

 

 …軍事用ってお前…

 

 俺はこの前の志保ちゃん情報を思い出した。

 なんでも、来栖川電工がマルチ達と同時期に、軍事用のロボットも製作しただのなんだのというとんでもない話だった気がする。

 

「…年齢を感じさせない肉体に、鋭い眼光、たくわえられた髭の下で不敵に笑う口元…」

 

 ……うんうん…

 

「……そして頭の上でひらめく弁髪…」

 

 ……んっ?

 

「……その名も東方不敗マスターア…」

「おい!」

「……あによ、これからがいいとこなのに!」

 志保が不満そうに口をとがらせる。

「どこで仕入れたそのガセ」

「……あそこに立ってた、須達っておっさん」

「それは妄想だ!」

 …たくっ、あのおっさんはスキあらば師匠を出そうとするからな…

 

 ……ごめんね。……しくしく。

 

「なんか言ったか? あかり」

「ううん。…なにも言ってないよ」

 …空耳か。

「あっ、先輩…そろそろ開会式ですよ」

 葵ちゃんが時計を見て言った。

「そうか。…じゃあな、あかりに志保」

「うん、がんばってね」

「まあ、せいぜいがんばんなさい」

 

 

「なあ、開会式の後はどうなってるんだ?」

 俺は歩きながら、横にいる葵ちゃんに聞いた。

「掲示板に対戦表が張られると思います。その表にしたがって、すぐに対戦をしていくわけですね」

「何回くらい勝てば、本戦に出られんの?」

「本戦に出られるのは6人ですので……男性は200人くらいですから…」

 葵ちゃんが指折り計算する。

「……5回くらいですね」

「なるほど」

「それで、その6人に前回の優勝、準優勝の人を加えて一ヶ月後に本戦を行うわけです」

「なるほどなるほど」

 

 …視聴者にもわかりやすい説明セリフを入れたところで…

 

「これより、開会式を行います。出場予定者は速やかにホール中央にお越しください。

 繰り返します……」

 案内のアナウンスが俺達の耳に入った。

「急ごう、葵ちゃん!」

「はい!」

 

 開会式は特に男女わけて行われるわけでなかったので、俺達は互いにすぐそばで参加していた。

 スポンサーのおっさんの話が終わって、

「…んー、あー、テステス…ちゃんと入ってるわね」

 綾香がマイクの前に立った。

「前回の女性の部の覇者の来栖川綾香よ。はっきり言って、今回もとーぜん私が優勝するつもりよ」

 ……言う言う…

「…なにか言いたいことがあるなら拳で言ってね。本戦で待ってるわ」

 ……ほんとに少年誌向けだよ、お前…

「…あなたからの挑戦、楽しみに待ってるわ」

 参加者全員に向けての発言だったが、その綾香の目はまっすぐ葵ちゃんを見ていた。

 

 ……やばい…

 

 俺はおそるおそる横に視線を向けた。

 ……やっぱりだ…

 葵ちゃんは、はた目にもわかるくらいあおくなっていた。

 …せっかく、あかりや先輩にその他一名のおかげで、緊張がほぐれてきてたのに…

「…葵ちゃん…」

「………」

「…葵ちゃん!」

「…はっ、はい!」

「気にすんな」

「……はい」

 …まあ、無理か…

 続いて、前回の男性の部の覇者、熊山龍彦が出てきたんだが…

 …あれで24はうそだろ…という、むさいおっさんだった。

 

 …俺の方の優勝は無理だな…

 

 えっ、そうそうにあきらめんな?

 勝手なこと言うなっつうの、あんな山から下りてきた熊みたいな奴相手に勝てるか!

 

 そんなこんなで、開会式が終わった。

「葵ちゃん、対戦表見に行こうぜ!」

「えっ? …あっ、はい」

 葵ちゃんはぼんやりと考え事をしていたようだ。

 …たぶん、さっきの綾香のセリフが気になっているんだろう。

「対戦表見に行こうぜ。俺も一回くらいは勝ちたいから、やりやすい相手だといいな」

 …えっ、優勝はどうしたって? だからいろいろあるんだよ。

 

 

「えーと、藤田藤田……」

「Cブロックにあったわよ」

「おお、サンキュ…」

「綾香さん!」

 そこにいたのは、またまた綾香のやつだった。

「はーーい、またまた会ったわね」

 そう言って、手をひらひらさせた。

「浩之ちゃんの初戦の相手は「飯塚琢巳」っていう人だよ」

 綾香の後ろから、あかりとその他一名も顔を出す。

「なによ、その他一名って!?」

 

 …お前はエスパーか! 琴音ちゃんじゃあるまいし(…って、さっきも考えたぞ、このセリフ…)

 

「ふん! ヒロは顔に出るからね」

「あー、そーかい」

「…飯塚琢巳…か…」

 綾香がちょっと考え込んだ。

「…知ってんのか?」

「…前回の大会で、本戦に出場した実力者よ」

「げっ!」

「あーら残念! もうヒロの負けっぷりを見ることになるなんて」

 …うるさい…

「…それはそうと、葵ちゃんの方は?」

 俺は志保の奴にはかまわず、そう聞いた。

「葵の相手は「木下はるか」、こっちもけっこうやるわよ」

「ほーー」

「でもまあ、葵の相手じゃあないわね」

 …びくっ

 葵ちゃんが俺の後ろでびくっとしたのがわかった。

「……綾香、ちょっと来い!」

「えっ?」

 そう言うと俺は返事も待たずに、綾香を連れ出す。

「なに、一体どうしたの、ヒロ?」

 後ろで志保がなにか言ってるが、この際無視だ。

 

 ………

 …

「…で、なに浩之? …愛の告白…って雰囲気じゃないわね」

 少し人気のないところへ出ると、綾香がそう聞いてきた。

「もちろん違う」

「あら、残念」

 綾香がそう言って肩をすくめた。

「…葵ちゃんのことだ」

「……葵のこと?」

 綾香が聞き返した。

「そーだ。…葵ちゃんのあがり症はお前だって知ってるだろ!

 ……それなのにプレッシャーかけるようなこと言いやがって」

「あら、かけるようなことじゃなくて、かけてたつもりだけど」

「……なっ!?」

 綾香のとんでもないセリフに思わず言葉を失ってしまった。

「本戦の舞台のプレッシャーはこんなものじゃあすまないわ」

「……しかし…」

「あら、浩之がいれば大丈夫なんじゃないの?」

「…んな簡単に…」

「…とにかく、私は本気の葵とやってみたいのよ」

 綾香のマジな目を見ると、俺はなにも言い返せなくなってしまった。

「…期待してるわよ」

「…ふーー。

 …俺も葵ちゃんには実力を出し切ってもらいたいから、やれることはやるつもりだけど」

「愛があればなんとかなるわよ」

「ばっ、馬鹿言え」

「照れるな照れるな」

 ちっ、…なーんか綾香には勝てん。

 

「あっ、戻ってきた! なにしてたのよ、ヒロ!!」

 志保が戻ってきた俺達を見つけると、開口一番そう聞いてきた。

「べつに…」

「たんなる愛の告白よ」

 

「「「「なっ!!!」」」」

 

 綾香のとんでもないセリフに、俺達は思わずハモってしまった。

「ちょっ、どーいうことヒロ!」

「だあぁぁーー!! 全然違う!!」

「マジな浩之に思わずキュンっとなっちゃったわ」

「…浩之ちゃん…」

「…先輩…」

「だああぁぁぁーーーー!!!! だからちがうんだーーー!!!」

 そんな俺達の様子をけらけらと笑う綾香。

 

 …こいつ、マジで楽しんでやがる。

 

「………」

 

「…えっ? 本当ですかって? ふふ…だとしたら…って、ねっ、姉さん!!」

 いつの間にきたのか、綾香の後ろに来栖川先輩が立っていた。

 

 …しっかし、綾香のバックも簡単にとっちまうとは…恐るべし!

 

「や、やーーねえ、冗談に決まってるじゃない…」

「………」

「ほ、ほんと、ほんとに冗談だってば!!」

 芹香先輩がはっする無言のプレッシャーに綾香は完全に圧されていた。

 

 …さすがの綾香も芹香先輩には勝てないようだ。

 

「あ、葵! そ、そろそろ準備したほうがいいわよ! それじゃ私はこれで…」

 そう言って、綾香はそそくさとその場を離れた。

「じゃあ、俺らは控え室の方に行くから、また後でな」

「うん、がんばってね」

「せーぜーがんばんなさい」

「………」

 みんなの声援を受けながら、控え室のほうに向かった。

 

 

 控え室の中に入っても、相変わらず葵ちゃんはうつむいたままだった。

「いよいよ始まるな、葵ちゃん」

「………」

「初戦の相手、俺達両方ともきつそうだけど、一緒にがんばろうぜ」

「………」

「………」

「………」

「……はーー、ったく」

「………」

 

「葵ちゃん!!!」

 

 俺は葵ちゃんの肩をたたきつつ、大声を出した。

「……せ、先輩」

 葵ちゃんはびっくりした表情で俺を見た後、辺りを見回した。この調子では控え室に来たことも忘れているのだろう。

「葵ちゃんはなんでエクストリームを目指したんだ?」

「えっ?」

「同好会を作ってまでやりたかったことは一体なんだ?」

「……そ、それは、…綾香さんにあこがれて、…綾香さんみたいになりたくて…」

 おずおずと葵ちゃんが答えた。

「…それだけか?」

「…そ、それだけって…」

 目を丸くして俺を見つめる。

「……好きだからじゃないのか?」

「……す、き…」

「そうだ! 好きだからやってるんじゃないのか?」

「…すき…だから…」

 葵ちゃんの目にだんだん光が射してきたように見えた。

「葵ちゃんが綾香にあこがれているのは知ってるし、その気持ちが大きいことも知ってる。…でも、あこがれだけであんなにがんばれるもんか!」

「……先輩」

「好きだからがんばれるんだ! 好きだからここまで来ることができたんだ!!」

「……」

「そうだろう!!」

「…はい、…はい!!

 私、格闘技が好きです! 強くなっていくことが嬉しいです!

 先輩と一緒に練習できることが楽しいです!!

 

 …だから、…だから私、格闘技が大好きです!!!」

 

 葵ちゃんが自信をもってそう言った。

「……そうだ。

 そして勝ちたいからやってるんじゃない。好きだから勝ちたいんだろ」

「…はい。…好きだから負けたくありません」

「…でも、勝ち負けなんていうのはあくまで結果だ。やるまえから結果を気にしてもしょうがない。だから……

 

 …好きだったら楽しもう!」

 

「……たの…しむ…」

「そうだ! 好きだという気持ちを全部ぶつけるんだ!!」

「…好きという気持ちをぶつける…」

「…さっきまでの葵ちゃん、試合するのをこわがってたよ…」

 俺のその言葉に葵ちゃんがびくっとふるえた。…図星をさされたからだ。

「ただ楽しめばいいんだ。好きなことをするのに楽しまなくてどうするんだ」

「……そう、…ですよね」

「そうだ! 楽しんだ者勝ちだ」

「はい!」

 葵ちゃんが元気よくうなずいた。その表情は晴れ晴れとしている。…いつもの葵ちゃんだ。

 

「…これより、Bグループ一回戦第七試合を始めます。選手の方は試合場に向かってください…」

 

 控え室にアナウンスが流れた。

「…先輩」

 葵ちゃんがまっすぐに俺を見上げる。いい目だ。…自信にあふれたいい目だ。

 その自信は、自分の強さに対する自信ではない。…自分の格闘技が好きだという気持ちに対する自信だ。

 

 …しかし、それこそが葵ちゃんの強さだ!!

 

「よーーし!! いってこおぉぉーーーーい!!!」

「はい!!」

 

 

 ………

 …

「…木下はるか選手」

「はい」

 試合場の向こうから葵ちゃんの対戦相手が上がってくる。

「…松原葵選手」

「はい!」

 葵ちゃんが呼ばれて試合場に上がろうとする。

「…葵ちゃん」

「…えっ?」

 いきなり俺に話かけられて、葵ちゃんは振り向いて聞き返した。

「…相手、強そうだな」

「えっ?」

 一瞬、キョトンとした顔をする。そして…

「…でも、楽しそうです」

「…そうだな」

 俺はにっと笑った。

「…松原葵選手」

「はい! 今行きます!!」

 葵ちゃんはそう答えて、試合場の真ん中を目指して歩き出す。

 

 ……勝った…な。

 

「葵、いい顔してるわね」

 綾香が後ろから話しかけてきた。

「だろ?」

 俺も自信ありげにかえす。

「…まったく、今度はどんな魔法を使ったのよ?」

「……聞きたいか?」

「……ええ、ぜひ聞きたいわね」

 俺はウインクをとばして言った。

 

 

「……好きという気持ちは最強の魔法さ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

 いやーー、やっとできました。

 本当はもっと早くできあがるはずだったのですが、…いろいろあったんですよ。すいません。

 それともう一つ、この話は私の頭の中ではまださらに妄想が広がってます。何かの機会があれば続きを書くかもしれませんが、結構きれいに終ったような気もしますので、書かない可能性が高いですね。

 

 それでは感想等送ってくれると非常にうれしいです。

 

 

 

 


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